さえないわたしの一番星
たつみ暁
さえないわたしの一番星
『キミの笑顔見せて ソーダより弾ける輝きで
ボクの胸はドキドキ 限界突破しちゃいそう』
まぶしいスポットライトを浴び、きらっきらに照り返す衣装をまとって、軽やかに踊り歌うは、パソコン画面の向こうのひと。
嗚呼、我が推し、人気グループ『フラッシュ・スプライト』の青担当、
わたしと同じ十九歳とは思えない。日焼けを知らない綺麗な肌は陶磁器。長身に見合った手足は指先まで細長い彫刻。キャライメージに合わせて青く染めた髪と、カラーコンタクトを入れた瞳の光る顔は、ライトを反射して後光すら差している。
『キミはボクの一番星 ずっとボクを照らしておくれよ』
嗚呼、麗夢くん。化粧もおしゃれも、芸能人にも満足に興味がなかったわたしが、いわゆるアイドルオタク街道を転げ落ちていったのは、あなたのせいなのですよ。
あなたはわたしの人生という道に落ちて激突した流星。あなたこそ一番星。いや、落ちたら空には輝けない。あなたが落ちるはずがない。訂正訂正、あなたはわたしの道をまばゆく照らし出した、まさに
あどけなさが残るけれど、将来は絶対素敵な美形になることを約束されているだろう、整った顔。一体どんなご両親からこんな妖精が生まれるんですか? ご両親、
何はともあれ、麗夢くんに夢中になってから、わたしの人生は一番星につられて輝き始める星々のように明るくなり始めた。
本屋なんて行かなかったのに、アイドル雑誌を購入して。ファンクラブに入会して。いつもと一桁値段の違う服屋でよそゆきを買って。初めて口紅を差したりして。美容院でカット以外の施術も、生まれて初めて経験した。
SNSには毎日、麗夢くんにときめいた話を書き込む。雑誌やテレビの写真を転載してはいけないのは、ファンとしての心得を学ぶ時に、ネットに載っている諸先輩方のアドバイスをきちんと読み込んだ。
今のご時世、生ライブには行けないけれど、配信を欠かさず見て、こうしてパソコン画面の前で、ペンライトを振っている。麗夢くんには見えなくても、綺麗でいたいじゃないですか。
でも、大学では、明るい色の髪を帽子で隠して。地味な服を着て。
「趣味は?」って訊かれると説明するのが面倒というか、高校の時に一度、親友だと思っていた相手に麗夢くんの事をめっちゃアツく話したら、
「いい歳して今更アイドルにハマってんの~? それより大学進学の事考えなよ~」
と、あからさまに嘲笑されたので、推し活はひそやかにするように決心したのだ。
嗚呼、麗夢くん。さえないわたしの一番星。
本当はもっともっと、あなたの魅力を色んな人に伝えたい。同担拒否とか言わない。麗夢くんの輝きをわかってくれる人と一緒に、胸に宿る炎をぶちまけてトークを繰り広げたい。
スマホの待ち受け画面にしている麗夢くんの月替わりカレンダーを、マスクの下でニヤニヤしながら見て歩いていると。
どすん、と。
前から来た女性にぶつかって、わたしは景気よくのけぞり、スマホを取り落とした。
「ごっ、ごめんなさい! ぼーっとしちゃって!」
「いえ、私もスマホを見ていたので……ごめんなさい!」
あっキレられなくて良かった。これは両成敗。長い髪を綺麗に背中に流した、いかにも大人しそうな愛らしい女性に、ぺこぺこ頭を下げながら立ち上がろうとし……。
「あっ」
彼女の持つスマホに映る待ち受け画面を見てしまって、声は漏れ出た。
「……あ」
彼女も、わたしの手からすっぽ抜けたスマホの画面を見たようだ。目をまん丸くして、スマホとわたしを交互に見る。
一瞬固まった表情に、やばい、この人は同担拒否派か!? と肝が冷える。
しかし、わたしの考えは杞憂に終わった。彼女の顔に、じわじわと、喜びを表わす笑みが広がっていったかと思うと。
「運命の同志よ!!」
まさにソーダより弾ける輝きの笑顔で、彼女はわたしの手をしっかりと握り締めるのであった。
嗚呼、麗夢くん。
最高の友人を遣わせてくれてありがとう。
さえないわたしだけど、これからは彼女と一緒に、わたしたちの一番星を推し続けます!
さえないわたしの一番星 たつみ暁 @tatsumi
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