彼女の背中を推して

1976

第1話

「悔しい! 恋人発覚だって」

 そう言って三枝京子は俺にスマホの画面を差し出してきた。

 四角い画面の中には、売り出し中のイケメンアイドルのスキャンダル記事が、いささか大袈裟な煽り文句で書かれていた。

 それはたしかに三枝京子の好みの顔立ちで、彼女が片想いしているあの男が笑うと似たような雰囲気だと、俺も感じてはいた。

「馬鹿馬鹿しいなぁ、アイドルだのVtuberだのの応援なんて必死にやって、それでいったい何になるんだよ。

 恋人発覚だの、不祥事だの、結局は裏切られるためにやってるようなもんじゃないか」

「えーッ、それは違うよ、キミ。

 誰かを推すってことはね、立派なコミュニケーションなんだよ」

「推すことが、かい?」

「そうだよ。だって人間ってのは理由のない行動はしないもん」

「そうか? そうとは思えないけどな」

 繰り返して否定すると、彼女は俺のほうへと身を乗り出す。

「ねえ、聞いてもいい?」

 彼女の顔が近づいて、思わず引き気味になってしまう。

「急に改まって、いったいなんだよ」

「……どうして君は、わたしの恋を応援してくれるの?」

「それは……」

 その言葉に俺はもう、二の句が告げなかった。

 こいつの恋が成就すれば、俺は泣くことになる。

 恋に破れてくれたら、俺にもチャンスが巡ってくるのだろうか?

 けれども三枝京子が悲しい思いをして、涙に濡れる姿を見たくはない。


 たしかなことは、ひとつだけだった。

 俺は、彼女の笑顔を見続けていたい。

 たとえ、その結末がどうなろうとも……

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