俺が上位に推し上げる

柚城佳歩

俺が上位に推し上げる

俺は今、人生初の大博打に挑もうとしていた。

財布には下ろしたばかりの今月の給料となけなしの貯金を掻き集めた一万円札が二十枚。

向こう一ヵ月分以上の生活費全てだ。

文字通り、俺の生活が懸かっている。


「いらっしゃいませー!年末ジャンボ販売中でーす!」


宝くじ売場の横では、暖かそうなコートに身を包んだ女の子が呼び込みをしながら列の整理をしている。

宝くじってこんなに並ぶのか。昼休みの時間とでも重なったのか、平日なのになかなかの行列だ。自分の番が回ってくるまでまだ少し時間が掛かりそうだった。


今まで、宝くじなんて買った事がなかった。

買わなきゃ当たらない。それはわかる。でもきっと俺じゃ買っても当たらない。だったら貯金していた方がよっぽど貯まるだろう。そんな風に堅実に生活してきた。

それがどうして急にこんな大金を持って無謀な賭けみたいな事をしているかって……


「こんにちは。今、少しお話聞いてもいいですか?」


よく通る声に話し掛けられて隣を見れば、マイクを持った女性と目が合った。あ、この人テレビで見た事ある。


「私、リポーターの折藤おりふじと申します。今度番組で宝くじの特集を放送する予定でして、何人かの方にインタビューを行っているんです。差し支えなければお話を聞かせてもらえませんか」

「あ、はい。構いません」

「ありがとうございます。お兄さんは毎年宝くじを購入されるんですか?」

「いえ、初めてです」

「どのくらい購入予定ですか」

「えっと、二十万円分……」

「えっ」

「えっ」


俺の言葉に折藤さんだけではなく、後ろに並んでいたおっちゃんまでもが驚きの声を上げた。


「あの、どのようなお仕事をされている方なんでしょうか」

「普通のバイトです。今月と来月の生活費全部持ってきました」

「えっ」

「えっ」


再び重なる折藤さんとおっちゃんの声。


「……差し出がましいようですが、さすがに生活費を全て注ぎ込むというのは考え直した方が良いのでは。それとも動画チャンネルか何かの企画でしょうか?」

「動画チャンネルは登録してますが、俺のはそういう系ではないです。IDOLアイディーオーエル事務所って知ってますか」

「有名なアイドルを何人も世に送り出している大手の芸能事務所ですね」

「そうです。俺はそこの生ハムめろんの果林かりんちゃんのファンなんですけど」

「お話の途中すみません。その“生ハムめろん”というのはユニット名なんですか」

「はい。二人の好きなものから命名したそうです。ちなみに果林ちゃんは生ハムの方です」


そこから俺は果林ちゃんを好きになったきっかけや、果林ちゃんの魅力を語った。


俺は基本的に不器用で、せっかく就職できた仕事でも失敗ばかり。周りは優秀な上に優しい人たちだったから、ミスしても透かさずフォローしてくれたし、毎度「気にするな」とか「最初は誰でもそんなものだから大丈夫」だとか優しい声も掛けてくれた。

でもしばらく経っても思うようにいかない事の方が多くて、皆に優しくされればされるほど居たたまれない気持ちになってきて、ついに耐えられなくなり辞めてしまった過去がある。

今思い返してみても良い職場だったと思う。でも当時の俺には限界だった。


自分がもっと頑張れてたら違ったかもとか、せっかくの就職先を自ら辞めるなんてもったいないとか、ずっとぐるぐる考え続けて気も滅入っていった。

そんな時に出会ったのが果林ちゃんだった。

偶然立ち寄ったショッピングセンターの特設ステージに立つ二人の女の子。その内の一人が歌い始めた途端、周りの空気が変わった。その場にいた人が皆、歌声に惹き付けられた。

俺もその一人で、もっと聴きたい、もっと知りたいと調べているうちに彼女のファンになっていた。

果林ちゃんのおかげで景色が明るく見えて、歌を聞けば前向きな気持ちになれた。


「果林ちゃんはちょっと不器用なとこがあって、例えばバスケをやると爪先にボールを当ててコート外に出しちゃったり、シュートの時もフォームがへっぴり腰だったりするんですけど、そういうところも可愛くて。例え失敗してもすぐに前を向いて立ち上がるところはかっこよくて尊敬もしています。可愛いだけの子は五万といますが、何より彼女の歌は一級品です。ぜひたくさんの人に聴いてほしくて、果林ちゃんと生ハムめろんの魅力を紹介した動画を編集して公開しています。といっても登録者数は何人もいないんですけど」

「……なるほど。想いは充分伝わりました。それでお兄さんはもし宝くじが当たったら何に使うご予定なんですか?」

「IDOL事務所は毎年ユニットの枠を越えた大規模な投票イベントを行っています。そこで上位五位以内に入れば新曲のリリースと、上位に残ったメンバーでのライブが約束されているんです。俺はそこに今度こそ果林ちゃんを入れてあげたい。そのために投票権の付いたCDやグッズを買う資金にしようと思ってます」

「えーと、それは今お手持ちの分でも充分なのでは」

「自分でも馬鹿な事してると思ってますけど、万が一の可能性に懸けにきました」


思いの外長々と話していたため、いつの間にか購入列が自分の番まで進んでいた。


「いらっしゃいませ。年末ジャンボですね。何枚ご購入ですか?」

「連番とバラを半分ずつ、これで買える分だけ……」

「兄ちゃん、ちょっといいかい」


お金を取り出そうとしたところで、後ろのおっちゃんに呼び止められた。


「さっきの話聞こえてたんだけどさ、それ来月分の生活費も入ってるんだろ?」

「はい、そうですね」

「食費とか家賃はどうすんだ」

「家賃の分は取ってありますし、人間ちょっとくらい食べなくてもまぁいけるかなと……」

「いやいやさすがに一ヵ月は無理だよ!最低限は栄養摂取しないとそのカリンちゃん?にも会いに行けなくなっちゃうかもしれないだろう」

「……確かにそうですね。じゃあ水道代ともやし代分くらいは手元に残します」

「米も食わないと体が持たないぞ」


おじさんの言う事も一理ある。結局当初の予定より二万円少ない十八万円分、六百枚の宝くじを購入した。

抽選は大晦日。この後は神頼みで神社にお参りでもしていくか。




そして迎えた抽選日。

部屋の至るところに飾られた果林ちゃんグッズに囲まれながら、生ハムめろんのライブTシャツ、タオル、ラバーバンドを身に付けて、祈る気持ちでテレビを見つめていた。


「頼む……!」

「こればっかりは運次第ですけど、当たるといいですね」


隣にはあの時のリポーター、折藤さんとカメラマンさんがいる。実はあの後、気になるから行方を見届けさせてほしいとお願いされたのだ。

別に見られて困るものもないし、あわよくば果林ちゃんたちの宣伝になるかもと考えた下心もある。


――さぁそれでは始めていきましょう!


司会の人の合図で当選番号の抽選が始まった。

いよいよだ。一等とは言わないから三等の百万、頼むから当たってくれ……!

数字が一つずつ発表されていく。

若干震える手で全ての当選番号のメモを取り終わると、未開封のままにしていた六百枚の宝くじを手に取った。


「ここからが本番ですね」

「はい……」


折藤さんにも協力してもらい、一枚一枚照らし合わせていく。


「あ」

「当たりました!?」

「三百円当たりです」

「七等ですね。おめでとうございます」


百万には程遠い。それでも当たりは当たりだ。


「わっ」

「三等出ました!?」

「六等、三千円です」


また違った。けれどまだ見ていない券は半分以上ある。


「おおっ」

「今度こそ百万ですか!?」

「五等の一万円です!」


……ここがピークだった。

その後は三百円が定期的に出るものの、良くて三千円、それ以上が出る気配は全くなかった。


「計算したところ、七等が五十二枚、六等が四枚、五等が一枚で合計三万七千六百円ですね」

「世の中甘くない……。やっぱりあの時の二万も全部打っ込んでれば……」

「いや、それはどうでしょう……。あ、それよりも最近ご自分の動画チャンネルご覧になりました?」

「いえ。あれからバイトのシフト増やしてたので、最近は全然開いてもいませんでした」

「ぜひご覧になってみてください。すごい事になっていますよ」


言われるままに、しばらく放置していた自分のチャンネルのページを開く。


「なんだ、これ」


見ているものが信じられないまま、画面を凝視する。

そこには三千を越えた登録者数と共に、今までに見た事のない動画再生回数が表示されていた。


「これ、俺のチャンネルですよね……?」

「もちろんです!ご存知なかったんですね」


その後聞いたところによると、初めて宝くじ売場に並んだあの日のインタビューが、“ヤバイ奴がいる”と少々バズったらしい。

その影響もあってか、僅かな時間ながら“生ハムめろん”と“果林ちゃん”もトレンドに入ったという。

それがきっかけになったのかは定かではないが、興味本位か俺の動画チャンネルを検索して、登録までしてくれた人がいるらしい。


「このままいけば、もしかしたら収益化も出来るんじゃないですか?」

「俺の動画が収益化……?」

「そうなれば今回マイナスになった分くらいは取り戻せるかもしれませんよ。でももう無謀な博打はしないでくださいね。他人の事ながら心配になります」

「それはもう言われるまでもなく、身を以て知ったのでやりません」




さて、俺が今回無謀な賭けに出るに至った原因とも言えるIDOL事務所の大規模投票イベントだが、今年の投票の結果、なんと念願叶って第五位に果林ちゃんがランクインした。

俺のあれこれも宣伝のきっかけになったと自惚れても、少しくらいは許してほしい。

嬉しさのあまり一瞬記憶が飛んだようで、その後どうやって合同ライブのチケット申し込みをしたのかを全く覚えていない。


そして俺は今、全身にグッズを装備してライブ会場にいる。

初めて見た時の何倍も大きなステージで、何百もの人に向かって果林ちゃんが歌うのだ。

さぁ今日もたくさんの人をその全身と歌声で幸せにしておくれ。

俺の推しは今日も最高だ。







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