ココロノナカノキモチノユクエ
磯風
スキトイウコト
私の生まれ育った町はこの皇国の西の端、隣の町まで馬車でもかなり時間のかかる所謂『辺境』。
でもなんでもあったし、不自由だと感じたことなんて全くなかった。
あたしは容姿も魔法も平凡だったけど、友達も沢山いたし家族も仲がよかった。
不満もないけど特別なこともない、そんな毎日。
ある時、その町で私は初めて素敵だと思える人に出逢った。
町の南側にある食堂が彼の家だったから、毎日のように顔を出した。
自分から話しかけることも、目を合わせることもできない日々が続いた。
その人は誰にでも気さくで、よく笑う人で、とても優しそうで、そしてもの凄く素敵なものを作る人だった。
魔法もとても上手に使えるみたいで、魔法師組合からも仕事を任されるほどの腕前だった。
魔法師は、この国ではとても地位の高い職業。
羨ましくもあるけれど、私には遠い世界。
なのに普通に食堂の手伝いをしたり、買い物に行ったり、お高くとまっている魔法師達とは全然印象が違う。
今まで食堂では出していなかった甘くて美味しい初めて見るお菓子を、彼が作り始めた時は驚愕した。
こんな素晴らしいものを作り出せるなんて! と、私は大興奮だった。
当然、私の友人達も彼の作るお菓子の虜になって、私達は毎日のようにその食堂に通った。食べたことがないという人がいれば、全力でその美味しさを宣伝した。
そんな毎日が続いた少し肌寒い秋の頃、彼が自作したという首飾りを食堂内で売り出した。
花や美しい模様が描かれた細やかで煌めく石細工は、今まで見たこともないくらいに美しくて可愛らしかった。
その首飾りには、肌身離さず持っていなくてはいけない身分証を入れることができるという。
お菓子だけじゃなくてこんな素晴らしいものまで作れる彼。
その首飾りを買えた時、私は感動して泣きそうになるくらいだった。
でも、なんでだろう。
今まで好きになった人達とは話をしたかったし、名前を覚えてもらいたかったのに、この人には……なんだか、そういうキモチが芽生えてこない。
なのに姿を見られれば嬉しいし、声が聞こえれば胸が高鳴る。
そして、彼の作ったものが別の店でも売られるようになった時には……朝から走って買いに行ってしまった程なのに。
つまり、これは『恋』ではないのだわ。
そうよ。
これってきっと『愛』なのだわ。
好きな人が素晴らしいものを作ってくれて、それを買うことができるという幸福。
その人が笑っていて、そこに存在してくれることが嬉しいなんて『愛』といわずに何だというの?
なのに。
成人した時に神様が与えてくれた職業は、この町では働くことのできないものだった。『縫製師』は、この石工と鍛治の町では全くと言っていいほど働き口がない。
折角彼と同じ誕生日で、同じ日に授かった職業が、私をこの町から引き離してしまうものだったなんて!
この町でしか、彼の作ったものは売られていない。
この町でしか、彼のお菓子は食べられない。
この町でしか、彼の笑顔は見られない。
でも、私はこの町では……
一晩泣いて、私は決意した。
お金を貯めよう。
どうせなら隣町なんて言わず、王都で、一流の店で働いて沢山稼ぐ。
そして一日も早くこの町に戻って『縫製もする服屋』を開くのよ。
働き口がないのなら、自分で作ってしまえばいいのだわ!
そして、彼の作るものを買って彼を応援するのよ!
私はすぐに王都へとむかい、何軒も店を巡って一番私の作りたい服を作っている店で働かせてもらうことができた。
今は……心の中で想うだけしかできないけど、私はずっと彼を応援し続ける。
そうして、何ヶ月かたった時、幼なじみのひとりから彼の作ったものだという『新作』が送られてきた。
嬉しかった……のだけど……違うの。
確かに素敵な意匠だし、とても素晴らしいものだと思うんだけど、違うのよ!
これを、私が、私自身がお金を払って手にしたいの!
ものが手に入ればいいんじゃないのよ!
悶々としながらも、その新作を送ってくれた幼なじみにお礼の手紙を書いた。
届けてもらおうと役所に出向いた時、彼の意匠印の付いた手提げ袋を持っている人を見かけた。
もしや、王都で販売されているのかと声をかけたけれど……違った。
その人が、あの町で買ったお土産を受け取った時の入れ物だという。
親切な人で、欲しいなら売ってあげるよと言われ一瞬心が揺れたけど断った。
だって、この人にお金を払ったって、彼には何も伝わらないわ。
そうよ、私は物品が欲しいんじゃなくって、それを買うことで彼が喜んでくれることが嬉しいのよ!
こうして決意を新たに働き続け、一年と少し経った頃……彼が婚約したことを知った。
……おかしいわ。
彼は幸せになるのだから、嬉しいはずなのに。
なんでかしら、少し胸が痛いのは。
それから二ヶ月くらいは……何も覚えていない。
店の人達が心配してしまうくらい、私は働きづめだったみたい。
胸の奥の痛みは随分薄らいで、もう苦しくはないけれど、とても『寂しい』と思った。
ある日、店長に呼ばれ、私の働きぶりをとても褒めていただけた。
型紙作りを任せてもらえるまでになって、その型紙で作った服がとても好評で『縫製師一等位』の資格も取れた。
そして一度、里帰りをすることにした。
誰にも連絡せずに、いきなり帰ったらきっと驚くだろうけど。
生まれた町の外門をくぐった時、王都とは空気が違う気がした。
やっぱりここは私の故郷で、私はここに帰ってきたいと思ったのだ。
でも……彼を見たらつらくならないかしら?
そう思いながら家に向かって歩いていた私の目の前に、彼が……!
仲良く手を繋いでいたあの女性は、きっと婚約者。
ふたりは楽しげに、市場の方へと歩いて行った。
不思議。
やっぱり好きだわ。
とっても、大好きだわ。
綺麗な婚約者と手を繋いでいたその姿すら、とっても。
胸の奥の靄はすっかりなくなって、痛みも淋しさもなくなったのはやっぱり『恋』じゃなかったからかしら。
市場の近くの店で、彼の意匠印の入った髪飾りを見つけた。
迷わず買って、その場で着けた。
ふふっ、何だか変な気分。
でも、ものすごく楽しくなってきた。
絶対にこの町で店を出す。
私はこの町で彼の作り出すものを見ていたいし、自分の力で手に入れたい。
そして、いつか彼に私の作る服に似合う装飾品を作ってもらおう。
私は家に戻らず、そのままもう一度王都へと行く馬車に乗った。
『恋』は儚くて『愛』には少し足りなかったけど『夢』を叶えられる自分になって帰ってこよう。
彼を、彼の作ったものを好きになれてよかった。
そう思いながら見上げた馬車の窓からの景色は、もうすぐ夏が来ることを告げていた。
ココロノナカノキモチノユクエ 磯風 @nekonana51
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