お嬢様は超剛筋重騎士様推しです!

真偽ゆらり

お嬢様、超剛筋重騎士へと至る

「これが一番似ていますわね」


 推し活——憧れの存在推しを応援する活動。

 活動の仕方も様々であり、まだあどけなさなの残るお嬢様が『推し』が使う武器に似ているからと身の丈を超える大剣を買うのも推し活である。


「お、お抱えの冒険者への贈り物ですか? お屋敷の方へ送り届け……て……」

「あら、思ったより軽いんですのね。持って帰れそうなのでお構いなくですわ」


 『推し』が身体を鍛えているから、と自分も同じ様に鍛えるのも推し活なのだろう。


 身の丈を超える大剣を軽々と片手で持ち上げるお嬢様の帰り道。美少女然とした容姿に惹かれナンパしようとした軽薄な輩も、深窓の令嬢の如き風貌に寄せられて金をせびろうとした不逞の輩も彼女がご機嫌に振り回す手に持つ物を見て回れ右をするのだった。


「鍛えても鍛えても筋肉が膨らまないこの細腕が恨めしいですわ」


 このお嬢様が屋敷の窓辺で本を読んでいれば儚げな美少女令嬢に見えたことだろう。読んでいる本と考えている事に目をつぶれば。しかし彼女の華奢な外見に騙されてはいけない。彼女は鍛えれば鍛えるほど筋肉密度が圧縮精錬されていく特異体質の持ち主である。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「あら、爺や。ただいまですわ」

「そろそろピアノのお稽古の時間ですぞ」

「もうそんな時間ですの? ではコレを職人の方にお願いして、あの方の大剣と同じデザインになるように仕上げてもらえるかしら」

「……かしこまりました。しかし、これで全身鎧と合わせてかの御仁装備が揃いましたな」

「何を言ってますの? まだタワーシールドが揃っていませんわ」

「はて? お嬢様に勧められて私もあの作品を読みましたが、かの御仁は盾の類は使っておらなんだと……」

「読み込みが甘いですわ! 第三話の扉絵で壁に立て掛けてあるタワーシールドを置き忘れるあのお方が描かれていたではありませんの」


 推しの良さを知ってもらう為の布教もまた、推し活の一つ。ただし、興味のない者に無理矢理押し付けるような真似はあってはならない。


「これは失敬。この爺や、激しい戦闘描写に気を取られ細かい所を見落としていたようです。ではこの大剣を預け次第、講師の先生をお連れしますので先に部屋の方へ向かっていただけますかな」

「まだ表紙裏にある裏設定とか語りたい事は山ほどありますが無理強いはいけませんわね」


 お嬢様の推し活に呑み込まれ、老齢とは思えぬ筋骨隆々な肉体をしている爺やは大剣を両手で抱えて運んでいく。




「爺やが先生を連れて来るまで暇ですわね」


 ピアノのある部屋で暇を持て余すお嬢様の元へ講師の先生がやって来る。


「お待たせし——お嬢様? お嬢様!?」

「あら先生、ごきげんようですわ」

「はい、ごきげんよう。ではなく! お嬢様、ピアノは弾くモノであって持ち上げるモノではございません。それも片手でとか……由緒あるグランドピアノですよ?!」

「グランド、という割には軽いですわよね」

「ですからピアノは奏者が曲を奏でる楽器であって、ですね」

「そうですわ! 先生、椅子に腰掛け下さいまし」

「分かってくださいましたか。では課題曲の手本を演奏しますのでピアノを……お嬢様? お嬢様!? 何故ピアノを持ち上げたまま近づいて来——わきゃぁ!?」


 まるで空箱を持ち上げるかの様な気軽さで椅子に座った赤縁メガネの女講師をお嬢様は空いた方の片手で持ち上げる。


「暴れないでくださいまし、落ちますわよ?」

「だったら持ち上げないでください! なんのつもりですか!?」

「あら、先生がおっしゃったではありませんかピアノと奏者はセットだと。セットなら一緒に持ち上げませんと」

「え?」

「そうですわ、良いことを思い付きました」

「とても嫌な予感がするのですが……」

「このまま演奏してもらえば運動しつつピアノのお稽古もできますわ」

「やっぱりぃぃぃ……」

「では『筋肉音頭』をお願いします」

「せめてピアノ感のある曲でお願いします」

「仕方ありませんわね、でしたら『筋肉讃歌』から『筋肉行進曲第三楽章マッシヴソナタ』で構いません」

「それ……無駄にポージングが多くて疲れる曲じゃないですか」

「先生はもう少し筋肉をつけるべきです。代謝が上がって太りにくくなりますよ?」

「っ! 全力でいくので落とさないでくださいよ!」


 荘厳で躍動感溢れる曲調が屋敷中に響き渡っていく。休符の度にポージングが入っている事は部屋にいる二人しか知らない。


「はぁ……はぁ……疲れ……ました……」

「良い演奏でしたわ、先生」

「お嬢様も抜群の安定感でしたよ。かなり動きのある演奏をしたはずなんですけど」

「良い鍛錬になりました。腕から筋肉へ曲の調べが伝わってきて全身で音楽を感じられましたから。ピアノのお稽古は毎回これで良い気がしますわ」

「……お嬢様に沢山の縁談が舞い込むのに全て破談の申し込みが入る理由の一端が分かった気がします」


 このお嬢様、黙ってテラスでお茶をしているだけで結婚を申し込まれるくらい縁談に事欠かない。彼女が手に負えない彼女の両親は相手がよっぽどの不良債権でなければ縁談を二つ返事で引き受ける。そして縁談が進むのは男がお嬢様の実態を知るまで。彼女が自分の想像と違ったから、彼女の底知れぬ筋力に怖気付いたからなどと理由は様々だが破談の流れとなるのが常であった。


「秘密ですわよ? 大事な収入源ですもの」


 推し活は総じてお金が掛かるモノである。

 このお嬢様の見てくれに騙されたと言えど男側から破談を申し込む為、お嬢様側が破談の条件を決める事ができた。縁談の破談がお嬢様の収入源となる絡繰りはたった一つ、破談を申し込む理由を口外しない事。縁談を破談にした者からの忠告がなくなる為、お嬢様への縁談は全て『破談が約束されし縁談の示談金エクスカリバー』なるお嬢様の推し活資金となっている。


「旦那様や奥方様が気にしていないわけです」

「貴女のお給金も『破談が約束されし縁談の示談金』から出ていますのよ?」

「はい! 誰にも言いません!」


 ピアノのお稽古……ピアノのお稽古? が終わり、低糖質高タンパクな夕食を済ませたお嬢様の至福のひとときが始まる。


「素晴らしい……素晴らしいですわ! あぁ、あのお方が降臨されたようです。鏡越しでなければ会えないのが残念で……」


 お嬢様があのお方と呼ぶ『推し』が装備している重武装の全身鎧を身に纏った自分の姿を鏡で見て悶えるお嬢様はふと気付く。


「私が動けば、鏡の中のあのお方も動く……私があのお方になる——私自身があのお方!」


 『推し』そのモノとなる。

 ある意味究極の推し活ではなかろうか。

 くぐもった歓喜の咆哮が屋敷中に轟いた。


 このお嬢様、最早手遅れである。

 年老いてその美貌が通用しなくなってから縁談を推し活資金に変えた事を嘆く事になったとしても自業自得。

 推し活だけが人生の全てでは——


「あなた、さっきから失礼ですわよ?」


 ——へ?


「しゃらくさいですわ!!!」


 お……推しに浸るひとときを……邪魔してはならな……い……


















「あら? そちらの世界も中々面白そうですわね。ちょっとお邪魔してもよろしくて?」

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