推す心が脈動する
喰寝丸太
第1話
俺はあるアイドルのファンだ。
そのアイドルとはご当地アイドルの小手指ここねちゃん。
CDを買うのはもちろんの事、握手会も、コンサートも皆勤した。
そしてある日。
コンサートが終わり、会場はアンコールの声で一杯になった。
なかなか出て来ないここねちゃん。
俺はこの後に仕事がある。
断腸の思いで、プレゼントの花束を渡そうと楽屋の入口に行った。
「プレゼント渡してもらえますか」
俺はスタッフに声をかけた。
「ああ、君か。君なら顔パスだよ。楽屋にいるから渡してきてもいいよ」
顔見知りのスタッフは俺を通してくれた。
楽屋の入口に立つと話し声が聞こえてきた。
「もう嫌なんです。歌うのも、踊るのも、笑顔を作るのも、全てが嫌なんです」
「そんな事を言わないで。アンコールを一回、歌ったら終わりだからさ」
「自信がないんです。昔はデビューすればって頑張れました。でもデビューすると実力の違いに打ちのめされて」
「君より下手なアイドルなんてごまんといるよ。自信を持って」
「気休め言わないで」
アイドルにも悩みがあるんだな。
いちファンとして何ができるだろう。
プレゼントするぐらいしか考えつかない。
手に持っている花束を見る。
プロフィールに載っている彼女の好きな花だ。
でもこれじゃ駄目な気がした。
そうだ、仲間に聞こう。
俺は来た道を帰ると入口のスタッフに花束を渡して会場に戻った。
まだアンコールの声は鳴りやまない。
「プロフィールに載ってないここねちゃんの好きな物って、何か知っているか?」
「知らないな」
「俺もだ」
「それは教えられないな」
「ここねちゃんの一大事なんだ。頼む教えてくれ」
俺は土下座した。
「お前、本気なんだな。ここねちゃんがロケの時に、小腹が空いたのか、たこ焼きを食べてたんだ。あの笑顔は作り物じゃないきっと大好物なんだと思う」
「たこ焼きか」
待ってろ。
今、届けるから。
俺は駅前に出るとたこ焼き屋を探した。
あった。
「おばちゃん、たこ焼き1舟大急ぎで」
「はいよ」
俺は出来上がったたこ焼きを掴むと駆け出した。
交差点で信号を確認。
青だったので止まらず駆け出した。
鳴り響くクラクション。
次の瞬間、俺は宙に舞った。
「ようこそ、勇者様」
気がついたらかなりの人数に取り囲まれていた。
「はっ、俺のたこ焼きは? 俺のたこ焼きを返せ」
「錯乱しているようですな」
「お願いです、勇者様。胸に手を置いてステータスと唱えて下さい」
オッケー、落ち着こう。
落ち着いて茶番を終わらせよう。
「ステータス」
何だスキル『推し活』だと。
推しを思う心が活力になるだとぅ。
当たり前だ。
俺は今までそれを生き甲斐に生きてきた。
思う事が力になるのなら負けるはずはない。
それから俺は魔王退治の旅に出た。
そして苦労の末に魔王城の王の間に辿り着いた。
「でたな魔王クラーケン。今日こそ決着をつけてやる」
「ふっふっふ、それはどうかな。お前の力は見切った。気づいているか。お前の力は弱まっているぞ」
「なんだそんな事か。この日の為に温存していた小手指ここねブロマイド! 開封の時!」
「何だその力は!?」
「パルセイション・ハート」
俺はフィニッシュブローを放った。
光が爆発して気がつくと、俺は交差点でタコ焼き片手に立っていた。
そうだ、ここねちゃんに届けないと。
まだたこ焼きは温かい。
俺はたこ焼きをここねちゃん届ける事が出来た。
いちファンが持ってきた食べ物なんか食べないだろうな
でも良いんだ。
やり切ったよ俺。
会場をちらりとみると。
「アンコールやるよ。♪ ♪♪」
いつもと違うここねちゃんの歌声。
何だかレベルアップしたみたいだ。
推す心が脈動する 喰寝丸太 @455834
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