1991年時点、〈推し活〉のようなものは。
倉沢トモエ
1991年時点、〈推し活〉のようなものは。
1991年。土曜日の2時過ぎ、マクドナルド2階の片隅。
「TMNて、何したいんだよ」
「でも、シティハンターは許すんでしょ」
「許す」
女子高生二人、カナとアキ。注文はポテトとコーラだけ。
音楽雑誌を広げて、カナの片手にはカッターナイフ。
「とりあえずTMNはシズルちゃん、岡村ちゃんとこはカオルで、松岡英明はナオミ、ってとこで」カナがページを切り、
「はい、一冊終わり。次」アキが仕分ける。
雑誌のページを切り分けているのだった。令和で言う〈推し〉一人(または一組)のために、何冊も雑誌は買えない。目当てのページを受け取ったら、その雑誌の値段を人数分で割った金額を払うことになっている。
「はい。それで、閣下と参謀がユリで、長官がリエで、」
「アキはお兄ちゃんにラウドネスあげないの」
「絶対やらねえ」
「まだケンカしてるんだ」
「あたしの! 苦労して民生のとこだけつなげたビデオ! 冴島奈緒のエロビデオ、ダビングして消しやがって!」
「こないだは、黒木香だっけ」
「ゲロゲロだよ、あの野郎」
どうでもいいことを話しながらも、きれいにページは切り取られていく。
「あと3冊か」
「つーか、カナ、荷物多くない?」
「あ、シャンプーとリンスあるから」
「あー、ティモテだ」
「ユカに頼まれたさ」
「寮生大変だよね」
「うん。なんでうちの学校の寮、まわりに何にもないのかね。外出も厳しいし。
電話もろくに取り次いでくれないし。クラスの連絡網さえ渋る寮母ってなんなのあの人」
「でもユカさ、できたんでしょカレシ」
「いつ」
「こないだ聞いたよ」
「どこで」
「知らないけどさ、○○高の水泳部らしい」
「人にティモテ買わせてか!」
「まあまあ」
「でも、ユカん家って、厳しくなかったっけ。夏休みにユカの実家に電話してみた子がさ、なんかお母さんに怒られたって」
「何を失礼なこと言ったのよ」
「遊びの誘いをしただけで、よろしくなかったみたい」
「ええ。それで寮に来たのかな。いるじゃん、そういう子、けっこう」
「今日も、うちに泊まりにくる話、ダメになったしね」
寮母がふたりとも、そうしたことをまず許さない。
そんなのおかしくないのかなあ、と、高校生くらいにもなると思う。級友との交流も許されないのって。へんだと思うけれど、なんとかするには力及ばずといったところ。
「でもカレシできたし」
「カーっ、あたしらはこうして雑誌切り裂いてるだけなのに」
とはいえそんな作業もそのうち終わる。
ふたりはアキの家に向かい、カナはアキのご両親にご挨拶。
「また来てくれて嬉しいわ」
アキのお母さんは優しい。
「よお」
お兄さんが出てきたので、そちらにも挨拶。
(冴島奈緒……)
「じゃ、行こう」
CDラジカセかけて、ビデオ見て、イカ天見て、ずっとお喋りする、そんな土曜日の夜。
* *
夕食とお風呂のあとに、クラスの連絡網から電話があった。
「月曜朝の応援練習、火曜に変更だって」
再来週行われる運動会、クラス対抗で行う応援合戦の朝練習の予定が、場所取りの手違いで火曜になった、ごめん、という話。
「ユカなんだよね、あたしの次」
今日はつないでくれるだろうか。
アキは髪を乾かして、居間の電話の受話器を。
「お父さん、聞かないでよ」
新聞を読んでいるお父さんがなんとなく邪魔で、追い出してしまう。
「夜分すみません。高二、二組の宮田です」
えっ。
「……」
寮母の先生の態度がいつもと違う。
少しおかしいな、と思いながら、言われた通り、クラス名簿を見て電話番号をたしかめる。
* *
「どうしたの?」
カナは、BOOMのCDを物色中。
「うん。あのさあ、」
アキは、ユカに朝練の件を伝えるべく、寮に電話した。
「寮母の先生、『外泊中です』ってさ」
「えっ。なんで今日は許可を?」
めずらしい。
「ユカは今、シズルちゃんのところだ、って言うのよ」
「生徒会役員の家なら外泊許可出るってこと?」
「と、思うでしょ。で、シズルちゃんにもかけたわよ」
『バカね!』
すると、いきなりこれだった。
「『わかるでしょ。
ユカちゃんは、あたしのとこに泊まった、ってことにしといてよ、あんたたちも』」
「……はあ?」
「それはなんとか理解してさ、まあ、わかるわよ。
でも受話器置いたら、お母さんとお父さんが聞いてない振りしてすごく聞き耳立ててて」
「まあまあ」
「……ひとにティモテ買わせといてさあ」
「まあまあ。買ったのは私だし」
「あたしも早くカレシなどこさえて、外泊をごまかしてみたいよ」
とはいえ、カナはこないだアキが、自分はぜったいメガデスのマーティ・フリードマンと結婚すると言っていたのを覚えている。外タレ相手にいつそんな展開になるというんだよ。
「まあ、いいじゃない。大人の階段」
「もう、アイス食べよう! アイス!」
そしてふたりは一晩中ビデオを見たりお菓子を食べたりなどして、翌朝は起きられずに怒られるのであった。
おわり。
1991年時点、〈推し活〉のようなものは。 倉沢トモエ @kisaragi_01
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