「オシカツ」ってなんなのよ?
緋雪
「オシカツ」?
夕飯の支度をしていると、次女の
「あはは。バカじゃん、そいつー。え?え?誰推しだったの?うぇー。マジで?あはははは。そんなんまでいくー。やっば!」
…さっきからずっと聞いてるけど、宇宙人語だらけで、解読不能。どうでもいいけど、部屋で話しなさいよ。うるさいし。着替えてきて、手伝おうかという気にはならないの、あんたは、もう。
身振り手振りで、制服を着替えてこいと伝える。
「はいはい。んーん。こっちのはいはい。うちのママンヌがお着替えしてこいってー。部屋行くわ。いやいやいや、フランス?貴族だわ。あはははは。」
しばらくして、真美が、ドンドンドンドンと二階から降りてきた。手には相変わらずスマホを持ったままだが、宇宙人との交信は終わったらしい。
「ママンヌ、あたしのカフェラテどこやった?」
「コーヒー牛乳?」
「か、ふぇ、ら、て。コーヒー牛乳とか、銭湯ですか。」
いや、思いっきりコーヒー牛乳って書いてあったけどね、さっきのパックに。
「冷蔵庫にもどしたんじゃない?」
「ははは。あったわ。ちゃんとしてんじゃん、あたし。」
「あんたさぁ、電話しながら帰ってくるのやめなさい。お隣とかに丸聞こえでしょ?電話一回切って、帰って、ちゃんと着替えてから…」
「ねえ、ママンヌ、誰推し?」
真美の耳は時々一方通行になる。
「え?何よそれ?」
「いや、だから、誰推してんの?」
「押す?誰も押してないけど?」
なんなのよ?どういう意味よ?私が誰を押すの?何のために?
「大体ねえ、『ママンヌ』って何なの?ちゃんと『お母さん』って呼びなさい。誰かに聞かれたら恥ずかしいでしょ。」
「なんで〜?いいじゃん、『ママンヌ』可愛いじゃん。フランス貴族っぽくて〜。」
全く、どう育てたら、こんなに馬鹿みたいな子ができるのかしら。
「ユリは?」
「『お姉ちゃん』くらいつけなさいよ。バイトお休みって言ってたから、もう帰ってくるんじゃない?」
そう言っている所へ、長女のユリが帰ってきた。
ユリは、真美と違って大人しい子だ。成績もずっといい。そんな一見全く正反対の姉妹は、実は物凄く仲がいい。
「ユリおかえり〜。ね、ね、ね、ユリ、ユリ、ユリ、ちょっと待ってて、待っててね!」
真実がまたドンドンドンと自分の部屋に行き、ドドドドドッと降りてきた。片手に何か持っている。
「ユリにプレゼントがありま〜す。」
派手に声をあげる真美とは正反対に、
「何?プレゼント?」
落ち着いた声で返すユリ。
「じゃじゃーん。」
「あ~っ!!カルルンのティッシュケースじゃん!!えー、ヤバいー。どうしたのー?どこで手に入れたー?」
「ふふふ。友達がさ、抽選で当たったんだってー。だけどその子、別の子推しなんだよねー。で、いらんわ。っていうからさ、あー、まてまて、それ、うちの姉ちゃんの推しだからちょうだい、ちょうだい。ってもらってきた。」
「うわ〜、真美、ありがとー。ヤバっ。可愛い〜。ヤバいね〜。」
…料理をしながら、後ろで真美が増えたかと思った。
二人に食事をテーブルに運ばせながら、真美がユリにプレゼントした物を見る。クマのような狸のような、猫のような、白くて丸いキャラクターの、もこもこしたボックスティッシュカバー。そう言えば、ユリの部屋は、このキャラクターだらけだ。
「ユリはこのキャラクターが好きなのねえ。」
私が言うと、ユリが答える前に、
「これはぁ、サプリメイツシリーズの、カルルンね。ユリはカルルン推しなのさ。
「へぇ。紗絵羅ちゃんって子、パオラ推しなんだ。パオラ可愛いよね~。」
「ね〜。」
全く、全く話が見えないのは、私だけかしら?もう高校生の話なんかについていける歳でもないか。
そう思っていると、夫が帰ってきた。
「おかえりなさい。随分早いわね、今日は。」
「ああ、近所のお客さんとこで終わりだったから、直帰させてもらったんだ。」
「丁度よかったわ。これからご飯にしようと思って。用意するわね。」
「ああ、頼む。」
そう言うと、夫は娘たちのところへ行く。
「賑やかだな。今日のテーマはなんですか、お嬢様たち。」
「パパンヌ、先に着替えてきなよー。怪獣ママンヌに怒られるから。」
「はいはい、了解。」
「ねえ、パパンヌの推しって誰?誰?」
自分から着替えてこいと言いながら、引き止める真美。
「推し…ねえ。」
「お父さん、何気にアイドル好きだったりするよね?」
ユリが言うと、真美が手を叩いて、
「好き、好き〜!」
大笑いしている。
え?なに?アイドル好きだったの?知らなかった。え?知らなかったの、私だけ?
「『りずみんぐ』好きだよね?ね、誰推し?誰推し?」
「みーちゃんだよね?」
ユリが笑って言うと、
「えー、何でわかったの?参ったなぁ。」
と、夫は照れくさそうに笑った。
「りずみんぐ」?娘くらいの歳の子ばっかりのアイドルグループだったような…。「みーちゃん」?あの中で個人を識別できてる時点でびっくりだわ。何?それを押す?オススメってこと?謎だ。
「ね、ね、パパンヌ、今度、みーちゃんのクリアファイル買ってきてあげるからさ、それに書類入れて行けばいいじゃん。」
真美のとんでもない提案。
「契約してくれなくなるぞ。」
「あはははは。逆に『いやぁ、山崎さん、みーちゃん推しですかぁ、私は、のんのん推しでして。まあまあ、座ってお茶でも。』って、契約に繋がるかもよ?」
ユリまで一緒になって、お父さんをからかっている。
「まあ、みーちゃんクリアファイルは、遠慮しとくよ。」
「え〜。推し活しようよ〜。一緒に〜。」
「あはは。ママンヌビーム受けないうちに、着替えてくるから。」
皆で食卓についた。
相変わらず、キャアキャア言って笑いながら食べる真美。それに普通に受け答えして笑っているユリ。それをニコニコ見ている夫。
…なんだろう、この疎外感。
「よし!」私は決心する。
「ねえ、『オシ』って何?」
ほんのちょっと間があって、ユリが言う。
「あれ?お母さん、知らなかったの?ワイドショーとか観て知ってるのかと思ってた。」
「ママンヌ、ワイドショー観てない観てない。取り溜めしたドラマ観まくってるから。」
「あー、それでか。」
お父さんまで。
「『推し』っていうのは、応援してる人とかキャラクターとかのことを言うんだよ。お気に入り、みたいな感じでも使われてるのかな。僕もなんとなくしかわかってないけどね。」
夫が説明してくれる。
「そうそう。それで、そのキャラクターの物を集めたり、アイドルのグッズ集めたり、会いに行ったり、みたいなのが『推し活』ね。タレント、歌手、モデルに俳優さん、二次元の人にいたるまで、『推し』の対象って広いのよ。」
ユリも説明してくれる。
「ね、ね、それでさ、ママンヌは『推し』いないの?」
「そんな…特別誰っていうのはないかなぁ。」
「『ワンモアキッス』とかうちらと一緒に観てるじゃん?誰が一番好き??」
「ワンモアキッス」というのは、娘たちがよく観ている、綺麗で可愛いモデルの子ばかりの、トークバラエティ番組。
「え?女の子でもいいの?んー、でも、特にこの子が、とかは、ねえ。」
チラッと、夫の方を見ると、彼は何か言いたそうにニヤニヤしている。
「えー、そしたらママンヌはさぁ、好きな芸能人とかいないわけ?」
そこで、ついに、夫が笑いだした。
「何?どうしたの?」
娘二人が、夫の方を見た。
「お母さんにはねえ、昔、すっごい憧れてた女優さんとモデルさんがいたの。」
「ちょっと、あなた、やめて!」
止めようとする私をチラッと見て夫は言った。
「『赤井真美』さんっていう女優さんとね、『高倉ユリ』さんっていうモデルさん。」
真美とユリは大爆笑して喜んだ。
「最強の『推し活』じゃん!!」
「オシカツ」ってなんなのよ? 緋雪 @hiyuki0714
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます