誕生日の翌日

湖上比恋乃

お題:二刀流

 中学三年の冬といえばいいのか、春といえばいいのか、卒業式を間近に控えた日におばあちゃんが死んだ。まだ若いのに、と誰も彼もが言うけれど、私にとってはずっとおばあちゃんだったので、若いとかどうとかよくわからない。ただ私の好きな人が死んだ。それだけだ。しかも私の大好きな家を壊すという。住む人がいないからしかたない、らしい。「じゃあ私が住む!」とわめきちらしたことはよく覚えているし、なんならちょっと恥ずかしい思い出になりつつある。

「馬鹿なこと言わないの」と困ったように怒る母さんたちに

「俺が住むよ。それでいい?」

と母さんの弟であるイロくんが言ってくれたのだった。大人たちも私も時間が止まってしまっているなか、通勤の都合とかお金のこととか、住むだけだから所有者は誰でもいいだとか、たぶんそんなようなことを並べていた。

 そういうわけで、大好きなおばあちゃんが住んでいた家に、今はイロくんが住んでいる。


 今日は誕生日の約束をはたしてもらうため、イロくん家に一泊する。

 二十分こいできた自転車を塀の内側に立てかけた。預かっている鍵を使って中に入る。イロくんはまだ帰っていないはず。勝手知ったるとばかりにいつも使う部屋に荷物を置いて、そうだ、もう布団も敷いてしまおう。おばあちゃんの家にはよく泊まりに来ていたから、どこに何があるのか大体わかっているし、なんならイロくんよりもわかっている自信がある。だって「客用の布団なんてあったっけ」とか言うくらいだ。


「ごめんくださーい」

「あ! フジノさん!」

 イロくんの本棚を眺めていた私は、駆け足で玄関に向かう。フジノさんはおばあちゃんが住んでいたときから家事の代行をしてくれている人だ。おばあちゃんの友達みたいだったけど、私にとっても、ものすごく歳の離れた友達ってかんじ。

「こんにちは!」

「イロハちゃんこんにちは。やっぱりもう来てたのね」

 イロくんが随分前から夕食と朝食は二人分って頼んでくれてたみたいで、会うたびに「楽しみね」と気持ちを共有してくれていた。なんならフジノさんだっていつもより早い。食材たちを受け取って、先導するように台所まで。

 冷蔵庫にしまっている後ろで「そうそう」とフジノさんは何か思い出したようにバッグを覗きこんだ。

「昨日はお誕生日おめでとう」

 食卓テーブルの上に四角い箱が置かれていた。包装紙は見覚えのある百貨店のものだ。

「わあ! ありがとうございます!」

 私と同じわくわくした表情のフジノさんに「開けてみて」とうながされるまま開封していく。シンプルな白い箱の中から、これまたシンプルなマグカップが現れた。

「シーグリーンっていう色なんですって」

 エプロンの紐を結び終えたフジノさんが言う。

「イロハちゃんは海が好きでしょう? それに、お誕生日が新緑の季節の入り口だから、色も名前もぴったりだって思っちゃったの」

 うれしい、すごい、すてき、うわ言のように繰り返してマグカップを回し見る私に言葉を重ねてくれる。

「この家にはマグカップも食器もたくさん揃っていて、イロハちゃんのお気に入りもあるかもしれない。でもイロハちゃんの物じゃないから。ヒイロくんにお願いして一つくらい置いてもらえないかしら」

 フジノさんの気持ちが嬉しい。そしてイロくんは私には甘いので場所さえあれば許してくれるはずだ。

 テーブルに置かれたシーグリーンのマグカップ。ピカピカして見えるのは新品ってだけじゃないと思う。早く使いたい。


 フジノさんが用意してくれた誕生日スペシャルな晩ご飯を食べたあと、イロくんと二人で縁側に腰掛けている。まだ夜風は冷たいから、おばあちゃんがいつも来ていたニットベストを拝借した。

「で、これがフジノさんがくれたマグカップだよ」

「いい色だしすごく素敵だけど、本当にそれで飲むつもり?」

 二人の間にはイロくんが買ってきてくれたケーキとマグカップとグラス、そして成人のお祝いにと用意してくれたお酒が置いてある。イロくんからすればジュースみたいなアルコール度数らしい。昨日家族でもお酒を飲んでみたけど、とくに変わりなかったし、家系的にも耐性ありそうだって言っても、イロくんと同じのはダメだって。

「マグカップ使うならコーヒーとか紅茶とか」

「いやこの家お酒と水以外ないよね」

 そんなに飲ませたくないのだろうか。

「しかもケーキと酒って」

 ありえない、みたいに言うけど「どっちもイロくんが用意したのに!」意味がわからなすぎて笑っちゃう。

「ケーキもおいしいし、お酒もおいしいし、一緒に楽しめて私は最高なのになあ」

 最後にとっておいたメッセージ入りのチョコプレートをパキッと割った。〈イロちゃん〉と〈誕生日おめでとう〉の二つになる。〈イロちゃん〉の方を差し出して「食べる?」と聞けば、迷いながらも受け取ってくれた。

「誕生日おめでとう」

「ありがとう! 嬉しいけど今日それ何回目?」

「こういうのは何回言ってもいいの」

 そういうものかなってぼんやりしていたら、手の中でチョコが溶け始めた感覚があって、存在を思い出す。慌てて口に放り込んだのは、イロくんと同時だった。

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