アネモネ ― 幾つもの時を越えて ―

枡本 実樹

僕が手にしたもの

―――ない・・。また・・・。

目の前の世界は白く覆われていき、そして光が射してきて。


ん。あぁ、そうか。また見たのか。

目を覚ました後、僕の前に広がる世界は、いつもの見慣れた白い天井と、カーテンの隙間から差し込む光。

スマホを手に取って見ると、そろそろ起きる時間だ。


幼い頃から、繰り返し見る夢。

あまりにも何度も見るので、この夢を見た後は、少しボーッとしてしまう。

一時期、頻繁に見ていたころは、どちらが現実世界なのか混乱しそうになったことがあった。


なんなんだろう。

夢の中の僕はいつも苦しそうで、なにかを酷く悔やんでいるようだった。

よく分からないけど。

目が覚めたあと、悲しいような、苦しいような、なんだか胸のとこが少し痛いような感覚になる。

古い時代の、戦闘シーンなのだろうか。

剣を両手に持っていて、全身全霊で相手に向かい戦っている。


夢のことをやたらと気にしていても仕方ないので、いつも通りの朝のルーティンを済ませて、いつも通りの時間に会社へと向かう。

小さい頃から絵を描くことが好きで、デザイン会社に勤めている。

仕事では、パソコン上で絵を描いている。


だけど、鉛筆を使って画用紙に描いて、その上を透明水彩で塗り重ねていく。

手描きの方が好きだ。


人前では決してしないが、僕の絵の描き方は二刀流だ。

左右両手で鉛筆を持って描き始める。

色を付けていく作業も、両手に絵筆を持ち同時に塗っていく。


幼い頃は、左利きだった。

小学校入学を機に、右利きになるように矯正させられたのだが、自分の部屋で絵を描くときは、両方の手で鉛筆を持って描くのが当たり前になっていた。


最近は、描いた絵をSNSなどに投稿すると、嬉しいコメントをくれる人たちも多く、定期的に描いたものをアップするようにしている。

誰かの心を優しく包み込むような、そんな絵が描ける人になれたらと思う。


帰りに花を買っていこう。

僕は、花の絵を描くのが好きだ。

同じ花でも、少しずつ表情が違って見える。

同じ色でも、絵具を重ねる度に違う顔を見せてくれるからだ。


会社を後にして、いつもの花屋に寄る。

どれにしようかと悩んでいると、初めて見る店員さんに声を掛けられた。

「いらっしゃいませ。プレゼントですか?」

なんだかフワフワした感じの、可憐という言葉がピッタリなイメージの女性に、僕はドキッとした。


「いえ、自宅用です。」

そう言った僕に、彼女はにっこり微笑みながら

「ゆっくり選んでいってくださいね。」

そう言って、奥のカウンターの方に行き、小さなブーケを作り始めていた。


「あの、すみません。」

どれにするか決めかねて咄嗟に声を掛けてしまった。

「はい。どれかお決まりですか?」

さっきと同じ優しい微笑みに、なんだかホッとした。

「いや、その。派手じゃない感じの・・今の時期の花が欲しいんですけど。」

言葉足らずの表現しか出来ない自分を一瞬恥じたが、彼女は、少し考えながら歩き出した。


「コレなんかどうですか?」

イメージにぴったりの、控えめなのに、なんだか惹きつけられる花を見せてくれた。

「それでお願いします。」

そう返事をすると、かすみ草を添えて包んでくれた。


「花の名前、教えていただけますか?」

そう聞くと

「アネモネです。可愛いですよね。」

彼女の花を見る表情が、本当に花が好きなんだなと感じた。


お礼を言って、店を出た。

明日はゆっくりと絵を描こう。そう思いながら、僕は手元の花に見入っていた。



その日の夜だった。

あの夢を見たのだ。

いつもとは少し違う。


いつもは、もっと夢らしく、断片、断片のつながりで、もっとボヤっとした感じだった。

でも、今回はなんだかとても鮮明で。

見える景色だけじゃなく、手の感覚とか、持った時の重みとか、やけにリアルで。

幼い頃からの夢が全部つながって、映画でも見ているような、そんな感じだった。


物凄く荒れた地の上に、僕は立っていた。

どこの国だろう。

以前見た時と同じように、着物みたいなものを着ている。

腰に付けた一本の鞘から、二本の剣を抜き出して両手に持ち、敵へと向かい走っていく。

舞うかのように飛びかかり、相手を斬り倒していく。

噓のように、どんどん周りは横たわる人で埋もれていき、僕は幾人もの人を斬っていた。


その光景に、苦しさが増す。

ごめん。ごめん。ゆるしたまえ。ごめん。

何度も、頭の中に、その言葉が響いた。


それでも僕は、両方の手から、剣を離さない。

きっと誰か守りたい人がいるのだ。

その為に必死なのが苦しさで伝わってくる。


敵も味方も、どんどん数が減っていった。

友達なのだろうか、すごく懐かしい、そんなことが一瞬頭をよぎった誰かと、背中合わせになる。


目の前には、ニヤニヤと嘲笑いながら立つ大男。

「やっと、お前と剣を交えるな。」

僕の眼はその男を真っ直ぐに睨み付ける。

そして、僕の手は、まるで僕の手じゃないみたいに、両手それぞれにしっかりと剣を握りしめている。


背中越しに、確認するように、低い声が届いて来る。

「なぁ、また、絶対逢おうな。」

「ああ、絶対。」

僕はすぐに答えていた。


その次の瞬間、お互いに目の前の相手へと走り出し、飛びかかっていた。

相手の大男が、物凄い呻き声を出しながら、倒れていくのが見えた。

と同時に、鋭い痛みを感じ、僕の視界も細く、ぼやけていった。

最後に目に入ったのは、僕が持っていた剣に彫られた、蝶々だった。


それからしばらく経ったのだろうか

目を開けると、心配そうに覗きこむ顔があった。

彼女は泣きはらした目をしている。

僕の手は、彼女の頬に向かった。

体中が痛い。


彼女は、頬に添えた僕の手を、両手で包み込み、嬉しそうな微笑みを見せる。

なんだかホッとして、僕の目から温かいものがこぼれていった。


「ねぇ、もう行かないでね。もう剣は持たないで。」

彼女は、しぼり出すような声で、そう言う。

僕は小さく頷く。


「戦のない世の中に生まれたかった。そしてずっとずっと一緒に居たかった。」

彼女の頬に涙が伝っていく。

僕はまた小さく頷いた。


そのまま目の前が暗くなっていった。

「絶対、絶対、来世で逢おうね。わたしのこと忘れないでね。」

彼女の声だけが、暗闇の中で響く。

嫌ァァァァァァァ―――――――。

叫び声のような、泣き声が響いていた。


「すまない。また逢おうな。忘れない。」

そう言った気がする。声は届いただろうか。

暗闇がだんだんと白んでいき、また光が射してきた。



気が付くと、僕は普段通り、ベットの上で朝を迎えていた。

頬が冷たい。

手のひらで拭うと、どうやら僕は泣いていたようだ。


ずっと長い間、モヤモヤとしていたあの夢が、まるで現実かのように映像に流れて。

僕はベットから起き上がったものの、しばらくの間動けずにいた。

ただの夢、そう思おうとしたものの、どこか引っ掛かって。

なんだか理解出来ずに。


気持ちを切り替えようと、顔を洗いに行って、朝御飯を食べた。

昨日買ってきた花の絵を描くことにした。

モヤモヤとしていた気持ちが、消えていく。

絵を描く間は、無心になれるから好きだ。

鉛筆の線を走らせていると、いつの間にか、花に近寄る蝶々を描いていた。


RRRRR・・・スマホが鳴る。

来週会う予定にしていた、中学時代からの親友だった。

「おう、どうした?」

「それがさ、会った時でもよかったんだけど。俺さっき変わった夢見て・・・」

親友が話したのは、今朝見た夢の、背中合わせの映像と同じようなシーンの話だった。


中学時代、僕たちは左手の肘近くに同じような傷跡があって、幼い頃に怪我した痕が上手く消えなかったのだけど、同じようなことしたんだねって笑い合って、更に仲良くなったのを思い出した。

夢の中で感じた、あの懐かしさと、低い声とを思い出すと、あの背中を預けた彼は、親友そのものだった気がする。


夢の記憶と、顔を重ねて思い出しながら、絶対に逢おうとの約束を、果たせたのかもしれないと思った。

詳しくは来週また会った時にな。と笑い合いながら、電話を切った。


画用紙に色を塗り始め、アネモネに紫色を置いた時。

彼女の顔が浮かんできた。

あの夢の中で、最後に泣いていた彼女。


あ。

彼女の顔が、微笑みに重なる。

そうだ、昨日の花屋の。


僕は両手に持っていた絵筆を置き、急いで出掛ける準備を始めた。

駅に向かう足は、早足になっていた。

電車に揺られながら、夢の中の彼女と昨日初めて会ったばかりの彼女を重ね合わせてみた。

きれいに重なる気がする。


でももし、本当に何でもないただの夢で、意味のない夢だったなら。

どうしよう。僕はただの気持ち悪い奴になってしまう。

間違いない。いや、違ったらヤバイ。

そんな気持ちの狭間で揺れるうちに、降車する駅へと着いてしまった。


改札口を抜け、どうするか迷っていると。

「こんにちは。」

彼女だ。すぐに言葉が出ない。


「あ、すみません。そこの花屋で働いていて。昨日、お花を買っていただいた方ですよね?お休みだからエプロン付けていなくて、わからないですよね。」

彼女が謝りながら、あの微笑みを見せてくれた。

「昨日は、ありがとうございました。」


なんとか、言葉を探そうとするが、上手く見つからない。

焦っていると。

ふふ。と彼女が笑った。


「僕、夢で見たんです。」

どう話そうかと思いながら、そう口に出した時。


「うん。長かったね。」

そう言いながら、彼女は微笑んでいた。


あ。もう、余計な言葉はいらないのかもしれない。そう確信した時。

「忘れないでね。って言ったのに。」

そう言いながら、彼女の頬に涙が伝っていた。


「ごめん。」

右手の親指で彼女の頬を拭う。


「何百年待たせるの?」

そう言って怒りながら微笑む彼女を、そっと抱き締めた。



彼女が望んだ平和な世の中で、僕たちはまた巡り合えた。

約束する。君の笑顔を守っていくよ。これからずっと。


もう、この手は剣を握らない。

あの時とは違う武器を手に入れた僕は、この手を愛せる気がする。



あの日の僕が出来なかったことを、今度は必ず果たすから。





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アネモネ ― 幾つもの時を越えて ― 枡本 実樹 @masumoto_miki

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