後編
それから弥太郎は四人の盗賊をひたすら追い続けた。
孫兵衛達が出たと聞けば、どの場所にも出向いた。
時には、荒っぽい手段を用いて情報を引き出すこともあったが、それでも刀を抜くことはなかった。
弥太郎が村を出て数か月が経った頃、ついに有力な情報を得ることができた。
孫兵衛達四人が根城としている場所を突き止めることができたのである。
それはある村はずれにある廃寺だった。四人はそこを根城にして、方々から盗んできたものを運び入れ、毎晩のように酒盛りしているとのことだった。
ついにこの時がきた。弥太郎は廃寺の近くに身を潜め、夜まで待った。
夜になると四人が廃寺に戻ってきて、案の定酒を飲みだし、どんちゃん騒ぎが始まった。
そして酒盛りもある程度時間が経つと、少しずつ声が聞こえなくなった。
ついにはすっかり声が聞こえなくなった。寝静まったようだ。
弥太郎は廃寺に忍び込むと、部屋をぐるりと見回す。
四人ともすっかり高いびきだ。弥太郎から見て一番奥で孫兵衛が寝ていた。
弥太郎はゆっくりと手近な一人に近付き、数か月ぶりに刀を抜いた。
大きく振りかぶる。
盗賊はまだ誰も気付いていない。
刀を両手で構え、高く振り上げた手を一気に首元に降り下ろす。
ギャッと短く声をあげると同時に男の首が床にドスンと音を立てて落ちた。
切り口からは血が湧き水のように吹き出す。
「な、なんだ!?」
近くに寝ていたもう一人が目を覚ます。
間髪入れずに弥太郎はその男の首にも刀を振り下ろす。
刀は男の喉笛を深々と斬り裂き、血が噴き出した。
しかし男が目を覚まし、動いたこともあり、首を落とすまではいかなかった。
ギャーー~ッ!!というけたたましい叫び声をあげ、男はぴくぴくと二、三度痙攣して動かなくなった。
この叫び声により、他の二人が完全に目を覚ました。
「て、てめぇ何もんだ!?」
「野郎!やりやがったな!?ぶっ殺してやる!」
一人が枕元にあった刀を抜いて、弥太郎に斬りかかってきた。
弥太郎は冷静に上段で相手の刀を受けると、横にいなした。
男が少し体勢を崩した所を一気に袈裟斬りにした。
男は刀を落とし、膝から崩れ落ちた。もうぴくりとも動かなかった。
「なかなか、やるじゃねぇか若ぇの」
孫兵衛はそう言うと同時に刀を抜き放った。
「見たところ、同業者ってわけじゃなさそうだな。かといって役人でもねぇ。ということは・・・」
孫兵衛は続けて何か言おうとしたが
「問答無用!貴様のような畜生と交わす言葉などない!」
と言って、弥太郎は一気に斬りかかった。
互いの刀が音を立ててぶつかる。二合、三合と斬り合って、鍔迫り合いとなったが、孫兵衛は隙をついて弥太郎の顔を拳で殴りつけた。
弥太郎は強烈な一撃を鼻のあたりに食らい吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がった。
殴られた鼻から血が勢いよく出てくる。
「剣の方はなかなかいい腕してるみてぇだが、所詮は道場剣法だな。おまえ実戦はほとんど経験ないだろう」
さすがは腐っても元剣術指南役だ。技術も反応も力さえも向こうが上だろう。
なにより奴の言う通り、自分と孫兵衛とでは実戦経験が天と地の差だ。
ならば・・・!
弥太郎は鼻の血を拭うこともせず、左手で脇差を掴むと一気に抜いた。
両の手に刀を持ち、構える。
「二刀流だぁ?それも片方は脇差だと?ふざけやがって。まともにやってりゃ善戦ぐらいできたものを血迷いやがったか」
孫兵衛は一気に距離を詰めると
「そんなにくたばりてぇなら望み通りにしてやらぁ!」
言いながらしっかりと両手で構えた刀を袈裟斬りに振り下ろしてきた。
弥太郎は自分の頭上に両の刀で×の字を作ると、孫兵衛の刀を受け止めた。
それと同時に左の脇差で横にいなすと、右の太刀で孫兵衛に斬りつけた。
互いに刀を振り下ろし、止まった。どちらも動かない。
どちらが斬られたのか、どちらも外したのか。あるいは相打ちか。
先に動いたのは孫兵衛だった。弥太郎の方に身をよじると何か言おうと口を開いた。
その瞬間首の左側から血が一気に噴き出した。
孫兵衛は口を開いたまま仰向けにばったりと倒れた。
口からは血が噴き出すばかりで、もう何も喋らない。
弥太郎はその場にへたり込んだ。
「お糸・・・やったよ・・・ようやく終わったよ」
懐から朱色のかんざしを取り出すと、涙を一筋流した。
抜かずの人 髙橋 @takahash1
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