私は最強の聖剣なのですが、マスターは短剣ばかりを愛用しています。

風親

第1話 聖剣ソハヤ

「よくぞ。私にたどり着いた」

 宝箱の中から、少女は光と共に姿を現した。

「我が名は聖剣ソハヤ。あらゆる闇を切り捨てる。私を使いこなせば必ずや勝利に導くことを約束しよう!」

 聖剣ソハヤと名乗った少女は、声も高らかに宣言した。長い黒髪を自らがおこした風になびかせて、透き通るような白い肌をしたすらりとした美少女は胸に細い手を当てて勝ち誇るように目の前の青年に向かい合った。

「お嬢ちゃんは、この中に入っていたのか?」

 目の前の当の青年はこの不思議な出来事に一度だけ目を丸くしたが、それ以外は全く動じていない様子だった。まるでソハヤのことを心配しているかのようだった。ちょっと頭がおかしい子なのかと思いながら。

「……そうよ」

「そっちのお嬢ちゃんも?」

 青年が視線を下にずらすとそこには小さな女の子が縮こまって座っていた。

「この娘はショウツよ。私のおまけみたいなものね」

 くるくると巻かれた栗色の髪をしたソハヤよりももっと若そうな子どもと言ってもいいよさそうな女の子は、久しぶりに明かりのある場所にでたのか眩しそうに目を手で覆いながらなんとか隙間で自分を

「僕は、魔物を切り払える武器があると聞いてここまで来たんだけれど……」

 質実そうなプレートメイルに身を包んだ青年は、ここまで持ってきたらしい松明を地面に突き刺した。しばらく起きない間に、深く暗い場所に置かれてしまっていたらしいことをソハヤは知る。

「私たちがそうよ。まあ、剣の精霊みたいなものだと思ってくれていいわ」

「ふーむ」

 意味がわからずに青年はただ首を捻っていた。

「私は剣になれるのですよ」

 やっと眩しさに慣れてきたショウツがと呼ばれた小さな女の子が、青年を見上げながらそう言った。

「なれる?」

「ここに手を当ててください」

 ショウツは、服をめくるとお腹をさらけだしておへその辺りを指差した。

「え? あ? こう……かい?」

 小さな女の子の真っ白で柔らかい肌に手を触れるのは、いけないことのような気がして恐る恐る小指から近づけていった。

「どうぞ。どうぞ。もっとぐっと力を入れて!」

 言われた通りにすると、ショウツのお腹の中に青年の手が深々と入っていった。青年は一瞬だけぎょっとした表情を浮かべたがすぐに落ち着きを取り戻してショウツの中で何かを握った。

「……なるほど」

 ショウツの中から短剣を取り出した。そのままショウツと名乗った女の子は短剣に吸い込まれるように消えていった。

「素晴らしい。軽いし、確かに魔物を倒せそうな力も感じる」

「どうぞ。お使いください」

 短剣になったショウツが喋ったのに青年は少し驚きながらも笑っていた。

「君も、剣になれるの?」

 短剣を丁寧に革袋にしまいながら、ソハヤの方にも尋ねてみた。

「そうよ。でも、私は最上位の聖剣。それを扱うにふさわしい者かどうかは見極めさせてもらうから」

「……」

 青年は荷物を抱えて再び地面に刺した松明を手にとると部屋から出ていこうとした。

「じゃあ、お元気で」

「ま、待ちなさい!」

「何でしょうか?」

「言ったでしょう。私は最上位の聖剣なのよ。男なら手にしたいと思わないの? そもそも私を探しにきたんじゃないの?」

「いや、魔物を斬れる剣があればそれでいいので」

 青年は、本気で興味がなさそうに言いながら手を振った。

「私は本当にすごいのよ。巨大な魔物も一刀両断だし、戦場でも大活躍なのは間違いないわ」

「……いや、巨大な敵や、戦場では剣なんて使わない」

「え?」

 ソハヤは自らの存在意義を見失ってしまったかのようにしばらく固まっていた。

「戦場では槍や弓しか使わないので」

「いやいや、聖剣って格好良いでしょう?」

 何とか自らの存在意義をアピールしようとするソハヤだったけれど、青年はもう完全に外へと出ていこうとしていた。

「魔物も遠くからばーっとなぎ倒せるんだよ。頼むから連れていっておくれよ」

 涙目になりながらそう言ったソハヤに対して、初めて興味を持ったように青年は足を止めて一歩戻ってきた。

「そうか。その姿のまま着いてこられるのか?」

「え。うん。このままだとここから出られないから、引っ張ってくれれば着いていけるわ」

 ぱあっと嬉しそうな笑顔を浮かべるソハヤだった。


「あ、隊長殿」

「姫様は何処に?」

 青年に手を引かれてソハヤは地上にでた。ソハヤが以前に地上に出た時には見たこともないような大きな建物が目の前にあり、口を開けて驚いていた。

「お部屋にいらっしゃいますよ」

「そうか」

「ダン隊長と言えども、中に入るのでしたら武器はお預かりさせていただきます」

 大きなお屋敷を守っている衛兵のその言葉に、青年は帯剣していた普通の剣を手渡した。

「それで? そちらの美少女はどなたなのですか?」

「僕の……婚約者だ。姫様に紹介しようと」

「ほう。そうなのですか、でも、姫様は嫉妬されないのです……あ、いえいえ何でもありません」

 衛兵は余計なことを言ってしまった気まずさからか、それ以降は何も咎めることもなくさっさと屋敷に通してくれた。

「ふふふ。なるほど……。私のような美少女を連れていって見せびらかしたいのだな。当てつけか何かか?」

 屋敷の中に入ったソハヤは、そう言って笑ったが、すぐ前を歩く青年は何も言わずに無言だった。 

 僅かに振り返った時の視線は怖くて、ソハヤはそれ以降冷や汗を流しながらそれ以降は何も言わずに着いていった。

「ダン。よく戻ってきてくれたわ」

 部屋の扉を開けるまでもなく、向こうから絶世の美女が出迎えてくれた。

 ソハヤには普段着とは思えない上質な普段着に加えてカチューシャまでもが光り輝いている。

 この人が『姫様』で間違いないだろう。

(だが……しかし……何か……)

 服装だけではなく、頭の上から足の先まで全てが完璧な美人だった。残念だが、今の自分でもちょっとだけ負けているとソハヤは思う。

(これは……命を……吸っている美しさじゃないかしら?)

 美しすぎる肌や髪を見ながらそう思う。

「それで、こちらのお嬢さんは……?」

 不意に視線がソハヤの方を向く。

「私の婚約者です」

「まあ、いつの間に。姉も同然の私に黙っているなんて酷い」

 笑顔で友好的に近づいてくるけれど目が普通ではない。ソハヤはやはりこの姫様は普通の人間ではないと確信する。

「何か……匂いますね」

 姫がそう言った次の瞬間に体の中から、黒い手が伸びてきてソハヤの首元をつかもうとする。

「ぐっ」

 だが苦しくうめいた声をあげたのは姫の方だった。

 ダンと呼ばれた青年が胸元に隠していた短剣ショウツで、黒い手を斬ったのだった。

「ソハヤ。来い!」

 後ろに翔んだダンは、ソハヤを招き寄せると体の中に乱暴に手を突っ込んだ。

「ちょ、ちょっと乱暴な」

 ソハヤの抗議に耳を貸すこともなく、ソハヤの体から聖剣を取り出した。

 無数の黒い手が飛び出てこようとしたその瞬間に、ダンは聖剣ソハヤを一振りする。

 眩しい光が横に一閃したかと思えば、黒い手たちは、霧が晴れるように消えていった。

「姫様!」

 倒れ込んだ姫にダンは駆け寄って抱き寄せた。腹にはソハヤが一閃した光で大きな傷ができて、そこから血が溢れていた。

「取り憑いた魔物だけを斬ることはできないか」

「完全にくっついているんだから無理よ!」

 残念そうにいうダンに対して剣になったソハヤが、そんなことを言われても困るというように抗議していた。

「大丈夫よ……ダン。魔物から……助けてくれてありがとうね……」

 必死に止血しようとするダンに対して、弱々しく姫はダンの頬に手を伸ばしながら感謝していた。

「大丈夫です。主さま。私をお使いください」

「え?」

 深刻な別れの場面に、明るい声で呼びかけたのは短剣ショウツだった。

「傷を治せるの?」

「これくらい簡単です! 傷口に私を置いてください」

 ショウツのいう通りに、姫様の腹の上に短剣をかざす。

 光とともに傷口が何事もなかったかのように消えていった。

「あ、ええと」

 今生の別れのつもりで涙を流し、最期の言葉を考えていた姫様はあっさり元気になってしまったことに気がついてしまった。

 顔が触れ合うくらいに近いダンと姫は、死なないのだと分かるとお互いに顔を赤くして照れていた。

「いやあ、すごいな聖剣ショウツ!」

「そ、そうね。もう全然、大丈夫よ。聖剣なのね。すごいわ」

 照れ隠しもあってショウツを褒め称える二人に、ショウツは小さな女の子の姿に戻って満面の笑みを浮かべていた。

「待って! 何か私が無能みたいにいうのやめて!」

 すっかり和やかな雰囲気になってしまった二人と一振りに対して文句を言うソハヤだった。 

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