二天の燕

九戸政景

二天の燕

 よく晴れたある日の午後、一人の青年が家事にいそしんでいる中、居間のテレビには刀を構えた和装の男性が荒れ狂う海を背景に岩場に立ちながら向かい合っている映像が流れており、その様子を色違いの服を着た双子の少年が目を輝かせながら食い入るように見ていた。


「おぉ……! よいな、よいなぁ! 実に燃える展開ではないか!」

「うむ、まったくだ。兄上もそう思わぬか?」

「あー……はいはい、そうですねぇ……と。もう何回も観てるのに、なんで毎回同じような反応なんだよ……」

「愚問だな。良き物はいついくら見ても良い! それくらいは当然であろう?」

しかしかり──む……そろそろ名乗り合うようだぞ」

「おお、そうか!」


 少年達がテレビの画面に再び夢中になり始めると、画面内の左側に立ちながら両手に持った大きさの違う刀を構えた男性が大きな声を上げる。


『やあやあ、佐々木小次郎ささきこじろう! 我こそは宮本武蔵みやもとむさし! 此度の決闘にて二天一流にてんいちりゅうが世間に通用するだけの兵法ひょうほうである事を証明してくれよう!』

「うむうむ、その通りだ。我らが二天一流の素晴らしさを見せつけてやれ、宮本武蔵!」

『我が名は佐々木小次郎。ふっ……たしかに連続性のある攻撃は厄介極まりない。だが、私のこれまでの修練もこの業物わざものも並大抵ではない。その事を今より証明してやろう!』

「その通りだ、佐々木小次郎。手数だけが強さでは無い事を証明してやろうぞ」

『いざ、尋常に……』

『勝負!』


 その声と同時に画面内で激しい殺陣たてのシーンが映り始めると、その白熱とした剣戟けんげきと張り詰めた緊張感に少年達は手に汗握りながら画面に釘付けになった。

 それから十数分後、決闘の決着がつき、画面にエンドロールが流れ始めると、少年達は張り詰めていた緊張の糸が解けた様子で息をつき、お互いの顔を見ながら嬉しそうに笑う。


「今日も良い物を観る事が出来たな!」

「ああ、そうだな。史実を元にした作り物である事はわかっているが、それでもこうして楽しめるのは良い事だ」

「はっはっは、まったくだ! 冷静になれば、首を傾げるようなシーンも幾つかあったが、それもまた一興と思えば問題は無い。こうした物は、考え過ぎずに楽しんでこそだからな!」

「違いない。兄上、貴殿の意見も聞かせてもらえるか?」

「……まあ、その意見には賛成だな。正確な史実なんてその時に生きてた人達にしかわからないし、変に考えずにオリジナル要素も楽しんだ方が良いとは思う。

 それに、が楽しんでいるなら問題ないだろうし。そうだろ? 宮本武蔵と佐々木小次郎?」


 青年が少年達を見ながら言うと、少年達は顔を見合わせてから微笑み、再び青年へと顔を向けてから揃って頷いた。


「歳が大きく離れているとはいえ、お主が儂らの兄であったのは本当に幸運だったな。そうでなければ、儂らは今のようにのびのびと暮らせずにいただろう」

「ああ。母上と父上にも話したが、児戯の一つとして扱われるのみで、私達は悶々もんもんとしていた。

 だが、兄上は私達の話を信じ、こうして一人暮らしをしている住まいへと招いて私達が前世である宮本武蔵と佐々木小次郎として振る舞っていても良い環境を作ってくれている。

 兄上は大した事ではないと思っているかもしれないが、私達からすれば本当に嬉しい事なのだ。兄上、感謝するぞ」

「感謝するぞ、兄上!」

「どういたしまして。まあ、俺も最初は半信半疑だったけど、話を聞きながらネットで調べれば調べる程、合致する点も出て来たし、有名な剣豪達と話せるのは光栄だから俺も得はしてるよ。

 けど……二人とも前世からそんな性格だったのか? 佐々木小次郎の方は違和感ないと思うけど、宮本武蔵の方はもう少し落ち着いているイメージだったんだけど……」

「前世ではたしかにもう少し落ち着いてたな。だから、前世の記憶を思い出すまでの性格に引っ張られているのかもしれん。まあ、儂はあまり気にしておらぬがな!」


『宮本武蔵』がなんて事無い様子で笑い始めると、青年はため息をつく。


「もう少し気にしても良いとは思うけど……まあ、とりあえず良いか。でも、やっぱり不思議な物だよな。さっきまで観てた映画みたいに決闘をしたはずの二人が現代ではこうして双子の兄弟として生まれ変わるなんてさ」

「たしかにそうだな。だが、儂らはそれを良い事であると考えているぞ、兄上」

「ああ。あの時はお互いの事を深くは知らなかったが、こうして双子の兄弟として現代に生まれ変わった事で、私達はお互いの事を知る機会を与えられ、今度は切磋琢磨しながら剣の道に励む事が出来る。これは兄上が考えているよりも素晴らしい事なのだ」

「その通りだ。あの戦ばかりの時代で他者を殺めるために使っていた剣術を今度は自分を高めたり他者を守るために使う事が出来る。

 それも決闘という形で命の取り合いをしたもののお互いの剣の技術を認め合った者と共に高め合っていける。これは望んでも中々叶わぬ事なのだ、兄上」

「たしかにな。実際、二人は通ってる道場では他の門下生よりも強く、そろそろ師範を超えるんじゃないかって言われる程になってるようだし、元々の技術や腕はあるだろうけど、お互いの存在が良い刺激にはなってそうだな」

「うむ。ただ……そんな儂らでも兄上には勝てん。たしかに現在は体格差や年齢差もあるため、儂らが不利ではあるが、それだけではなく何か越えられない壁のような物があるようにも感じる」

「そうだな……兄上、兄上も気付いていないだけで名だたる剣豪の生まれ変わりという可能性は無いか?」


『佐々木小次郎』からの問い掛けに青年は一瞬間を置いてから首を横に振る。


「……無いだろうな。生まれてこの方、それらしい記憶も無いし、ただ単に体格差や現代の剣道の経験の差みたいな物があるからだろ」

「そうか……まあ、それならばそれでも良い。いつか兄上を超え、この現代に二天一流兵法を再興させるために日々精進するのみだからな。

 先程の映像作品では既にだいぶ形にしていた設定で描かれていたようだが、実際は晩年になって霊巌洞れいがんどうにてようやく完成させ、五輪書ごりんのしょとして形にしたものだからな。今度こそ二天一流を世間に広め、最強の剣術であると知らしめねばならん」

「私も兄上を超えた上で我が秘剣である燕返しをこの現代に広く知らしめるという目標があるからな。これからも日々精進せねばならん。まあ、その目標を叶えた際には宮本武蔵と共に道場を建て、お互いの教えを合わせながら新たな一門とする予定だがな」

「うむ。二天一流と燕返し、この二つが合わさる事で儂らも更に強くなれる。二天一流もただの二刀流ではなく、真・二刀流として現代に生まれ変わり、燕返しもただの秘剣ではなく、あらゆる者達を魅了する我らの流派の奥義として生まれ変わるのだ」

「ああ。そのためにもこれからも共に高め合っていこう、宮本武蔵」

「ああ、共に剣の道を極めていこうではないか、佐々木小次郎」


『宮本武蔵』と『佐々木小次郎』は笑い合いながら固く握手を交わし、その様子を微笑ましそうに見ていた。


「……まあ、悪い事じゃないし、俺も兄貴として見守っているとするか。二人とも、気持ちを新たにするのも良いけど、とりあえず見終わったんなら片付けておけよ。剣の道も大事だけど、日々の生活態度も大事だからな」

「うむ、その通りだな。よし、まずは片付けを行い、その後は勉学に励むとしよう。そしてその後は、新流派についての話し合いだ」

「ああ、そうしよう」


 二人が頷き合ってから片付けを始めると、青年はその様子を見ながら微笑んだ後、自分も再び家事に取り掛かり始めながらポツリと呟いた。


「……頑張るのだぞ、雄々しき剣士達よ。いつか私の新陰流しんかげりゅうを現代の剣道に落とし込んだ私だけの剣術を超え、その目標を叶える姿を見せてくれ」

「……む、何か言ったか、兄上?」

「何か指示でもあるか、兄上?」

「……なんでもない。ほら、それぞれのやるべき事を早くやるぞ」

「うむ!」

「承知した」


 返事をしてから二人が再び片付けを始めた後、青年は二人の様子を微笑ましそうに見てから、自身も再び家事に取り掛かり始めた。

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二天の燕 九戸政景 @2012712

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