ニトニトニート
埴輪
ニトニトニート
「あらよっと!」
突き出された二本の木刀を、こちらも二本の木刀で絡め取り、ぐりっと弾き飛ばす。小さな手を離れ、くるくると宙を舞った二本の木刀は、河原の巨石の傍らに、砂利を散らして、とすっ、とすっと突き刺さった。
私は右手の木刀を肩に載せ、左手の木刀を尻餅を突いたラビに向けた。その切っ先の先では、小さな鼻がひくひく。長い両耳は、ぺたんと寝ている。「休憩しよっか」と、私が二本の木刀を足下に突き立てても、ラビは立ち上がることもなく、顔だけ振り返って、せせらぎの中でオブジェと化している、自らの木刀を眺めやるのだった。
「やっぱ、無理があるんじゃないか?」
ラビは
それもあって、二本の剣での戦い方……二刀流を学びたいという申し出に、こうして応じているのだけれど、やはり筋力的にも、四肢の構造的にも、慣れ親しんだ剣技を捨ててまで、二刀流に転向しようというのは、随分と無理があるように思えた。
「何か事情が――」
ラビの両耳がピンと跳ね上がった。かと思うと、ラビは一目散に駆け出した。その早いこと、早いこと……「脱兎の如く」とは、まさにこのことか。
「ラービーさーまー!」
間延びした声。振り返ると、ラビそっくりな兎人が二匹……もとい、二人、怒濤のように迫ってくる姿が見えた。耳に揃いの花飾りを付けているあたりは、いかにも姉妹、いかにも乙女だが、それぞれ胸元に抱えている、物騒な代物はどうしたことか。
「どうしたバニヘア姉妹? 血相変えて」
「はぅっ! これは、ジェシカ殿! ラビ様を、見かけませんでしたでしょうか?」
息切れしながらも、はきはきと喋るのは、姉のバニ。その後ろに控えているのが、妹のヘア。双子ということだが、正直、兎人は誰もが同じに見えてしまうので、花飾りの色で区別がつくのはありがたかった。赤いのはバニ。青いのはヘア。
「ラビの奴が、どうかしたのか?」
「どうもこうもありませんわ! ラビ様には一刻も早く、ラビリス族の戦士として、私が手ずから鍛えあげた剣、首切り門左衛門を受け取って頂かなければ!」
「いえお姉様! ラビ様は、私のキャロットソードこそ、受け取るべきなのです!」
ヘアが声を上げると、ラビはくるりと振り返り、姉妹は真っ向から向き合った。
「何を言うのです! 剣は切れ味こそ全て! 正義なのですよ! それに引き換え、あなたの人参剣はどうです? そんななまくらで、首が切れるというのですか!」
「キャロットソードですわ、お姉様! もう首切りなんて古い! これからは殴打、撲殺の時代ですわよ? 相手が動かなくなるまで、叩きのめす……これぞ正義!」
「いいえ、首切りよ!」
「いいえ、撲殺です!」
「首切り!」
「撲殺!」
「落ち着けって」
『はぅぅっ!』
ぴんと伸びた耳を片方ずつ掴むと、姉妹は大人しくなった。途端、二人の手元からそれぞれ何たら門左衛門と、人参型の鈍器が滑り落ちる。私が耳を解放すると、二人は慌ててそれらを拾い上げ、揃って大きな溜息をつくのだった。はふぅ。
「……話を聞こうか」
私が水を向けると、姉妹は目配せを交わし、姉のバニが口を開いた。
「私達、ラビリス族の巫女は、ラビリス族の戦士に己が鍛えた武器を渡すというのが、古くからの習わしなのです。ですが、巫女が二人というのは、ラビリス族の長い歴史からみても、いれぎゅらーなことでして……私とヘア、どちらの武器を受け取るかを、ラビ様に決めて頂かねばならないのです」
「なるほど。でも、そこまで必死にならなくても――」
「とんでもない! これには私達の未来がかかっているのですから!」
「私達の、未来?」
「はぅっ! そ、それは、その、別に、特別な意味ではなくてですね、その……」
バニは両手で耳を引っ張り、顔を隠そうとするものだから、再び門左衛門は砂利の上へと落ちる。続いてヘアまで同じように顔を隠そうとし、鈍器もあえなく砂利の上へ……この反応からすると、受け取ってもらうのは、武器だけではなさそうだ。そうなると、ラビが二刀流を学ぼうとした理由も、自ずと見えてくる。恐らく、両方を受け取ろうというのだ。それこそが、最良の方法だと考えたに違いない。
二兎を追う者は一兎をも得ず。いや、この場合は、一兎が二兎に追われているわけだけれど、優柔不断というか、意気地なしというか、ともかく、先延ばしにしたところでどうしようもないことを、私はよく知っていた。だから――
私は腰に下げていた二本の短剣を両手で抜き取り、魔力を込めると、河原に鎮座していた巨石に向かって投げつけた。二本の短剣は寸分の狂いもなく巨石に突き刺さり、粉々に粉砕。すると、その陰に潜んでいたラビの姿が露わになった。……逃げたふりがラビの
「ラビ様! もう逃がしませんわよ! 観念なさいませ!」
バニとヘアは、それぞれ足下の武器を拾い上げると、今度こそふりではなく逃げ出したラビを追って駆け出すのだった。私は「やれやれ」と歩みを進め、落ちていた二本の短剣を拾い上げ、その対照的な姿をまじまじと見比べた。
一口に短剣といっても、片や質実剛健、いかにも刃物らしい一振りと、片や絢爛豪華、美術品のような一振りと対照的で、そこに刻まれた言語すら異なっていたが、それが意味することはどちらも同じだった。――ジェシカへ。愛を込めて。
「私も二兎を追ってみるか」
……なんてね。私は短剣を納めると、川の水を両手で掬い、顔に浴びせた。
ニトニトニート 埴輪 @haniwa
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