「侍」

低迷アクション

第1話

「だぁから、ヤバいってよ。ヤバいんだよ!俺ぁ、仕方ねぇから、とっととフケる事に

決めたぜ」


欠勤が続く同期の同僚“山根(やまね)”の部屋を訪ねた“友人”は異様な感じで、部屋の中を歩き回り、荷造りなのか、探し物を探しているのか、どちらとも言えない当人を

見つける。


「こりゃ、夜逃げか?一体、何だ?前触れなく3日も無断欠勤、例の流行り病かと、社長心配して、俺、寄越したんだぞ?」


友人の声が聞こえないと言った感じで、慌ただしく動く山根が、急に息を吞んだように、動きを止め、血走った目でこちらを見ると、口を開く。


「聞こえたか?」


「何が?」


「外の廊下、誰かいないか?」


「…いないよ。通りを歩く人の音だろ?」


「いや、あれは靴じゃない。地面を擦る音…雪駄、草履みたいなモンだ」


喋る山根が不意に友人の足元に目線を固定し、飛びかかるように足下に組み付く。

思わず仰け反る自身を余所に、床から拾い上げた、古ぼけた紙を押し抱くようにした後、

安堵のため息をつく。


「そりゃ、何だ?」


「時間稼ぎだ。俺が逃げる為のな」


「どーゆう事だよ?」


「ウチは代々、先祖の業を背負ってんだ。じじいは俺が生まれる前…親父は俺が高校の時、とにかく駄目だ。皆、斬られて死んだ。それが嫌で、俺はここまで逃げてきた。しばらくの平穏…仕事も楽しかったよ。


だけど、3日前、スーパーの路地に立ってた。着物に編み笠、刀を片手に持った侍がだ。

この世のモンじゃねぇ。ばーちゃんからもらった札があるから、中には入ってこれない。


ドアは少し斬られたがな…


でも、これも今のウチだけ…だから、逃げる。俺は、俺は…死にたくねぇ」


正直、付き合いきれなかった。半狂乱の山根に会社からの伝達事項を伝え、部屋を後にする。

確かに、ドアは細い線傷、細かい切り傷の入ったお札は、真に迫るモノがあるが、

どうにも信じがたい。


今、震えるコイツに必要なのは、お守りではなく、医者だ。


廊下の階段を下り、路地に出た所、ふと、先程の山根が言った言葉と同じ音を聞いた気がした、その方向に顔を向ける。


路地の電柱に寄り添うように、人が立っていた。暗くて顔や恰好は曖昧だが、その両の手には電灯を受けて、光る刀が2対、握られている。


「何だよ?」


思わず、後ずさった彼が、次に同じ場所を見た時に、件の人物の姿は消えていた。


逃げるように自宅へ戻った友人だが、翌日には、山根の身が気になり、彼の部屋へ向かった。


鍵の空いた部屋に山根の姿は無く、ただ、床に、彼の頼りであったお札が転がっている。


それは真っ二つに切り裂かれていた…(終)

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