驕れる者は……
ちかえ
驕れる男
「二刀流? だったら俺が優勝だな」
「よっ! 優勝候補!」
「候補じゃない。優勝者だ!」
偉そうに宣言する青年を周りの人達が楽しそうに見つめている。
ありゃ口だけだな、と馬鹿にする男達もいれば、微笑ましそうに見守っている女性もいる。
「気をつけろよ。四年前の優勝候補が二回戦で敗退したからな」
ヤジを飛ばして来る者もいる。
そんな言葉にも青年は怯まない。ただ、『四年前の優勝候補』が王族かもしれないので悪口は控えておいた。でも、優勝候補と言われながらすぐに負けてしまうのは情けないな、と心の中だけで思っておいた。
剣の試合の前なのにみんながこんな調子なのはこれがただの『お遊び』だからだ。
二年に一度開催される魔術師協会の集まりである『世界魔術師会議』。『会議』と名はついているが、社交が主になっている。社交をしながら魔術について楽しく語り合う場なのだ。
そこで一番盛り上がるのが、初参加者による『模擬試合』なのだ。怪我をしないように配慮されているので、安心して見ていられるものだ。それは初参加者の実力を知るための大事な場でもある。
試合内容は毎回変わる。そして当日までは何をするのかは知らされない。
そして先ほど発表された試合内容が『魔剣と普通の剣による二刀流試合』だったのだ。
青年は剣が得意だ。故郷では魔剣はあまり使わずに、普通の剣の二刀流で戦った事も何度かある。魔力だけを頼りにしているひ弱な魔術師達に負ける気はなかった。魔術の腕も剣の腕も両方優れている自分は強い存在なのだと彼は疑ってもいなかった。
「本当に大丈夫なんですか? これで優勝しなかったらかなりの赤っ恥ですよ」
「大丈夫ですよ。優勝して見せます!」
彼の剣から魔術で殺傷能力を奪いながらーー試合前にそうしてもらう決まりなのだーー心配そうな口調で言って来る老魔導師に勢い込んでそう宣言する。
視界の隅で彼の師がそっとため息を吐いている。それを青年は見ないふりをした。
宣言通り、青年は強かった。
ルールでは相手のどちらかの剣を落とせば勝ちだ。剣に影響がない程度なら軽い魔術を使ってもいいと言われていたが、彼はそれを使う気はないようだった。
二刀流は難しい。どちらかの剣につい集中してしまうのだ。それを彼は上手く利用して勝ち上がって行った。
試合が進んで行くと観客の彼を見る目も変わって行く。『こりゃ本当に優勝するかもな』という声も聞こえる。その言葉を青年は機嫌良さそうに聞いていた。
『だから言っただろう』とは言わなかったが、彼の表情は間違いなくその言葉を発していた。
ただ、彼が負かした対戦相手には小声で一言イヤミを言っているようだ。他の人には何を言っているかは聞こえなかったが、相手の表情を見れば青年が彼らを馬鹿にしている事はよく分かったのだ。
そうしてあっという間に青年は決勝まで勝ち上がった。
彼の決勝の相手は少女だった。それも少し押しただけで倒れてしまいそうな弱々しそうな容姿をしている。
見学しているほとんどの魔術師達は彼女に同情の視線を注いだ。どう考えても勝敗は分かりきっている。『御愁傷様』という言葉まで聞こえて来た。
審判が開始の合図を告げる。
可哀想な少女に最初の攻撃を譲ってあげるつもりなのか青年は動かない。じっと勝ち誇った顔で少女を見ている。
不意に少女がにこっと微笑んだ。それと同時に青年の顔が引きつる。
何が起こったのかが分かった実力のある魔術師達が息を飲んだ。
「あの、先生、何が起きたんですか?」
「相手の体の魔力を封じたんだよ」
事情が分からない若者に説明する師の言葉で状況を理解した人達がざわめく。
「こ、こんな事して! お前、ルール違反だろこれ!」
「魔剣の魔力は封じていないのでルール違反じゃありません」
あくまで笑顔のまま少女が青年を追いつめる。青年の顔が真っ赤になっていった。
「この……」
怒りの顔のまま右手に持った魔剣を少女に振りかぶる。
少女が軽く動いた。
次の瞬間、からんと鈍い音が響く。
青年が空っぽの左手を見ながら呆然としている。
あまりの事にギャラリーも何も言えずにいた。
「がら空きでしたよ、左手。もうちょっと手応えあるとよかったんですけどね」
少女が青年の耳に大きな声でささやく。
「何だと!?」
「あなたが他の人に言った事をそのまま言っただけですが、何か?」
そう言って少女はさっさと踵を返す。
表彰があるからと少女を止める審査員の声も、今の青年には全く耳に入らなかった。
驕れる者は…… ちかえ @ChikaeK
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