仇討ち手段は正面切って

熊坂藤茉

結論:やられたらどんな手段だろうとやり返せ

 私の朝は、獣人的にはちょっぴり遅い。朝日と共に目を覚まし、一時間程体操をして、そこから近所を三周したところでやっと私の朝は始まるのだ。具体的には朝御飯の時間的な意味で。ここ何年かのルーチンを今日も繰り返してから、私は勢いよく玄関扉をばばんと開いた。


「おはよう父さん! いつになったら私にも剣を教えてくれるんですか!」

 毎朝の挨拶は元気よく。拾われた時の教えは忠実に。既にテーブルについている父さんの元へとてとてと近付いて、にぱ、と笑顔を向けてみる。

 リズルァリィ双剣術。猫の獣人である私を拾ってくれた人――今の父さんだ――が収めている、この国の中でもかなりマイナーな武術だ。重い双剣を振るい、斬るのではなく断つ事に重きを置き、敵対した相手の再起を徹底的に阻害する。そこに一片の容赦もない。あるのは「戦う前に諦めさせる」という強い意志だ。

「ははははは、おはようおチビさん。元気はあるけどまだまだ早い。せめてこの双剣をきちんと持てるようになってからだな」

 ぽむぽむと私の頭に手をやる父さんの笑顔は、優しいけどちょっぴり厳しい。私だって頑張って鍛えてるんだぞ!

「むー! すぐ大きくなって父さんよりも凄い剣士になるんだから!」

「そこまでだよ二人共。そろそろ食事の用意が出来るから、食器を出してくれるかな?」

「「はーい」」

 父さんの長年の同居人――私はお兄さんと呼んでいる――の料理は格別だ。父さんもこれが食べたくて一緒に住んでいるというから相当だろう。作ってる本人も料理はそんなに苦じゃないらしいし、「胃袋掴んでるって事はね、こっちが生殺与奪を握ってるって事なんだよ」ととても楽しそうに話していたので、きっとWinWinという奴なんだと思う。

 獣人の私にも優しくしてくれる二人との三人暮らし。それが――あっさりと崩れたのは、ある雨の日だった。


「父さん……父さん……!」

 近々大きな武術大会があるらしく、それに出る選手を闇討ちするような輩がいるのは聞いていた。聞いてはいたけど、まさか父さんが巻き込まれるなんて思っていなかった。だって、父さんはそれに出るつもりなんてなかったのに。

 雨に濡れて石畳に倒れ伏した血塗れの父さん。泣きじゃくる私を余所に、お兄さんが少し強引に父さんを引っ張り上げた。

「……単純に傷付けて楽しんでるだけなんだろうね。剣、片方持ってくれるかな。流石に彼を運ぶのに両方はつらいからさ」

「う、うん……」

 生きているか死んでいるかすら判然としない父さん。混乱する中で、私は目の前に転がる剣を一振り手にして、ひ、と声を上げる。

 重い――重いなんてモノじゃない。こんなのを片手で、しかも二振りも振り回すなんて、正気の沙汰とは思えない。どうにか鞘に収めて両手で引きずり始めると、あちらは父さんと剣一振りを何とか運んでいるところだった。……お兄さん、結構力あったんだ。


「予断は許さない状況。身内であろうと原則面会禁止、だって」

「そっか……」

「取り敢えず犯人の調査は進めてくれるらしいから、僕らは大人しく待って」

「嫌だよ! こんな酷いコトされて、何もしないなんて出来ない!」

 反射的に声を荒げた私を、お兄さんは冷ややかな目で見つめている。

「それじゃあどうする? 犯人捜しでもするつもり?」

「それは……っ!」

「無策で動くのは二の舞になる。それくらいは、分かるよね」

 そう私に言い聞かせるお兄さんは、ぎゅっと自分の腕を血が出そうなくらい握り締めている。そうだ、お兄さんだってつらいんだ。

「……どうしたらいいと、思いますか」

「やれる範囲で鍛える。捜査情報をきちんと待つ。仇討ちにも作法があるからね、手札をまず揃えないと」

「手札……」

 ちらりと視線を向けた先には、父さんの双剣。

「やっぱり、それ使いたい?」

「……使えるかな、私に」

 一振りを両手で持つのが精一杯だった私に、仇討ちなんて出来るだろうか。

「使えばいいんだよ。君はある意味で、リズルァリィ双剣術の申し子みたいなものなんだから」

「へ?」

 突然の褒め言葉に、間の抜けた声を上げてしまう。私が、双剣術の申し子……?

「それじゃあ、誰かさんが倒れてる間に僕が先生をしてあげよう。大丈夫、回復魔術は得意分野だから」

 待ってそれはそういう手段が必要な教え方って事なのでは……!?




 それから三ヶ月。父さん以外にも沢山の人が襲われた結果、武術大会は今日この日まで延期になっていた。私は父さんの名代として、リズルァリィ双剣術の使い手として、ここに立っている。

 眼前には父さんの仇――決定的な証拠が足りずに、調査が終わらず監視の域で留まってしまっている相手だ。



「三ヶ月前の報い、しっかり受けてもらうわよ!」

「ああ、あの双剣使いが育ててるって獣人かお前! お父ちゃんの剣一振りで何が出来るってんだ!」

「少なくとも、仇討ちが出来るわよ」

 ふ、と笑みを向けてやれば、相手の癪に障ったらしい。試合開始の合図と共に――



* * * * * * * * * *



「しかしお前、よくもまあ申し子だなんてハッタリかましたよなあ」

「嘘は一言も言ってないじゃないですか。リズルァリィ双剣術は、二振りの剣を使っていれば、どんな戦い方だろうと問題ない。元を辿れば実戦重視のトンデモ曲芸流派なんですから」

「勝てばよかろうじゃないんだよ……」

 目の前では渦中の試合が大詰めだ。対戦相手の男は酷く混乱しているようで、ご愁傷様と言いたくなる。


「両手剣と尻尾剣の二刀流なんて、双剣術でもそう見ないだろ?」

 そう、あの子は俺の剣を手で振り回しながら、尻尾の方も上手く使ってもう一振り握り締めていた。最初は尻尾ごとズボンに隠してあったから気付かなかったが、勢いよく服を切り裂いて飛び出たそれに、会場一同絶句した。

「そもそも彼女の尻尾が長くしなやかだから出来る技ですね。芸術点も高くてよいかと」

「論点もそこじゃないんだよ……」

 にこにこと笑う同居人の視線は、一瞬たりとも仇の男から逸らされていない。うん、完全に終わったろうなアレ。喧嘩を売る相手を間違えたんだ。

「おや、尻尾剣が弾かれましたね。大きく飛んで……」

「両手剣でそれを……は!? 跳ねた方の剣に向かってフルスイング!?」

 キィンと甲高い金属音と共に、尻尾で振るっていた剣の柄が相手の鳩尾にクリーンヒット。勢いのまま場外へと吹き飛んでいく。

「あはははは! 見て下さいよやっぱり申し子で合ってたじゃありませんか!」

「いやアレ俺の剣なんだけど!? 待って折れたりしてないよね!?」

 勝てばよかろうの神髄のような、完全想定外のノックアウト勝利。




「取ったぞ、父さんの仇……! これで、父さんも浮かばれ」

「俺死んでないからなー!」

「……父さん!? え、なんでそんなに元気なの!?」

 狼狽える愛娘。うんうんそうだろうな。尻尾にまで動揺が現れてるのはちょっと可愛いぞ我が娘。

「こいつが毎夜激ヤバ手段で回復魔術ぶっぱしてなんとかなった。リハビリ終わるまで外出るなって言われてたんだよ」

「ほら、面白がってまた狙われるのも嫌でしたし?」

「うえ……うえぇええええええええええん」


 わんわんと泣き出すうちの可愛い子猫ちゃんをどうにか宥めつつ、これだけ頑張ったなら御褒美にちゃんと剣を教えてもいいかもなあ、なんてぼんやり考える俺であった。



「そういえば父さん、激ヤバ手段ってどんな魔術だったの」

「あー……子供には早いかなあ」

「ふふ。こっちとしても、緊急じゃない時だったらもっと楽しかったんですけどね」

「…………?」

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