双葉凛子の帰り道
タルタルソース
双葉凛子の帰り道
「2組の双葉さんって、二刀流らしいぜ」
「……ごめん、どういうこと?」
一登と、同じ中学出身の
双葉さん――1年2組の
慎は「でもな」と続ける。
「普段は大人しくて優しいんだけど、学校から帰るタイミングになると、急に二刀流になるらしいんだ」
慎はそう言って、困っちゃうよなぁ、とため息をつく。
「うん、全然わかんねぇ」
一登は、眉をひそめた。
***
まあとりあえず実物を観に行こう、と1人勝手に盛り上がっている慎と、半ば強引に誘われた一登は、帰りのホームルームが終わると同時に、校門へと向かった。
「ここで双葉さんが来るのを待つ」
慎は校門近くの茂みの裏にしゃがみ込んだ。
「俺陸上部の練習あんだけど」
一登もつられて横にしゃがみ込むが、納得は行っていない様子だった。
「どうせまだ仮入部だろ?二刀流見ようぜ今日は」
「そもそも双葉さんだって放課後は部活行ってんじゃねえの?二刀流っていうくらいなら、剣道部とか」
「いやゴリゴリの帰宅部らしい」
「……ますますわけわかんねぇな」
二刀流の女子高生といっても、例えばソフトボール部で打者と投手どっちでも活躍できるとか、SとMどっちのプレイもいけるとか、そういうことではなく、文字通り二刀流だと、見ればはっきり分かるらしい、と慎はどこからか仕入れてきた「双葉さん情報」を喜々として一登に話した。
「あ、あれじゃね!?」
茂みに隠れて5分。校舎からスタスタと歩いてくる1人の女子を、慎が指さした。
一登は双葉凛子を見たことはなかったが、噂の通り、一目でそうだと理解した。ふわりと丸みを帯びたボブスタイルの黒髪、色白の肌、長いまつ毛と凛々しい目。確かに、可愛い。
そして、腰には確かに、1mほどの日本刀が2本、鞘に納められてぶら下がっていた。
「ほんとに刀二本持ってんじゃん……そんで可愛いじゃん……」
慎がまるで伝説の生き物にでもあったように、息をのむ。
双葉凛子は、校門をまたいで通学路に出るタイミングで、2本の鞘から、両手でそれぞれ刀を抜いた。刃が太陽に照らされ、銀色にきらめく。そして再び、涼しい顔で歩き始めた。
「真剣に見えるけど、気のせいだよな?……ていうか抜く意味あんのか?」
さっきまで凛子の可愛さに見とれていた慎が、首をかしげる。
「ちょっとつけてみようぜ」と慎が言い出したので、一登も一緒になって、凛子の後を少し離れて歩いた。
結論から言うと、刀を抜く意味は、あった。
凛子の帰り道は、おそらく日本で一番殺伐としたものだった。
「はぁーっはっはっは!!!来たな!!」
「今日こそはぶっ倒してやる!!」
道を1人で歩いている凛子のもとに、どこからともなくやってくる和服姿のいかつい男たちが、剣を片手に、次から次へと襲い掛かっていく。
その時点で、現代の日本においてぶっ飛んだ異様な光景なのだが、当の凛子は、つゆほど焦ることなく、左右両腕に持った刀で、あらゆる角度から降りかかってくる一太刀を受けていた。……かと思えば、受けた刀をはねのけ、逆に自らの腕を振り上げ、襲い掛かってきた輩に痛烈な一撃を浴びせる。
「はぅ!!」
「ぎゃっ!!」
歩いては誰かから急に襲われ、また歩いては誰かから勝負を挑まれる。
1人、また1人と、道端に倒れていく。実に38人。全員峰打ちで仕留められていた。凛子が歩いた道を示すように、返り討ちにあった男の、のされた姿が並んでいる。ふぅ、と息をついた凛子は、両手に刀を握ったまま歩道を進む。
道行く人々は、突如現れた“二刀流女子高生”の剣術を唖然とした顔で見る者が多かったが、驚くことに「お~今日もやってるわねぇ!」と慣れた顔で声をかける主婦やサラリーマンもいた。
「今日もやってるって何……?この“刀男100本ノック”毎日やってるってことか……?」
一登は、自分の常識キャパをはるかに超えた一連の出来事に、興奮を通り越してただただ茫然としている。
「あれ」
慎が、前を歩く凛子のスカートから、ぽろっと何かが落ちたことに気づいた。遠めからだとわかりにくいが、ハンカチのようだった。
「ちょっと届けてくるわ」
そう言って慎は、すっと、前を歩く双葉に近づく。
「あ、おいちょっと……」
一登は、少し不安そうにその場にとどまる。
「あの、これ落としませんでした?」
慎が後ろから話しかけると、双葉はビクッとして振り向き、反射的に右手の刀の切っ先を慎に向けた。
「いやちょっと待って!!!落とし物!!落とし物です!!」
ズザザと後ずさりしながら、必死に訴える。
「あっ……あたしのハンカチ……ごめんなさい!」
はっと我に返った凛子は、慌てて刀を持つ手を下げる。そして、
「あの、申し訳ないんですけど、そのハンカチ、このポケットに入れてもらえますか?あたし下校中は一秒たりとも両手の刀を離せなくて……」
と申し訳なさそうに言った。さっきまで男を次々と斬り倒していた人とは思えない、優しく、丁寧な口調だった。
「えっと、じゃあ失礼して」
慎は言われるがまま、けれどおそるおそる凛子のハンカチをポケットにしまってあげる。
「お強いんですね」
世間話風に凛子にそう話しかけてみると、
「見られてたんですね……さっきの」
と恥ずかしそうな顔をした。
そりゃ見るだろあんなの、と慎は心の中で思いつつ、聞いた。
「あの襲ってきてた男たちはなんなんですか?」
***
「で、何がどうなって俺たちは今、双葉さんとしっぽりお茶してんだ?」
道沿いのド〇―ルの奥のテーブル席。一登は、不思議そうな顔をして、コーヒーをすする。
その左隣には慎、その向かいには、両手に刀を持ったまま、凛子が座っている。
「いや、色々話聞けたらと思って……ていうかほんとに刀離さないんですね」
「そうなんです、いつ誰に襲われるか分からないので……だからコーヒーも飲めません、すみません」
「それは大変ですね」
「慎、順応すんのはやくねぇか……?」
たじろぐ一登をよそに慎は色々と凛子に質問を重ねた。
双葉凛子の両親は、どちらも鎌倉時代から続く剣術の名門一族の家系だった。
父・連之助の家は鷲のように猛々しい剣術を得意とする「剛鷲流」。
母・小夜の家は、蛇のようにしたたかで、隙を逃さない剣術を美学とする「柔蛇流」。
それぞれの流派で若い頃から才能を発揮していた2人は、互いの強さを認め合い、結婚。
生まれたのが凛子だった。
「あたし、パパとママの才能を受け継いでる天才だって言われて育って、ちょうど先月、パパの剛鷲流と、ママの柔蛇流、どっちも免許皆伝しちゃったんです」
「よくわかんないけど……双葉さんがめちゃくちゃ強い人だってことは伝わった」
慎がそう言うと、凛子は
「でもそれが問題なんです」
とため息をついた。
「どっちの流派でも、免許皆伝すると、流派に代々伝わる伝説の名刀を受け継ぐことになってるんですけど」
「あ、それがもしかして」
一登が、はっとした顔で、凛子の両手に握られた二本の刀を交互に指さす。
「そうです、右が剛鷲流の“イーグル・ブレイド”、左が柔蛇流の“スネイク・セイバー”です」
「なんで急にがっつり洋風のネーミングなんすか」
「あ、名前は持ち主が勝手に変えていいらしいので、私がつけました」
「センスのそれが小5男子だ」
一登に遠まわしに刀名を揶揄されたことに少しムッとしつつ、凛子は話を続ける。
「でも、いくら優秀な父と母の娘だからって、15の女にあの刀たちはもったいないっていう流派内の人間は結構いまして。この俺こそが“イーグル・ブレイド”にふさわしい、“スネイク・セイバー”にふさわしい、って証明しようと、日々ああして私と戦いにいらっしゃってるわけなんです」
「ちゃんと道場とかで、相手してあげればいいんじゃないですか?」
と慎が聞くと、凛子はぶんぶんと首を横に振る。
「いちいち1人1人と試合してたらそれだけで日が暮れちゃいますよ!ちゃんと家に帰って勉強がしたいのに」
「めちゃくちゃ模範的な高校生ですね」
と慎が深く頷く。
「刀二本持ち歩いてることを除けばな」
と一登が付け足す。
「でも、そう言ったら、“じゃあいつ勝負してくれんだ”って反発するわけですよ。全国の
血気盛んな門下の男たちが。だから、学校が終わってから、家に帰るまでの間だけ、自由に私に勝負を挑んでよいことにします……って決めたんです」
お分かりいただけましたか?と凛子は、一登と慎を交互に見た。
「だから帰り道は、両手に刀をずっと持ってないといけないんですね」
慎は納得するような、哀れむような、まだ信じられないような、複雑な表情をしていた。
「はい、なので学校でも変な人扱いされちゃうんですけど……でもよかった、こうして同じ高校の人と色々話せたの初めてで、楽しかったです」
凛子はそう言って、ふふ、とほほ笑んだ。もちろん、両手に刀を握ったまま。
***
3人はド〇—ルを後にした。
凛子は、ハンカチありがとうございました、とお礼を言って、帰っていった。
「最強の女子高生だったな……そんで可愛かったな」
帰り道、一登がそうつぶやく。
慎は少し、心配そうな顔をしていた。
「でもよ、もし、双葉さんに彼氏になれたとしても、あれじゃ、困るよな」
「まあ、何人もの男たちが襲ってくるからな……」
いや、そうじゃなくて、と慎が否定する。
「手つなげないじゃん、双葉さん、二刀流だから」
じゃあ、お前が双葉さんと勝負して、刀一本奪えばいいんじゃないか?と言いかけて、やめた。どう考えても、あの“二刀流女子高生”に、どうしたって勝てる想像ができそうになかった。
双葉凛子の帰り道 タルタルソース @recoup
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