トランス・ゼロ外伝 1 昔の話
久木戸 ロラン
昔の話
甲高い金属音と共に、少年は尻餅をついた。
「痛って……」
少年の剣を弾いて転ばせた
「そろそろ降参か?」
「いいえ!」
少年は跳ね起き、金眼を
男は愉快そうに笑み、長剣を片手で構えた。加齢から元からの色なのか、
呼吸を三つ数えたくらいで、男が誘うように切っ先を揺らす。
「どうした、怖気づいたか。どこからでもかかってこい」
「―――…行きます」
心外だとでもいうように微かに眉を寄せて呟いた少年は、鋭い呼気と共に地を蹴った。
距離を詰め、身長差を利用した下段からの斬撃を、男は手首を返しただけで弾いた。よろめいた少年はなんとか踏み留まり、同時に突きを繰り出すが、剣の腹で受け止められる。少年はすぐさま剣を引き、正面から二合。重心の移動で退くと見せかけて、踏み込んで真横に
僅かでも不意を突けたのであれば好機と見て、少年は身体を沈め、伸びあがるようにして斬り上げる。
半歩引いた男は両手に持ち替えてそれを受け流した。少年は飛び退って間合いを取り、詰めていた息を吐きだす。
肩で息をする少年を見た男は、嬉し気に笑んだ。
「俺に両手を使わせるとは腕を上げたな、ディゼルト」
ディゼルトと呼ばれた少年は、ぱっと顔を輝かせる。しかし、すぐにかぶりを振った。
「いいえ、まだまだです。セギン様のようになるには、もっと……」
「そりゃ、俺はおまえの四倍近く生きてるんだぞ。今抜かれたら立つ瀬がない」
「申し訳ありません、口が過ぎました」
慌てて頭を下げると、セギンは苦笑めいた表情になって剣を下ろす。
「別に謝ることじゃない。十年後には抜かれてるだろうしな」
「……十年で足りるでしょうか」
「それはディゼルト次第だな。―――構えろ。特別に、少しだけ本気を見せてやる」
言いながらセギンが剣を鞘に納めた。ディゼルトは頷き、剣を正眼に構える。
「絶対に動くなよ」
柄に手をかけて半身を引き、腰を落としたセギンは刹那、静止する。
「
「……っ」
思わずへたり込むと、歩み寄ってきたセギンにくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「よく避けなかったな。偉いぞ」
「は、はい……」
避けなかったのではなく、避けられなかったのだということは、胸中で呟くだけにする。差し出された手を借りて立ち上がり、まだ両手が痺れているような気がして、ディゼルトは拳を握った。
(すごい……)
魔力を一点に集中させ、その上でディゼルトが受け止めきれる威力に加減するのは、相当な制御が必要だ。その境地に達するまでどれほどの修練を積めばいいのか、想像もつかない。
(さすが「
「さすがセギンしょうぐん!」
胸中を読まれたような気がして飛んできた声の方向を見れば、金髪の幼子が転がるように駆けてくる。その後ろを追いかける侍女や護衛の姿を見て、ディゼルトは背に落としていたフードを被り直した。脇に避けてなるべく気配を消す。
セギンは
セギンは駆け寄ってくる子どもに笑みを向ける。
「おお、アルクス殿下。もう今日の課題は終わったのか」
「おわりました! ぼくにもけいこをつけてください!」
アルクスは何故か、両方の手に一振りずつ子供用の剣を持っていた。片手では持ち上げられないらしく、半ば引きずってしまっている。
「よし、じゃあ始めようか。……なんで二本持ってるんだ?」
「ゆうべよんだ本の主人公が、二本の方がつよそうって言ってました」
アルクスはにこにこと、両手に持った剣を掲げて見せた。セギンは困ったような笑みを浮かべると、アルクスと目線を合わせるように屈む。
「二刀流か。たしかに、使いこなせれば強いけどな。アルクス殿下にはまだ早いな」
「どうしてですか? ぼくにもできます!」
「うーん、じゃあ、やってみるか?」
「はい!」
セギンは稽古用の模造剣を、アルクスに合わせて構える。アルクスは右手の剣を、顔を
「く……えい!」
振り下ろすと言うよりは、重力に従って落とされたような切っ先は、僅かにセギンの剣を掠めた。不満だったらしく、今度は左手の剣を持ち上げようとするアルクスを、セギンは慌てた様子で止める。
「そこまでだ、アルクス殿下。腕を
「……いいかんがえだと思ったのに」
食い下がるかと思いきや、アルクスはあっさり諦めた。よほど剣が重かったらしい。アルクスが左手の剣を手放すと、侍従が音もなく寄ってきて素早く回収していく。
「よし、じゃあ……」
セギンが何か言いかけたとき、伝令らしい衛兵が駆け寄ってきた。
「お話し中失礼いたします。……セギン閣下」
「なんだ? アルクス殿下、ちょっと待っててな」
アルクスと少し距離を取り、衛兵に何事かを耳打ちされたセギンの表情が変わった。目を見開き、信じられないとでもいうように首を左右に振る。
(何かあったのかな……)
いくつか言葉を交わした衛兵は、敬礼を残して走り去って行った。
戻ってきたセギンは、片膝をついてアルクスと目を合わせると、神妙な表情で言う。
「すまない、アルクス殿下、ディゼルト。急用ができたのでこれで失礼する」
「ええ!?」
声を上げたアルクスは、今にも泣き出しそうに顔を歪めた。子ども用の剣の柄を両手で握りしめる。
「ぼくにも、けいこを……」
「悪い。また今度……あああ、泣くな。また必ずくるから。な? 約束する」
目に涙をためたアルクスは、しかし、駄々をこねることなく頷いた。まだ五つなのに自制を身に着けた―――身につけざるを得ない境遇に、ディゼルトは少々気の毒になる。
本当に緊急なのだろう、セギンはもう一度アルクスの頭を撫で、ディゼルトにも片手を挙げて足早に去っていった。それを見送ったアルクスは、両手でごしごしと目をこすり、ディゼルトを見上げた。
「じゃあ、ゼロ兄がおしえて!」
「え?」
まさかこちらに矛先が向くとは思わず、ディゼルトは目を瞬いた。アルクスは無邪気にディゼルトの袖を引く。
「さっきまでセギンしょうぐんにおそわってたでしょ! おしえて!」
「あ、ああ……」
ディゼルトとしては
すると、見かねたように侍女頭が進み出てくる。
「アルクス殿下、ディゼルトにはまだ剣術を指南できるような力量はございません。剣術はまたの機会にいたしましょう」
「ええー? せっかくべんきょうをおわらせたのに!」
「でしたら、リュングダール陛下とお話しするのはいかがですか。今の時間でしたら、議場にお移りになる前に、少しだけですがお会いできると思いますよ」
「ちちうえと!? 行く!」
侍女頭に内心で感謝をしつつ、ディゼルトはそっとその場を離れた。
ディゼルトは歩きながら意識して頭を切り替える。
(セギン様は大丈夫だろうか。ノールレイ国に何かあったのかな)
アルクスとの約束を
(おおごとでなければいいが……)
ディゼルトの祈りは通じず、後日、雷国ノールレイからは悲報がもたらされる。
スヴァルド帝国がノールレイ国の領土であるティゾル島に侵攻。ノールレイ国は防衛するも、戦闘によりティゾル島一帯は焦土と化した、と。
了
トランス・ゼロ外伝 1 昔の話 久木戸 ロラン @roran0909
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます