システムオールグリーン。宇宙に届けるメッセージ。

木立 花音@書籍発売中

第1話

 制作に一時間を要した手作りクッキーが、キッチンのテーブルの上に載っている。慣れないお菓子作りであったが、我ながら良くできたと自画自賛。


「よし」


 携帯端末で写真を撮ると、『I Love you』のメッセージを添えてSNSにアップロードする。

 アップした写真に早速イイネがついた。もっとも、特定の誰かに向けたメッセージというわけでもない。受け取る相手は、もう何処にもいないのだから。大学進学を控えた三月十四日。今年も一人寂しいホワイトデーだ。

 窓から望んだ空は星屑の海。この空の果てが、あの人の元まで繋がっている。


   ※


 僕が、彼女――ヒカリ先輩と出会ったのは、高校に入学してから一年と数ヶ月が過ぎたとある夏の日だった。

 昼休み。ぶらぶらと渡り廊下を彷徨っていたその時、中庭のベンチに一人で座っている、長髪の女生徒の姿が目に留まる。

 彼女は夏の強い日差しを避けるように、木漏れ日の中で本を読んでいた。

 暇を持て余していた、というのもある。

 西暦二〇八五年という時代においては、紙の本を読んでいるだけでも珍しいことだった、というのもある。

 だが、どんな理屈を並べ立てても戯言にすぎない。

 どうしてか、目が離せなかったのだ。眉間から鼻筋にかけて描かれる優しげなラインに魅せられた、とでもいうべきか。

「こんにちは」と気が付けば僕は声をかけていて。

「こんにちは?」と警戒が少し混じった声で彼女が応じた。

 綺麗な人だった。学校で一、二を争うほどの美少女、なんてこともないが、瞳が大きくて人懐っこそうな顔をしている。優しそうな見た目とは対照的に、逸らされない瞳は芯の強さも感じさせる。


「本、好きなんですか」


「ああ、これ?」と言って彼女が掲げた本のタイトルは、『宇宙の神秘』

 およそ女の子が読むような本じゃないな、と呆気にとられた僕に、続けざまに彼女は言った。「宇宙人の存在を信じる?」と。そして、「命あるところには、同時に死もあるの」と更に。

 目の色が変わったと感じた。嫌な予感はすでにあった。


「生命が、知的生命体へと進化するための時間や、その生命体が作り上げた文明や道具によって自らを滅ぼしてしまう可能性を考慮すると、生命が存在する可能性がもっとも高かった時期は、およそ五十五億年前ではないか? という考察があるの。むしろ人類は、この広大な宇宙の中に存在している生命としては、後発のものではないのかと。ということはさ、ここ数十年でようやく宇宙に行く方法が一般化した我々人類は、知的生命体としては進化が遅れているほうなのかも」


 捲し立てるようなハイテンションに返す言葉を失うと、「あ」と呟き彼女が決まり悪そうな顔になる。


「ごめんなさい。一人でどんどん話しちゃって。つまんない話でしたね」

「いやいや、そんなことは無かったけれど」


 殆ど聞き流していたけれどね。

「宇宙に、興味があるんですか?」と訊ねると、「うん。嗜むくらいにはね」と少々ピントのズレた答えが返ってきた。

 まあ、それでも。多少納得できるところはあった。例のストレンジ事件のあとから、宇宙の神秘に思いを馳せる若者や、国連宇宙軍への志願者は増え始めていたから。プロ野球選手もかくやという年棒が約束されているのだと、まことしやかな噂まで流れていたのだからなおさら。

 先輩と、この日何を語ったのかはあまり覚えていない。趣味の話。家族の話。昨日観たアニメのことだとか、とりとめなく話したような気はする。

 ただ一つ、ハッキリと言えること。


 この日僕は恋に落ちた。


 辞書で『初恋』という単語を引いたなら、この日の感情をうまく言葉にしてくれるだろうか。


   ※


 それから、彼女が中庭にいる姿を見つけては、ベンチに並んで腰かけて、本を読んだり、その日学校であったことを伝え合ったりして昼休み中を過ごした。彼女は (宇宙の話を除けば)そこまでお喋りなほうではなかったので、会話が弾んだ記憶はさしてない。

 それでも、どこか心地よい空気が二人の間に流れ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ると、彼女は先に立ち上がってこう言うのだ。

「じゃあ、また明日」と。

 思春期真っ只中の男子高校生が勘違いを募らせるには、十分な言葉だった。


 同じような日々は更に続いた。

 木々が赤く色づく秋がきた。そして、ぱらぱらと、粉雪が舞い落ちてくる冬が。冬になると、僕たちは場所を図書館に変えて暇をつぶすことが多くなった。

 本の虫というイメージにそぐうが、彼女は一年生の時から定期テストで学年一桁順位を維持している天才であった。驚くことに。おまけにスポーツまで万能。天は二物を与えず、なんてよく言うが嘘っぱちである。そんな事実を彼女は決して鼻にかけなかったし、自分の生い立ちや進路について積極的に語ることもなかった。ゆえに僕は、彼女の家族構成も、将来の夢も、いっさい知らなかった。

 だからその告白も、実に唐突だったのだ。


「私、国連宇宙軍の、ストレンジ調査隊に選抜されたの」と彼女は言った。こちらを見据える真摯な瞳が、逸らされることはなかった。

「は?」


 呼吸が、止まった。


   ※


 地球温暖化問題。資源の枯渇。増えすぎた人口問題。

 十年ほど前から、人類が移住できる天体探しが始まっていた。

 そんな折、金星の大気中から、微生物が生成するという特殊なガスが検出された。これは、地球外生命体の存在を裏付けるものとして。また、人類の移民先として、金星が有力候補に挙がる偉大な発見だった。

 人類は、意気揚々と金星に調査団を派遣。

 ところが、調査開始から数ヶ月後、突如現れた未知の生命体 (のちに、奇妙な、という意味を示す単語『ストレンジ』と命名)の襲撃を受け、調査団は全滅してしまう。

 これが、『ストレンジ事件』の全容である。

 以降、ストレンジは何処かへ姿をくらましてしまい、その目的は今日こんにちにおいても不明のままなのだが。

 こうして、未知の生命体である『ストレンジ』の捜索と金星の再調査を目的とした、『調査隊』が編成されることになった。国連宇宙軍が誇るスペースシップ二隻の追加クルーと、宇宙空間を自在に飛行できる迎撃戦闘機のパイロットの一般募集が一年ほど前から始まっていた。

 学校でも、とりわけ男子の間では話題になっていたし、一般募集の選考結果が出るのがそろそろなのも知っていた。

 この学校から、名誉ある選抜メンバーが出るのではないか? という噂もあった。

 開発された最新鋭の迎撃戦闘機が、搭乗者の思考とリンクして機動させるものだと聞いたことがある。そのため、感受性の高い若年パイロットが求められていたのかもしれない。

 もっとも、選考基準はいっさい明かされていないのだから、これらはすべて憶測なのだが。

 そんな中、これだけはわかっている。彼女は『調査隊』に志願したわけではなく、国連宇宙軍側が彼女をスカウトしたということ。そして、彼女がそれに応じたということ。

 それにしても、なぜ先輩なんだ。

 神様と運命を、呪いそうになった。


「大丈夫。私は必ず、生きて戻ってくるからね」と彼女は言った。いつものように、控え目に笑んで。



 それからひと月もしないうちに、先輩は街を出ていった。卒業を待つこともなく。

『いよいよ、人類の希望となるスペースシップが発進します。みんなが手を振って見送っています』

 さらに二ヶ月の訓練期間を経て、いよいよ調査隊出発の日がやってくる。スペースシップ発進する様子を報道するニュース映像を、僕はどこか他人事のように見ていた。

 僕は、蚊帳の外だったから?

 仲が良かったとはいえ、恋人同士ではなかったから?

 どちらも『否』だ。

 ただ単に、現実を受け入れたくなかっただけのこと。


 スペースシップは順調に航行を進め、衛星軌道上に乗った。そこで実践を見据えた訓練をしばらく行ったのち、調査のため金星に向かうとのことだった。ストレンジからの攻撃を受けた地点を目指して。


【わたしは今、衛星軌道上の宇宙空間にいます】

【たいへん! ほら見て! 地球はやっぱり青かったんだよ】


 スペースシップの窓から撮影したと思しき地球の写真を添えて、能天気なメッセージが届いたのは出発から二日後のこと。

 SNSだとキャラが変わるタイプだ、と笑いながら、「当たり前でしょ」と返信した。


【しばらくぶりだねー。君は元気だった? 私はとても元気です】

【がんばって毎日訓練しています。地球を守るため、私は優秀なパイロットになるよ。あ、そうそう知ってた? 宇宙食ってね、見た目のわりに美味しいんだよ】


 次のメッセージがまた二日後に。

 いや、まだ二日しか経ってないでしょ。それにまだ、ストレンジなる未知の生命体が、人類の危機になると決まったわけじゃない。もっとも、一度のみとは言え襲われているのだから、楽観視はできないが。心のどこかで、何もなければいいな。ストレンジとの遭遇なんてなければいいな、と願う自分を意識した。

「良かったですね。今度宇宙食の写真でも送ってくださいよ」と本題から逃げた返信でお茶を濁した。


 だがしかし、現実を直視できない僕をあざ笑うみたいに事件は起こる。

 ストレンジが、スペースシップに対して先制攻撃をしかけてきたのだ。こうして、彼らが人類の敵であることが早々に証明される。

 ストレンジとは、金属的な光沢を持った鉛色の体を持った生命体で、目、鼻、口といった部位はない。というか、特に決まった姿かたちは存在しない。肉体の一部を時には鋭利な槍のようにして、また、時には体を被膜のように広げて、覆いつくすようにして攻撃してくるらしい。

 アメーバのような軟体生物をイメージすると、わかりやすいだろうか。

 その大きさは一メートルから十メートルほどまで。そんなおぞましい生命体がいるのかと、僕は恐怖した。

 幸いにも、スペースシップによるレーザー砲の攻撃を受け撤退したようなので、この時は小競り合いで済んだのだが。


【死ぬかと思ったよー】

【んー。生きた心地がしなかったね】

【でもでも、心配はしないでね。わたし、パイロットとしての筋がいいって、いつも教官に褒められているから】


 筋がいいってことは、いずれ最前線に送られるということじゃないのか。気が気じゃなかったが、「気を付けて」とだけ返しておいた。必要以上に、彼女を不安にさせたくなかった。

 事態が急速に動いたことで、スケジュールが早まるらしかった。

 ストレンジが撤退した先が、かつて人類が襲われた金星の裏側にあることを突き止めた国連宇宙軍は、この好機を見逃さず反転攻勢に打って出る。衛星軌道上を離脱し、一路金星を目指すことになったのだ。


【もうすぐ、金星の姿が見えるよ。君のことを思うと時々】

【泣きたくなるね】


 泣きたいのはこっちだよ。


 かくしてそれから一週間後、戦端は開かれた。

 実に驚いたことなのだが、数年という短い期間のなかで、ストレンジの奴らは金星の大地に小規模ながら基地を作り上げていた。彼らが地球を侵略しようとしているのは確実である、との国連宇宙軍の判断により、ただちに調査隊は軍事行動に移る。

『調査隊』なんて名ばかりじゃないか、と悪態をつきたい気分だった。

 むろん、黙って殲滅される奴らじゃない。金星の大気圏外宙域を舞台に、激しい戦闘が行われた。

 このとき確認されたストレンジの数は三十。

 これに対して、スペースシップを発艦した迎撃戦闘機の数は一〇五。この中の第一遊撃隊に、先輩は配属されていた。本人が言う通り、彼女はエースパイロットだったのだ。祈ることしかできない無力な自分に、歯噛みした。


 人類が、史上初めて行った、未確認生命体との戦闘で失われた命は四十八にも及んだ。だが尊い犠牲と引き換えに、二十八体ものストレンジを同時に打ち取った。

 戦闘終了がたまたま二月十四日だったのもあり、この戦いはのちに『バレンタイン戦役』と呼ばれることになる。


【かすり傷一つ負わなかったんだよ】

【なんか、わたし凄いかも! って自惚れちゃうね】


 そうだね。でも、先輩が無事だったことが一番うれしいよ。


【いま、丁度バレンタインでしょ? だからほら、ジャーン! 君のためにチョコレート作っちゃいました。なんて。忙しくなるのわかってたから、あらかじめ作っておいたんだけどね】


 メッセージに添えられていた写真は、溶かしたチョコレートを型に嵌めて固めただけの、ハート型のチョコレート。それが義理だとわかっていても、嬉しいものだ。

 とてもいい出来だね、と感謝を伝えると。


【でしょー? 食べさせてあげられないのが、残念だけどね】と即座に反応がある。


 ホワイドデーにはお返しするよ、とだけ、僕はメッセージを返しておいた。


 金星にあった基地内を調査した結果、奴らの前線基地が、木星にも存在していることが新たに判明した。

 残された敵戦力は少ないと踏んだ国連宇宙軍は、掃討作戦に移る。負傷した兵が一部地球に引き上げたが、残った戦力を再編成して木星宙域を目指した。

 もはや当然のごとく、先輩も討伐メンバーに加えられる。

 もう、名実ともに『討伐隊』だった。

 先輩が木星に旅立つ前日、僕は思い切って彼女に電話をかけた。

 メッセージだけでは伝えきれないようなことが。積もり積もった話したいことがたくさんあったのだ。ゆっくり話せるのが今だけだから、というのも理由の一つだろうか。スペースシップが外宇宙に向かうにつれて、メールの送受信に時間がかかるようになるし、通話もできなくなってしまうのだから。

 最近購入した、お勧めの本の話をした。友だちがやらかした、くだらない笑い話をした。テレビのニュースで、先輩が有名になっていますよ、という話もした。

 彼女はそのひとつひとつに丁寧に相槌を打って、船内での生活とか、余暇の時間の使い方を語ってくれた。

 これ以上、話すこともないかな、と思うくらい話し込んでから電話を切ると、ほんの数分後にメッセージが入った。


【ねえ。わたしのこと、どう思ってる?】


 先輩らしくもない直球のメッセージに、心臓が大袈裟に高鳴る。

 まさかと思うが、特別なチョコレートだったんだろうか。そう自惚れそうになるが、へにゃりとなった心の芯を叩いて、「尊敬できる人です」と返しておいた。

 僕の気持ちは、三月十四日に伝えますよ。

 心中でそう誓いを立て、布団の中にもぐりこんだ。


   ※


 三寒四温の春の訪れ。日々寒さが和らいでいき、春の匂いが町中に立ちこめるなか、卒業式が始まる。

 たくさんの人の目がこちらに向いているのを意識しながら僕は壇上に登ると、ずらりと並んだ卒業生たちの顔を順々に見た。

 もちろんその中に、先輩の顔はない。だがもはや落胆はない。こうしている間も、先輩は僕たち人類のために戦ってくれているのだから。


「三年生の先輩方。ご卒業、おめでとうございます。在校生一同。心からのお祝いを申し上げます。今、振り返って思いますのは、先輩方は、いつも私たちを導いてくれたということです」


 在校生代表として送辞を読み上げる。遠い宇宙そらの彼方にいる先輩に届けと、声を張り上げた。


「あなたの背中を、ずっと見てきました」


 今日、家に帰ったらクッキーを作ろう。

 手作りなんてしたことないけど、きっとどうにかなるだろう。

 いや、どうにかするんだ。

 告白するんだ、と意識すると、ちりっとした痛みを胸がうったえるが、同時に楽しい気持ちだった。

 ところが、この高揚感が長く続くことはなかった。その報告はまるで三月に吹いた嵐のように、僕の心を激しく揺さぶった。


 ――訃報が届いたのは、卒業式の翌日のことだった。


   ※


 結論から言おう。ストレンジ殲滅作戦は無事成功した。

 敵の前線基地がある木星宙域には、多くのストレンジたちが集結していた。

 本拠地を叩ければ勝機はあるのだが、いかんせん防御網が厚すぎる。そこで調査隊は、かねてより考案しておいた作戦を実行に移した。

 エースパイロットで編成された数機の戦闘機が陽動を担当。敵主力をおびき寄せている間隙をぬって、主力が敵の前線基地を叩くというものだった。

 陽動は功を奏し、作戦は無事成功をおさめる。

 これにより、ストレンジの前線基地を壊滅させるという大戦果を人類はあげた。

 大勝利の報告に、地球の人類は沸きに沸いた。だが華々しい報告の裏で、作戦成功の要となった一人の少女が、その若い命を散らしていた。


 新聞紙面にひっそりと載った少女の名は、北条ヒカリ。


 いうまでもなく――先輩の名前だ。

 僕の心は、ガラス細工のように粉々に砕けた。


   ※


 先輩が亡くなってから二日後。厳かな空気の中、遺骨がないまま彼女の葬儀が行われる。

 ストレンジの攻撃をまともに受けた彼女の機体は爆散し、遺品も、何一つ回収されることはなかった。

 それは冷たい雨が降る日で、葬儀場を出た僕はそっと空を見上げる。この空の遥か彼方にまだ先輩がいるようで、まったく実感がわいてこない。

 こうしているうちにまたメッセージが届くんじゃないのかと、二月十四日から途絶えたままの通信履歴に思いを馳せた。

 丁度その時のこと。ポケットの中に入れていた携帯端末が着信を知らせた。

 画面も何も見ず、すぐ確認した。

 送り主は、もうこの世界にいないはずの先輩。送信日時は彼女が亡くなった日だ。

 どうして、と思いを巡らせてから腑に落ちた。木星からの通信だとこんなに時間がかかるのか、と。

 殆どダイイングメッセージと呼んで差支えないメッセージの内容は、実にシンプルな五文字。


【あ】

【い】

【し】

【て】

【る】


 なんだろう、これは。どうしてこんなに改行が多いのか、と考えてからピンときた。

 彼女が宇宙に出たのちやり取りしたメッセージの文面を、順々に表示させては、頭文字を縦読みしていった。

 ――鈍感な僕は、この段階になってようやく気が付いた。これまでのメッセージに隠されていた彼女の真意を。


【わ・た・し・が・死・ん・で・も・泣・か・な・い・で・ね】


「今さら告白だなんて、そんなのズルいですよ」


 もしかすると。自分が死んだとき、僕が過度に悲しまないようにと、気持ちを伝えずにきたのだろうか。それでも自分の運命を悟ったことで、このメッセージだけはと送信したのだろうか。

 如何にも不器用な先輩らしいと思う。

 僕が能天気にやり取りをしているその裏で、彼女は既に覚悟を決めていたのだ。自分の運命を、薄っすらと察していたのだ。

 この先やってくる戦いの中で、自分が最前線に出るであろうことを。おそらく、陽動任務――もしくは、それに準ずる危険な任務を請け負うことを。そしておそらく、僕が隠していた本当の気持ちにも。全てを知ったそのうえで、敢えて明るくふるまい続けていたのだろう。

 最後の瞬間、どんなことを考えながらこのメッセージを打ち込んだのか――。

 視界が、強く滲んだ。


   ※


 あれから四年。

 短大を卒業した僕は国連宇宙軍に就職し、迎撃戦闘機のパイロットになっていた、周囲や家族の反対を押し切って志願を提出したのだから、ここまで随分苦労したものだ。僕は先輩とは違って、天才などではないのだし。

 いったん殲滅したはずのストレンジたちであったが、数年後にはまたその姿が確認されるようになった。あれから大規模な戦闘こそ起こっていないが、このまま平和な日々は続かないだろう。

 来たるべき衝突の日に備え、第二次調査隊の編成が進んでいた。僕もそこに願書を提出し、いよいよ本日、スペースシップに搭乗して地球を離れることになったのだ。



「主電源接続完了」

『了解、インターフェイスを接続します。システムはどう?』


 管制官からの声が、通信機器から聞こえてくる。


「システムオールグリーン。これより発進準備に入ります」

『了解。発進を許可します』


 二〇八九年三月十四日、今日、僕は初めて実戦に参加します。あの日、この宙域で、先輩が何を見ていたのか、確かめに来ましたよ。

 四年前。この宙域で先輩は命を散らした。彼女が何を思い、この宇宙を駆けたのか、今では知る由もない。それでもこれだけは言える。最後の瞬間まで、彼女は前を向いていたはずだし、彼女の犠牲があったからこそ、人類は今こうしてストレンジに対抗できている。

 戦闘機の操縦桿をしっかりと握り、シートの傍らに置いた、手作りクッキーと一枚の写真に目を向ける。かつて先輩と二人で撮った写真の中で、彼女ははにかんだ笑みを浮かべていた。

 もう少しだけ待っていてください。

 この手で直接届けますから。

 もちろん、ここで死ぬつもりなんてありません。来年も、そのまた次の年も必ず来ます。

 約束しますから。


『ハッチゲート・オープン』


 スペースシップのハッチが開き、眼前に星屑の海が広がった。


「発進します!」


 happy white Day。

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