三角関係

日乃本 出(ひのもと いずる)

三角関係


「むぅ~……やっぱりおっかしいなぁ……」


 昼休みになった教室の中、エリは両手でほおづえをついたまま、頬をふくらませていた。

 エリの視線の先には、机の上で真剣に小説を読んでいる、一人の少年の姿があった。

 少年の名前は、アキラ。エリの幼馴染であり、エリの彼氏でもあった。

 アキラとエリは、小・中学生と同じ学校で、しかも同じクラス。そして、高校生となった今でも、なんと奇跡的にまた同じクラスとなったのだった。


 それがきっかけとなったかはなんともいえないが、つい先日、エリがアキラに告白し、アキラもそれをうけ、二人は付き合い始めた。今日、カップル成立してからちょうど半年が経った、記念日である。

 付き合いはじめからつい先日まで、周りがうらやむほどのラブラブぶりだったのだが、最近なんだかアキラの様子がおかしくなってきた。

 以前は待ち合わせの時間に遅刻など絶対にしなかったのだが、最近は、遅刻が多くなってきた。それに、遅刻だけならまだしも、待ち合わせをすっぽかされたりしたこともある。


 それだけじゃない。

 なんだか態度がよそよそしくなってきたし、話しかけてもなんだか上の空なことが多くなってきた。


 ねえアキラ。最近なんだか様子が変だよ?


 そう問いかけてみても、心ここにあらずといった感じで、いや……そんなことないよ。と、否定するだけだ。

 アキラは、きっとなにか隠してる。それも、私に言えないなにかを。

 女の直感といったもので、エリはそれを感じ取ってはいたのだが、しかし、それをどうすればハッキリさせることができるのか、その方法がどうにも思いつかない。

 それに、アキラとは彼氏彼女の関係になる前から、なんでも腹を割って話せる間柄だった。彼氏彼女の関係になってからは、さらに拍車がかかってなんでも話せる間柄になった。


 なあエリ、俺ってさ包茎なんだけど、それでもいい?


 なんて、ド直球で聞いてくるような関係だ。もちろん、エリはそれでもいいと返事をしている。ま、エリは包茎っていうのがなんなのかよくわかっていないが。

 だからこそ、アキラがエリに話せない何かがあるっていうことは、それはよっぽどのことなんだのだろうと、エリは直感していた。

 それこそ、二人の間に亀裂が入るような――つまるところ、他に好きな人ができたとか、浮気をしているとか。そんな悪い想像ばかりが、最近のエリの頭の中を支配していた。


 なんとか、今の状況から脱したい。

 でも、その方法が思いつかない。

 まさか、アキラ本人に、浮気してるの? とか、いくらなんでも聞けるわけがない。


「う~~ん……どうしたものかなぁ……」


 エリが、はぁ……と、極大のため息をついて、机に突っ伏したその時。


「おい、なんか悩みでもあんのか?」


 という、ぶっきらぼうだけど、そこはかとない優しさのこもった声が、エリに投げかけられた。


「べっつにぃ~……」


 机に突っ伏したまま、エリがそう答えると、


「そんな態度でべつにとか、悩みがあるから助けてくれよって言ってるのとかわらないぜ。ほら、話してみろよ」


 と、快活な笑い声と共にエリに投げかけられた。


「もう~……ほんっと、世話好きなんだからぁ」


 しぶしぶと顔をあげたエリの前には、もう一人の幼馴染である、カズヤの姿があった。カズヤもまた、アキラと幼馴染であり、親友でもあった。


「世話好きっつうか、親分肌っつうのかな? まあ、んなことはどうでもいいや。で、エリ嬢は、どんな悩みをお持ちなんだ?」

「……言いたくな~い」

「じゃあ聞くけどよ。お前の悩みってのは、そうやってお前一人でウジウジ悩んでて解決するような悩みなのかよ?」


 グサッ!! と、カズヤの一言がエリの胸に突き刺さる。まったく、カズヤは昔っからずけずけと人の触れてほしくないところに踏みこんでくるんだから。


「……最近、アキラとうまくいってないの」

「アキラとぉ?」


 怪訝そうな表情を浮かべるカズヤ。


「うまくいってないって、何が理由なんだよ?」

「それがわからないから、うまくいってないの~~~~」


 またも机に突っ伏して、足をバタバタとさせて不満を露わにさせるエリ。はぁ~とこれみよがしに肩をすくめ、大きなため息をつくカズヤ。


「なんだ、んなこと簡単にカタがつくじゃんか」

「簡単にいかないから、こうやって悩んでるんじゃないのぉ~~~!」

「バッカだなぁ、お前。んなこと、直接アキラに聞きゃいいじゃんか」

「バカはアンタだから! アキラに直接とか、聞けるわけないから!!」

「ふ~ん? じゃ、いいよ。俺が聞いてくるから」

「はぁっ?! ちょ、まっ――――」


 エリの制止なぞ聞くことなく、カズヤはさっさとアキラの元へと駆け寄っていった。


「うっそでしょぉ……」


 呆気にとられているエリを尻目に、アキラになにやら問いかけているカズヤ。きっと、ド直球でエリと何かあったのかと聞いているのだろう。

 もう、こうなったら事の成り行きを見守るほかない。

 二人のやりとりをじっと見つめるエリ。

 カズヤが話しかけてる。あ、アキラがちょっと驚いてる。でも、なんだかアキラってばうつむいちゃってる。しつこく聞いてるカズヤ。少しはデリカシーってものを感じなさいよ。アキラがなんだかカズヤに言ってる。あれ? カズヤが今度は驚いてる。で、カズヤが大笑いしながらアキラの肩をバシバシ叩いてこっちを向いた。あ、戻ってきた。

 満面の笑みでエリの前まで戻ってきたカズヤが、エリに言った。


「おいエリ。アキラが話があるから屋上まできてくれってよ」

「え、ほ、ほんとに?」

「ああ、本当だ。ほら、アキラはさっさと先に行ってるぜ。早く行くぞ」

「早く行くぞって、アンタもくるの?」

「あったりまえだろ。ほら、いくぞ!」


 なんだか釈然としないエリだが、なにはともあれ、今の状況からは脱却できそうだ。強引なカズヤから手を引かれつつ、エリはアキラが待つ屋上へと向かって行った。

 屋上へ行くと、深刻な顔をしているアキラがエリとカズヤを待っていた。

 アキラのそばへと駆け寄るエリ。


「ね、ねえ、話ってなに?」


 うつむくアキラ。そんなアキラの横に、カズヤが力強い歩みで近寄り、そして肩を叩いた。


「ほら、アキラ。ちゃんと言わなきゃダメだぜ」


 息を呑むエリ。少しの沈黙。やがて、アキラは言った。


「実は……俺……好きな人ができたんだ」


 やっぱり……。想像していたこととはいえ、実際にアキラ本人の口から聞くと、ショックもひとしおだ。


「……その、好きな人って、誰なの? アタシたちの関係は、もう終わりなの?」


 アキラに詰め寄るエリの間に、カズヤが割って入る。


「まあまあ落ち着けよエリ。話は最後まで聞けって」

「うるさいわね! 余計な口出ししないでよね!」


 少々ヒステリーながなり声を出してしまうエリに、アキラがか細い声で言った。


「その……好きな人ってのは……コイツなんだ……」

「はぁ?! コイツって、どこにそんな女がいるのよ?!」

「だから――コイツなんだってっ!!」


 アキラが叫ぶように言った先にいたのは、他の誰でもない、カズヤだった。


「は、はぁ? ね、ねえ、そんな冗談、笑えないんだけど……」


 力なく笑うエリとは対照的に、空気が震えるような大声で笑うカズヤ。


「いや、それがよ、エリ。冗談なんかじゃないらしいんだ。アキラはその、なんだ、えっと、おい、アキラなんだっけか?」

「バイセクシャル」

「そうそう! それだ。で、エリと付き合いだして俺と疎遠になってから、エリのことも当然好きなんだけど、俺のことも好きだってことに気づいたんだってよ。だから、それをエリにどういう風に伝えたらいいのか、悩んでたらしいぜ」


 あまりにも衝撃のカミングアウトに、ぺたんっとその場に座り込んでしまうエリ。


「え……なに……それって、つまり、どういうこと……?」

「ごめん、エリ。俺、自分の気持ちに嘘つけないんだ。なあ、エリさえよかったら、俺、カズヤとも付き合いたいんだよ。いいかな?」

「いや、ちょ、ちょ、ちょちょちょっと待って、それはいくらなんでも……」

「いいじゃねえか、エリ! また、小さいガキの頃のように、三人で風呂でも入ろうぜ! ああ、心配しなくても、俺はゲイだから、エリには一切性的に興味はねえから安心してくれていいぜ!」


 きらり~~~ん! と白い歯を光らせて満面の笑みを浮かべるカズヤと、気恥ずかしそうに、なあいいだろエリと頼み込んでくるアキラ。

 エリは、なんだかこれからの高校生活が、とんでもないことになるのだと、直感した。

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