異世界転生チートな展開を無理やり短編にぶっ込むとだいたい仇役を充てがわれる側はこういう扱いにならざるを得ない——竜編

古博かん

二都負う竜は Hit & Away(めっちゃ良い発音)

 ここは、KAC大陸の中央部に位置する王国A。

 普段は何の変哲もない平和な大陸ですが、ここでは毎年3月になると、決まって大きな真っ黒の竜が飛来し、手当たり次第に火を吹いて王国を火の海に変えてしまうのです。

 そして、大きな真っ黒の竜は美味しそうに焼けた人々を次から次へと丸呑みにし、満腹になるとまた何処いずこかへと飛び去っていきます。毎年毎年、やられっぱなしの王国Aは徐々に徐々に衰退し、いよいよ今年が最期だろうかと悲観に暮れていました。


 そんな時でした。

 いよいよ3月に入った最初の晩に一人の軽装の青年が飄々ひょうひょうと現れ、一夜の宿を求めました。

 宿主はため息をつきながら「旅の人かい? お前さんも運がないねえ」と呟き、お代は要らないと言うではありませんか。

「いや、流石にタダというわけには……」

 旅人は驚いて宿主に事情を尋ねます。

 宿主はため息をついて背中を向けていましたが、やがて最後の晩餐がわりに去年までの出来事を訥々とつとつと掻い摘んで旅人に話すのでした。


「あの、それ、俺がなんとかします」

 けろりとした表情で旅人が言うものですから、宿主は唖然とした表情で振り返ります。

 目の前の旅人は至極平然とした物腰で、何やらゴソゴソと腰回りを探っていました。そして取り出したのは、スラリとした一本の刀ともう一つは古めかしい棍棒のような何かでした。

「それは何だい?」


「この世界に飛ばされてきた時に、便利だから持ってけって渡された道具です。マジで便利なんで、超助かってます」


「えーっと……? つまり、お前さんは普通の旅人じゃなく?」


「うーん、普通の人間のハズなんすけど、この世界じゃマジでヤバ良い感じの何からしいです」


「うん?」


「まあまあ、細かいことはいいんで。とりあえず、その竜とやらは俺がなんとかします」


 宿主は、ただただ戸惑って何度も眼鏡を上げ下げしながら旅人を凝視するのですが、肝心の旅人は取り出した道具に何やらごちゃごちゃ呟いています。

 するとどうでしょう、刀の芯が光り輝き、よく分からない文字が浮かんでは消え、やっぱり浮かんで、それらが一条の光線となって宿の天井を突き抜けて夜空目掛けて飛んでいき、そこから放射線状に散っていくではありませんか。


「天井が……」

「あ、王国中に結界張ったので、火の海にはならないですよ」

 旅人は相変わらずケロリとした口調でそう言うのですが、宿主は呆然と鋭い穴の空いた天井を見つめています。


「いや、ちょっと天井……」

 そんな中、旅人はふわあと大きなあくびを一つして、うつらうつらとし始めるではありませんか。程なく、ぐーっと分かりやすい寝息を立て始めてしまったので、宿主は渋々言葉を飲み込むのでした。

(やっぱり、宿代請求すべきか……)


 そして日が昇り、3月になって二日目の朝。

 やはりどこからか大きな真っ黒の竜は現れるのでした。

 颯爽さっそうと現れた——とは言い難い、どうしてだかボロボロの出立ちの竜です。背中の羽には穴が開いて裾は破れてるし、鋭い爪は何本か欠けて短くています。鼻の頭にも大きなガーゼがあててあり、尻尾は先の方が輪切りにされた痕跡がありました。


「あー、昨日は散々な目に遭った……全く、あれはどこのドイツだ、こんちくしょう」

 竜は竜の言葉で悪態を吐きながら、目一杯、肺に空気を取り込みます。

 そして、王国Aの上で体を逸らし思い切り火を吐き出しました。


 すると、何ということでしょう。

 火が当たった瞬間、燦然さんぜんとその場所が光り輝き、まるで鍋の蓋のようにそれ以上火が通りません。眼下の王国には煙一本立ち上らないのです。

 それどころか、跳ね返った火が大きな真っ黒の竜のお腹をこんがり焼きました。

っつ……ぁっつ! 何、もう! 何で !? 」

 幸い、ちょっとこんがりしただけで大したことはなさそうです。

 しかし竜はとても驚いていました。なぜなら、つい昨日も同じような目に遭ったからです。それはお隣、共和国Kでの出来事でした。


 王国Aの前に食べる前菜のつもりで、共和国Kもまた毎年3月の最初の日になると、大きな真っ黒の竜の餌食になっていました。

 それが今年はどうしたわけか、鍋の蓋のように挨拶がわりの火炎放射を跳ね返され、よく分からない異世界チート流とかいう謎の流派の使い手だという妙な人間が、ことごとく邪魔をしたばかりか言われなきボッコボコのギッタギタにしてくるのです。

 竜にしたら何の面識もない相手です。

 結局、竜は昨日の御飯を食べ損ねました。

 もうお腹ぺこぺこです。それでまたコレです。


「何だ、やっぱりお前か」


 お腹をさすりながら泣きそうになっている竜の視線は、少し開けた広場の真ん中でシャワーッと水柱を起こす噴水あたりに向けられました。

 そこには右手にスラリとした一本の刀を上段に構え、左手には古めかしい棍棒のような何かを中段に真っ直ぐ差し向ける人間が立っていました。


「あ——! またお前! 何その構え、マジ何? 俺なんかした? SNSもフォロー外だよね !? アンチ異世界チート系なら他にいくらでもいるよね !? 」


「会ったモン順だな」

「理不尽!」


 竜は空中で地団駄しますが、旅人は全く意に介しません。

 当然です、だって異世界から転生してきたチートさんなんですから。何で転生することになったのかは分かりませんが、とりあえず貰った武器もシチュエーションも使ってナンボなのです。

 だって山場なんですから。


「まあ、あれだ。お前に特に恨みはないが、ここで会ったが百年目とか言っとけば良いか?」

「会ったの二回目ですけどね! てか、恨みないのにその所業 !? 」


「ごちゃごちゃうっせえ、うっせえわ」

 ポップな理不尽を吐いた旅人は、予定調和と言わんばかりにタンっと身軽く飛び上がり、中段に構えた棍棒で突きを繰り出します。これは目眩しで、本当は上段に構えた刀の方が危険——と竜は昨日の今日で学習していたはずなのですが、棍棒からは謎の衝撃波が連射されるではありませんか。

 そして気が付くと、また尻尾が輪切りにされて更に短くなっていました。

 バランスが悪くて上手く飛べません。


「二刀流で来るなら、ちゃんと型くらい守って !? 」

「実践でいちいち型なんて気にしてたら戦えねえだろうが」


 確かにその通りです。

 そして、確かにそのようなことを書に認めた剣豪が、昔いたような気がしますが、竜には関係のないことです。

「それに、尻尾なんてすぐまた生えんだろ?」

「トカゲじゃありませんけど !? 」

 竜の生命力は並外れて強いので、確かにそのうち放っておけば尻尾もいずれは再生することもあるでしょう——そう、放っておいてもらえれば……。


「あ——無理、もう無理、マジで無理ぃぃぃぃぃ!」


 どうやら王国Aでも御飯にありつけそうにありません。

 三十六計逃げるに如かずとは言ったもので、竜はたった一度の火炎攻撃で一目散に踵を返し、大陸の西の端に現存している人民帝国Cを目指して飛び去っていきました。

 王国Aは歓喜に包まれます。

 国王自ら歩み出て旅人を労います。これから三日三晩祝宴を開くと接待を受けますが、旅人はサラッと辞退しました。だって、飛び去っていったボロボロの大きな真っ黒の竜の次の目的地が分かっているのですから。

 次のチートなアタックチャンスを逃すわけにはいきません。


「せめて、せめてお名前だけでも、旅のお方!」

 食い下がる国王の懇願を受けて、旅人は少々気恥ずかしそうに頭を掻くと「宮本です」とだけ答えて瞬間移動をするのでした。


                              終

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