恋愛実話短編「恋の餌食」
西城文岳
本編
私のその恋は確か高校の時だった。
その名前を初めて見たときは適当に生きていた高校一年の時の大掃除、次の学年の時に使う教室を掃除に行った時だった。
教室のドアに張られた席順が書かれた紙があったので自分達は一足先に覗いた時、その名を見つけた。
その人の名は丁度自分の前の席にあった。
「なんて書いてんだ?」
だが読めないし今まで見たことの無い名前が並んでいた。その時は全然わからなかったが、後から聞いた話ではその人は中国系の人間らしい。
ここではどうしようか……?彼女のことはKとしよう。
Kとの出会いは来年のその教室での事だった。
人生の方向性も一切決められないような高校二年生。ただなんとなくで将来を考えていた頃。年度明けの春、私はその目の前の席の人間がどういう人間かを確かめてやろうと思い、教室に入った。自分の席の前にいたのは眼鏡を掛けた少女。丸みを帯びた輪郭に一つに束ねられた髪。何処かほわほわとした周りとは違う雰囲気が私の目を引き付けた。
その時、半分人間不信気味だった自分には理解していなかったが恐らくその時には恋に落ちていたのかも知れない。自分の心の機微を深く理解していなかった当時の自分としてはその時はただ仲良くしようと思っていたのだろう。
基本、私は眼中にない物は本当に興味が無い人間だ。二年が始まった時私はKでは無い一人の女子生徒Mに告白された。前のクラスと同じだったそうだが私は知らなかった。
「君のことが前から気になっていたんだ~」
そう言う彼女の佇まいはやけに明るく、何処かから漂う媚びるような仕草が私の人間を見る目に留まった。その時の判断は殆ど直感だった。
小、中学で私を人間不信に追いやった連中と似ているが少し違う雰囲気だった。
相手をからかうのではないが、彼女は本能で相手を求めていると言うよりかは自身に寄り添う加護者を求めているようだった。自分は支えになれる程、出来た人間では無い。
恋だの愛だの当時の私では分からない。私はそう言って断った。それを本格的に知るのは翌年の春だった。
正直私は俗に言う「陰キャ」という位置付けだったろう。ただ他とは違うのは誰ともつるむことなくただ一人でいる事だった。余り人に関わりに行く気はなかった。ただ心の底から誰も信用はせず、のらりくらりと場当たり的に楽しいことで生きていた。
それ故に夏の修学旅行の班決めでは苦労したが。結局一人分余裕の出来たグループに入り込むことになった。彼らは「陽キャ」と呼ばれるグループの位置づけだろう。正直言ってそのグループ分けのカテゴライズを作り上げた人間はひねくれているだろう。そんなグループに分け、比較化するなどあからさまに自分とは違う存在を下に見たいのだろう。去る者は追わず来る者は拒まずの精神の自分はただいつものようにそこにいるだけで特に何ら変わりはなかった。
修学旅行先の沖縄の民宿でそのグループの彼らと夜、遊ぶことになった。
最初はジュースの早飲み対決で、自分が排水口のような音を立てながら500mlのカル〇スを三秒で飲み干して全員が吹き出しそうになって、その後の修学旅行恒例の恋話が始まった。一人一人順番に、そして自分の番に。
「お前、好きな奴とかいんの?」
「好きって言ってもな」
「じゃあ気になっている奴でもいいよ」
そう言われて真っ先に思いついた顔はKだった。
「いないわけじゃないが……」
「誰だよ~もしかしてMか?」
フルフル
「じゃあKか?」
コクッ
「なんで手で作った狐で頷いてんの?」
「だって口で言うの恥ずかしくない!?」
「そうか?」
「そうだよ!」
こうして意識する機会が無ければ私の感情はここまで大きく揺さぶられる事は無かったろう。だがそれを聞いた彼らは意地悪そうに笑い話し始めた。
「あ、そういやKってどこの班だ?」
「あそこにいるのって確かYいたよな?」
「Yの連絡先知ってるぞ」
「え、ちょっと待て何する気だ?」
突然のことで判断を鈍らしている私をよそに彼らは電話をかけ始めた。
「もしもーし?あ、Y?ちょっとこいつがKの声を聞きたいって」
「はぁ!?ちょっと待て!」
何とか携帯を奪い取ろうとするも電話を掛ける彼以外の皆が私を止めるのでどうしようもない。
『あ、Kちゃん?Kちゃんは~寝てるね……』
「え?寝てる?」
『うん』
その時の時刻は九時頃、遊び盛りの高校生ならばまだ遊んでいる頃だろう。結局Kは起きずその後は皆、別の話に流れていった。
その時の私の心境はどうだったのだろうか。寝ていて良かった?Kが自分をどう思っているか気になった?自分の中で巡る感情と欲求がかき乱していた。
その後は夜抜け出して女子達の居る別の民宿まで行くと言う話が出た。正直自分も行ってみたかったが私の学校は規則は厳格、授業の途中で抜け出せば即退学。この修学旅行も退学とまでは行かないがかなり厳しい罰則だった。
結局そのグループの一人が退学までのリーチが掛かっており流石にその状況でそれはヤバいと説得。
その後日、Kの居るグループと何とか自然に合流出来ないかとなったがそんな上手い事は無かった。
その後の学校生活で少しづつ、授業のさりげない事からであったがKと関わることが増えてきた。彼女は勉学においては優秀であるが、何というか世間に対しては余りにも無知で純粋なのだ。されど他者とは最低限距離を置いている。
何処か私とのシンパシーを感じたのだ。何も知らない無垢な女子、だが何か人間の裏を知っている様に思える一面が私の加護欲と仲間意識を呼び覚ます。
授業の事で何か話し合う事がある程度の関係になった頃には彼女を本格的に欲しくなっていた。
そして私の恋が本格的に動き出したのは三年生、春の校外学習と称した受験勉強の息抜きの遊園地での事。前もって同じクラスの友人Tと一緒に話し合いKの友人と話を付けており、彼女達と行動できるようになった。
作戦はこうだ。先ずは自然にあちこちを周りタイミングを見図り私とK以外の全員が離脱する。その後は皆を探す口実であちこちを巡る。
はっきり覚えている訳では無いが、確かそのタイミングは鯉を眺める彼女を見た私が餌を買って二人で一緒に池に撒いていた時だった。
「あれ?みんなは?」
「いないな」
二人して池を見ていたが故、いつの間にか私も知らぬ間に既に作戦は決行されている。
「はぐれちゃったね」
「そうだな」
周りをグルグル見渡す彼女を見つめつつ、覚悟を決めると同時に今すぐにでも彼女を独占したいと欲求が喉の奥からせり上がる。今すぐ彼女の体に触れたい、抱きしめたい、いつも見ていたその背中を、首を。肌の底に住まう熱を感じていたい。
だがまだ早い。そうじゃない。してはいけない。まだ私と彼女はただの友人。その熱を燻らせながらも私はKとT達を探しながら遊園地を巡る事にした。
だがそのこみ上げる欲は直ぐに決壊を迎えそうだった。時刻はまだ昼前。熱は収まらず今も上がり続ける。その時、遊園地全体を見渡せるゴンドラがあった。咄嗟にそれに乗って皆が居るか見てみようと提案した。特に何かがどうというわけではない。ただそうしたかった。
ゴンドラの中で二人、向かい合う座席の中で対称になるように座る。
彼女は窓の外を眺めている。私も最初はT達を探すフリをしたが、込み上げる欲求は今にも限界だった。
「あのさ」
「ん?」
その時の私の頭の中は彼女が欲しいでいっぱいだった。後の事を考えることができない程。
「す、好きなんだ」
「え?」
「俺はKのことが好きなんだ」
まだ時刻は昼前だというのに、ムードもへったくれもないここまで早い告白はあっただろうか。
「え?!え~~~!?」
だが彼女は生娘のように顔を赤くして両手で頬を抑える。突然の告白に驚き慌てふためく彼女の姿がより一層私の心を引き付ける。
「え!そんな!それは……likeじゃなくて!?」
「いや、Love……」
真っ赤なまま、私たちは言葉を発せられなくなる。
「そんな……突然!」
そのまま「キャー」と感極まって叫びたそうに、嬉し気に緩んだ彼女の顔が見える。恐らくは私と同じように今は何も考えられないのだろう。
「べ、別に、今すぐ返事をしなくてもいいんだ……また今度でもいいからさ、まぁ今は二人で楽しもう」
もしかしたら作戦の事も流れで吐いたかも知れない。それ程に私の中は無計画で衝動的に動いていた。
その後の二人は見る者によっては私とKは恋人のように見えたかもしれない。だが返事は保留。その時の私とKはただ楽しく遊園地を過ごすことだけを考えていたのだろう。
それからしばらく、私と彼女の距離は近くなった。とはいえ前よりも関わり深い友人程度だが。それでも私は彼女に振り向いて欲しかった。その時の彼女の返答は
「三十歳になったらいいよ」
ただでさえ、燻らせ拗らせる熱を後十三年。待てる訳がない。だが友人の頼みを断る事も出来ない。彼女への愛が私の中で銛のように深く突き刺さる。
その後しばらくKとの距離を近づけようと四苦八苦していた頃、Tが恋人と別れた。その相手はMだった。些細な行き違いの喧嘩の末のTの停学だった。
結局Tは彼女と喧嘩別れだった。その後しばらく直ぐにMは新しい相手を見つけたし、Tはバンドの公演で知り合った女性と付き合った。
TはTでクズな一面があったし、Mも愛を求めてると言うよりかは何か根本的に違う気がした。二人の中は決定的に深く繋がって居なかった。
彼らを繋いでいたのは何だったんだろう?余りにも簡単に別れ、そして呆気なく別の人とくっついてしまう。私には考えられない。きっと私ならその立場になれば何としてでも引き留めようしただろう。例え嚙みついてでも。
私は昔から独占欲が強かった節がある。兄弟でも従姉妹でも友人でも自分のものでも。だが相手がそうではない場合、私は酷く傷つくだろう。相手を傷つけるだろう。だからこそ距離を置いておくことで私はその距離感を保とうと、間違いが起こらないようにと。
ただ彼女と一緒に居れるだけでも満足だった。
欲を言えば彼女肌の温もりが欲しかった。肌を合わせたかった。彼女と愛を交えたかった。離れ離れになっても分かる愛の形が欲しかった。例え二度と会えなくなってもその愛だけでも生きることが出来た。
際限無く、ずっと続く愛の証が欲しかった。
卒業式の後、アルバムを見合いこんな事もあったかと彼女と笑いあった。だがその後の昇降口近くでの部活動のお別れの挨拶にいた私は誰の目に留まることなく校門を通り過ぎるKを見た。
来るもの拒まず去る者は追わず。私に彼女を留まらせるだけの力は無い。
小中の頃、開き直って道化に徹っしていた私には、呼び止めることができない。
友人に強制する事が出来ない。
私は今も彼女以外の人間に魅力を感じていない。若く青かった恋が今も私の心臓に苔むし、残る。
いつかその重い恋も抜けるだろうか?
その抜いてくれる相手はKで居てくれるのだろうか?
恋愛実話短編「恋の餌食」 西城文岳 @NishishiroBunngaku
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