平凡たるチェルカさん~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

迷宮ではいかなるモノも拾いモノである……多分。

「ニトウリュウ~? あ? 双頭竜そうとうりゅうオルトスの亜種的あしゅてきな? え、もしかして竜の遺骸いがい表層ひょうそうで見つかったとか?」


 一仕事ひとしごと終えた夕方。馴染なじみの酒場で麦酒エールを飲みつつ小さな幸せにひたっていると、顔見知りの男性だんせい探索者たんさくしゃが酒のさかなにと話しかけてきた。


 ここは封印迷宮都市ふういんめいきゅうとしシルメイズ。その中心部に地下深くへと続く、奈落ならく大穴おおあなごと大迷宮だいめいきゅうゆうする街。

 迷宮からは人智じんちを超えた数々の品や多くの財宝が発見され、都市はそれを求める人々いわゆる探索者たちで日々にぎわっている。

 

 かく言う私もその一人で、探索者生活を始めてかれこれ数年がつのだけど……実力はお世辞せじにも高くはない。

 迷宮の表層ひょうそうといわれる浅い場所を一人静かに探索し、日々のかてを得る程度ていど……。


 なので、竜は狩れないけれど、探索範囲たんさくはんいにその遺骸いがいが落ちているならぜひとも回収しておこぼれを頂戴ちょうだいしたい。

 だって竜の素材だ。仮に低位ていいの存在でもうろこ一枚が金貨一枚、約二〇〇〇シルドほどで売却できる。つまり、最低でも一月分の稼ぎになる。


 そんな皮算用かわざんようをしつつ、詳細を聞き出すため、ほろ酔い加減の陽気な探索者に麦酒を追加で注文してやる。

 一杯三シルド、真偽不明しんぎふめいの情報ならこれぐらいが相場そうばだろう……。


 運ばれてきた麦酒をお互い手にして、乾杯かんぱい! と笑いながら話を聞く。


「いやいや、チェルカ……竜じゃない、竜じゃ。ニトウリュウ……そうだな、うん、ほら、コレだ、コレ!」


 私の名前を気安く呼び捨て、男は自身の腰に装備していた大小の剣をさやに入れたまま両手にそれぞれ持ち、軽くって見せた。

 あぁ、なるほどさっしたわ……。


「つまり、双剣そうけん使つかいのこと? やめてよ、私は他人の失敗をさかなにするほど悪趣味あくしゅみじゃない……」


 左右両方の剣を自在じざいあやつり、間隙かんげきなく攻撃を続け、防御から刹那せつなで攻めに転じ相手を圧倒あっとうする剣術けんじゅつ……。

 そう言えば聞こえはいいが、大抵たいていやからは盾を持っていたほうがまだマシなのでは? と思える残念な使い手である。


 けれど見栄みばえは良いし、さきうたい文句にロマンを感じるせいか、挑戦する可哀想かわいそうな新人探索者があとたたたない……。

 熟練者じゅくれんしゃたしかにいるがほんの一握ひとにぎり。上位じょういの探索者に数人いるかどうか。だから、双剣使いはこの街だと、素人しろうとやド新人の代名詞だいめいしにさえなっていたりする……。


「いや、まぁ、確かに見た目は双剣使いなんだが、使ってる得物えものが変わっててな……ほら、たまにいるじゃねーか、カタナ? を使ってる探索者がよぉ」


 あぁ、あのれ味は馬鹿みたいに良いけど、少々しょうしょう繊細せんさい微妙びみょうに使い勝手がってが悪い剣。加えて、管理にも手間がかかるとくれば、私はまず得物に選ばないのだけど……。


「待って……まさか、カタナの双剣使いがいるってこと?」


「ご名答めいとう! それがいわ二刀流にとうりゅうっていうらしいんだが、コレが滅法めっぽう強いらしくてな! 表層で荒稼あらかせぎしてるらしい。それこそ本当に竜のごとし~ってなわけよ!」


「わぁ~、絶対に遭遇そうぐうしたくない……」


 楽しげな様子で語る男性探索者に、心底げんなりしながら言葉を返す。

 双剣使いだけでも関わり合いたくないのに、刀なんてくせのある武器を好むようなやからである。これは絶対にまともな探索者ではあるまい。


「で? そのニトウリュウ~? のヤツは表層のどのあたりを彷徨さまよっているのかな?」


「おう、なんでもここ数日の目撃情報だと――、」


 さておき、期待した話ではなかったけれど、麦酒エール数杯分の価値はあった。

 うん……しばらくの間はニトウリュウが現れた迷宮区画には行かないようにしよう。そうしよう……。


 ★          ★          ★


 翌日、ニトウリュウがいないであろう迷宮区画を選んで探索に出かける。

 目指すは封印迷宮ふういんめいきゅうシルメイズの第十階層・WNの二区画付近。


 ちなみに区画といっても明確めいかくな仕切りや壁があるわけではない。

 探索エリアを把握はあくするために、東西南北の入口を基準きじゅんとして便宜上べんぎじょう、十六の区画設定がされているだけだったりする。


 今日、探索するのは西口から入って少し北。

 他と比べてそこそこ危険性の低いエリアである。まぁ、その分、実入りもほどほどに少ないのだけど、私みたいな単身ソロの探索者はまず安全第一だ。


 さて、迷宮への入口は大穴の近くに建てられた石造りの建物、その内部にある。

 不思議なことにこの迷宮、大穴から直接侵入しようとすると、どういうわけか底なしらしく、ちっとも地面に辿たどけないらしい……。


 なので、偉大な先人というか馬鹿な先輩たちは考えたわけである、真上が無理なら横から穴をってみたらどうだろうかと……まったく意味が分からない。


 しかし、これが大正解。不可侵領域ふかしんりょういきであった縦穴に横穴をつなげるてみれば、真上の大穴からは決して観測かんそくできない大迷宮が突如とつじょとして姿を現したんだとか……。

 そして、これが封印迷宮シルメイズの探索が始まったけだというのだから、なんでも試してみるものだと思う。


 で、今回利用する西口は三番目に作られた比較的新しい入口である。

 利用受付の係員に必要書類を提出し、地下へ続く階段を少し降りて横穴を進む。

 この横穴、りとはばには余裕よゆうがあり、その点に関して圧迫感あっぱくかん皆無かいむなのだが……続く壁一面に様々な紙がられ、短剣や釘とかさっているので、非常ひじょう薄気味悪うすきみわるい。


 前に一度じっくり見たことがあるのだけど、その大半たいはん魔除まよけや封印ふういん呪符じゅふ術符じゅつふ、道具たちだったので、なおたちが悪い……。

 他は、まぁ……なんというか、本日の献立こんだてから遺書いしょなど、探索者がたわむれに貼った雑多なものなのだけど、それらががされることは決してない。


 だって、まかり間違ってなにか重要な呪符や術符だったら、非常に不味まずいからだ……。

 ゆえに、壁一面の貼り紙や短剣、釘は減ることなく、毎日少しずつ人知れずに増えていく……恐い。


 そんな横穴を抜けると、洞窟どうくつと言って差し支えない空間に出る。

 天井が薄緑色にかがやき、周囲をほのかに明るく照らすこの場こそが、封印迷宮シルメイズ第一階層・Nの一区画である。

 目指す第十階層・WNの二区画までは、まだ少し遠い……。


 ★          ★          ★


 というわけで油断ゆだんせずに迷宮の探索を開始したのだけど……。

 第三階層で例のニトウリュウらしき御仁ごじんに出会ってしまった……運がない。


 頭からつま先まで身体からだをスッポリ隠す赤黒いローブに身を包み、その両手には軽いりが特徴的とくちょう片刃かたばの剣が一本ずつ……。

 うん……間違いない。というか、事前情報なしに出会ったら新種の迷宮生物めいきゅうせいぶつかなにかと勘違かんちがいして、問答無用もんどうむよう迎撃げいげきした自信がある……。


 ありがとう、顔見知りの探索者。これは麦酒三杯でお釣りがくる……。


 さておき……不運な遭遇戦そうぐうせん回避かいひできたし、今日はもうこれで引き上げよう。

 だって、うわさではニトウリュウが姿を現した周辺区画と階層は財宝や迷宮生物が根こそぎ消えるらしい……。

 このままもぐっても徒労とろうに終わるなら、早々に帰って酒場で一杯やるに限る。


 そう思いきびすを返すと、こちらに気付いたらしいニトウリュウが、なにを思ったか近づいてくる……。

 いや、いやいやいや……まさか略奪者りゃくだつしゃたぐいでしたか?! そんな情報は聞いてない!

 狩り尽くすものに、探索者が入っているとか笑えない冗談じょうだんだ!


 冗談だが、その手の人種はある一定数いるので、探索者は迷宮内で出会っても、命に関わる緊急時以外、不用意ふよういに近づかないのが不文律ふぶんりつである。

 だというのに、明確な意志を持ってこちらに接近してくるニトウリュウ!


 よしっ、逃げよう……私は平凡へいぼんたるチェルカさんだ。表層とはいえ迷宮生物を殲滅せんめつつくくすような、バリバリの武闘派ぶとうはやいばまじえるとかあり得ない!


 あわててすと、かすかな声が耳に届く……。

 東訛ひがしなまりの強い共通語? いぶかしげに振り返ると……なぜかはるか後方でニトウリュウが倒れ、助けを求めるかのようにこちらへ手を伸ばしていた……。


 えぇ……死んだ探索者を回収する『骨拾ほねひろい』は専門外なんですけど……。

 あ、いや……まだ死んでないか。しかし、単身ソロの私に人命救助は少々荷が重いのはるぎない事実なのである……。


 ★          ★          ★


 数時間後、どうにかこうにかニトウリュウをかついで、迷宮を脱出することに成功する。

 いや、偉いねチェルカさん……何度か本気で捨てていこうかと思ったけど、無事に戻ってこれたわ。人間、やればどうにかなるもんだ……。


 それからニトウリュウを探索者治療院たんさくしゃちりょういんへ運び込んだ結果、どうやら極度きょくどの疲労からくる衰弱すいじゃくという診断がくだった。

 なので、探索者御用達たんさくしゃごようたしあやしげな元気の出る薬を医師から処方しょほうされると、夕方には私と酒場で食事をできるほどに回復した……。


「このたびはご迷惑をおかけしたのでち。ごおんは一生忘れませんので今後ともどうぞご贔屓ひいきに……でち!」


 麦酒を飲む私の対面に座り、両手に骨付き肉を持ちながら深々と頭を下げるニトウリュウ……。いや黒髪の少女、二刀流のサクラコ。

 

 どうやら話を聞くと一攫千金いっかくせんきん! 立身出世りっしんしゅっせ! を目指し極東きょくとうの片田舎から、迷宮都市にやって来たはいいが、到着すると同時に路銀ろぎんは底をつき……。

 これは不味まずいと、とりあえず迷宮に飛び込んだものの、迷いに迷い内部を彷徨さまようことおよ一月ひとつき……ついにダメかと思った瞬間、私と運良く遭遇したらしい。


 いや、出会ったこっちは不運なんだけどね……?


 まぁ、でも、これは案外拾いモノかもしれない……。

 表層とはいえ単身ソロ一月ひとつきも迷宮内で生きびられる運の強さと生命力、加えて迷宮生物をものともしない戦闘力。


 よしっ、決めた……これは私が引き取ろう。

 迷宮で拾ったものは人間だろうと財宝に違いない。それが迷宮都市という場所だ。

 ちょうど単身ソロでは近頃キツいと思っていたし……。手のひら返し上等じょうとうである。

 あと、この子なんでも素直に言うこと聞いてくれそうだし……。


「うん、贔屓ひいきにするよ。これからよろしくね、サクラコ」


「でち!」


 微笑ほほえむ私に、肉を頬張ほおばりながら笑い返してくる年端としはもいかぬ少女。

 さぁ~て、明日からも平凡へいぼんに頑張りますかねぇ、チェルカさん……。


 平凡たるチェルカと二刀流のサクラコ。のちにこの二人が迷宮都市の未踏破領域みとうはりょういき突破とっぱするのはまだ少し先の物語である……。


 ……to be continued?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平凡たるチェルカさん~封印迷宮都市シルメイズ物語~ 荒木シオン @SionSumire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ