6章「恋人ごっこ」

 「うん、やっぱりそうだわ」


ファーストフード店にて。椅子に座ってゆっくりしていた時だった。ことかが私の顔を見て首を縦に振って頷いている。何のことだかさっぱりわからない。


 「何がやっぱりそうなの?はっきり言ってよ」

 「いや、観覧車へ乗る前と表情や態度が全然違ったからさ。小田原って気持ちが顔に出るタイプなんだなと思っただけ」

 「え、そうかな...?」

 「絶対そうよ。だから小田原はポーカーフェイスになる努力をした方がいいかもね!ババ抜きとかやったらすぐに負けちゃいそう」

 「勝手に決め付けないでよ、失礼だ」


否定してみたが図星である。この間の文化祭のことを思い出すと頭が痛くなってきた。あの時は相手が委員長だったからあまりからかわれずに済んだが、もしあそこにことかがいたらと思うとゾッとした。きっとしばらくはネタにしてきたりするに違いない。


 「どうしたの?ムキになっちゃって。さては小田原、図星だったな?」

 「そ、そんな訳ないでしょ!決め付けはやめよう!?」

 「ほら、またムキになってる。やっぱりあんた面白いわねぇ、素直だからまるで子供みたい」

 「私は子供なんかじゃない」

 「どうかしらねぇ、素直なのは良いことだと思うよ?」

 「ことかに言われると嫌味にしか聞こえない」


ことかがニヤニヤしながら言ってきたので今日二度目の頬を膨らませて怒る。まったく、すぐ他人を下に見るような発言ばかりするんだから。何だかさっきまで彼女に告白した私がバカみたいである。ことかは私の言うことをスルーして話を逸らしてきた。


 「あ、そうだ。今度小田原と一度でいいからやりたいことがあるのよ」

 「やりたいこと?」


私は首を斜めに傾げる。今度は何を企んでいるんだろうか。ここは店内だから恥ずかしいことをするのは辞めてほしいんだけど、ことかは嬉しそうな顔をした。


 「告白後の記念として私とデートなんてどう?」

 「は?」


思わず私は素っ頓狂な声をあげてしまう。デートっていつから私たちカップルになったんだよ。確かに私はさっき観覧車で告白をしたが、恋人になろうとは一言も言っていない。勘違いするなと言いたかったけど彼女は首を横に振った。


 「デートという名の恋人ごっこだよ。楽しいと思わない?」


恋人ごっことは随分と斜め上な発言をしてきた。おかげで反応に困るではないか。一言で言えば、ただ単に普段通り友達と遊ぶだけというありふれた内容である。何故恋人ごっことかデートと名乗るのか、意味がわからなかった。


 「異論がないなら決まりだね!お互い空いてる時間があればいいんだけど...どうしようかしら?」

 「私はいつでも空いてるよ」

 「あぁ、そうか。あんたいつも暇してるって言ってたもんね。そういう私も部活を辞めたから時間はあると言えばあるんだけど、期末テストが近いから勉強しなきゃいけないんだよね。そうなると...12月25日にしましょ?」


 「12月25日?」


何か引っかかる月日だなと思いきや、よりによってクリスマスだ。リア充と混ざって私とことかは恋人ごっこをするなんて実に奇妙な光景である。やれやれ、変なところでロマンチストになることかに私は心底呆れた。


 「別にいいじゃない、案外楽しいかもよ?クリスマスに恋人ごっこなんて。少し恥ずかしいけど...」


最後にボソリと呟いていたが、聞かないフリをしておいた。自分で言っておいて恥ずかしいとか自爆してるじゃないか。この言いだしっぺめ、威勢だけはいいんだからまったく。


 「わかったよ、その日は予定空けておくからくれぐれも張り切りすぎて暴走しないでよね」

 「暴走なんてしないわよ。でも何処へ行こうかな...あ、ショッピングとかどうかしら?」

 「ことか、それを暴走と言うんだよ。クリスマスまでまだ1ヶ月先なのに先走りすぎだって」

 「そうかな?でも期末テストが終わったらあっという間に冬休みだよ。私だって良い成績とりたいから勉強しなきゃいけないし、それまで会う回数少なくなることを考えれば、今のうちに考えておいた方がいいと思うんだけど」


 「この優等生め」

 「あんたが要領悪すぎるのよ。あ、くれぐれも赤点とったから補習で行けなくなったとかやめてよね。私の彼女が勉強できないなんて、結構恥ずかしいんだから」


 「誰が彼女だ」


期末テストに関しては...正直前回の中間テストがどの教科もほとんどギリギリだったので危ない状況である。少しでもヘマをしたら赤点をとりそうなのが現状だ。恋人ごっこの為にも、今度委員長に勉強を教えてもらうことにしよう。彼女は勉強が嫌いだとこの間言っていたけれど、要領が良さそうなので何とかしてくれるはずだ。


 「まぁ、小田原なら何とかしてくれると信じてる気にしないわ、頑張ってね」

 「ありがと...あ、そういえばことかが恋人ごっこをするって言うならさ」

 「ん?一体何なの」


私はあることを閃いた。それは素朴な疑問なのだけれけど、この際せっかくだから言っておこう。反応も気になるし。


 「ずっと前から気になってたんだけど、何でことかは私のことを名字で呼ぶの?」

 「へ?」

 「中学のときに、ことかが下の名前で呼べって言ったから私は呼ぶようになったのに、これじゃあ不公平だよね?私が告白したんだから、これをきっかけに呼んでみてよ」


 「う...なかなか照れくさいこと言うじゃない!」


さっきの口づけと手を繋いだ仕返しだ。出会ってからずっと『小田原』と呼んでいたので絶対戸惑うと思ったが案の定である。恥ずかしがっている仕草を見て私は心の中でうっすらと不敵な笑みを浮かべた。


 「ささ、早く言ってごらん」

 「わ、わかってるわよ!うぅ...」


なかなか言えず沈黙が続いた。そんなに恥ずかしがるようなことじゃないだろうに。変なところでプライドが高いのは前から変わらなくて安心する。私は笑いを堪えるのに必死だったけど、頑張って言おうとしている相手に対して笑うのは失礼だ。半分からかうつもりで、もう半分は応援するつもりでいよう。


 「......一姫」


蚊が飛ぶような小さな声だった。すなわち耳を澄まさないと聞こえないので反応に困ったが、ここは冷静になるつもりが


 「え、ごめん聞こえなかった」


つい口元がニヤついてしまったので、わざと聞き返していることに気付かれたはず。ことかは顔を真っ赤にして俯いているからかなり面白い。本音を言えばもう一度聞きたいのだけど、ことかは顔をあげて怒るように言い放った。


 「一姫って言ったのよ!このひめりんがっ!」

 「ひ、ひめりんって...!その名前で呼ぶなー!」


まさか高校で呼ばれているあだ名がくるとは思わなかった。油断大敵、私は思わず声を荒らげた。周りの客からは迷惑かと思ったが、幸いにも店内にいる客は私とことか2人だけで助かった。やっぱりひめりんってあだ名は隠しておくべきだったか...!正直悔しいうえに恥ずかしい。


 「だってあんた高校ではそう呼ばれてるんでしょ?だったら何回も呼んであげるわよ、ひ・め・り・ん♪」

 「なんですって~!?ことにゃんの癖に生意気だ」

 「なっ!?ことにゃんとか...」

 「あ、ごめんごめん。あずにゃんの方がよかった?」

 「もう忘れろーー!!」


私たちはお互い顔を近づけてバチバチと睨み合っていた。これから口喧嘩が行われるような勢いだったけどそんなことはしない。私とことかは同時のタイミングで吹き出したあと、笑い合った。


 「あっははははは!あんたも変なあだ名ついちゃったねぇ」

 「そうだね~、『ひめりん』なんて高校以外の人に呼ばれると凄く違和感があるよ」

 「でもみんなから呼ばれてるってことは、それだけ親しまれてることなんだよ。大事にしなさいよね」

 「あんたがそれを言うか」

 「だって私のあだ名は特に流行ってないんだも~ん」

 「じゃあこれから『ことにゃん』って呼ばせてもらうよ?」

 「や・め・な・さ・い・!」

 「冗談だよ、冗談!」


こうやってことかと会話をするのが1番面白いなと感じると、その後はお互い顔を見合っていま一度微笑んだ。


 「(いつまでもこうしてずっと楽しく過ごせたらいいなぁ)」


と思っているのは、きっとことかも同じに違いない。

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姫は猫に告白を かるま裕亭春紫苑 @karma_1110

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