5章「好意」

 ①


 文化祭が終わり、ようやく慌ただしい日々から解放された。私が望んでいたはずの平穏の日々に戻ったはずなのだが、ことかのことで頭から離れられず気持ちが常に上の空だった。文化祭で見せた彼女の笑顔、真っ赤な顔で怒った時の表情が心に焼き付いてしょうがない。しかも決定打として物凄い近距離で顔を近づけられてキスされるかと思ったし...いけないいけない、思い出すだけで顔が真っ赤になる。恥ずかしくて死にそうだ。


普段他人に興味がない癖して、いかにも私らしくないから変な気持ちになる。何だか私が私じゃいないみたいで気持ちが悪い。授業中や休み時間になってもぼんやりした状態が続いてしまい、もはや末期症状なのではないかと疑いたくなってきた。誰かに相談するべきだろうか。


学校が終わってから、ことかと会おうとしてもまともに喋る自信がつかず結局モヤモヤした気持ちのまま真っ直ぐ家に帰ってしまっていた。あれ、私ってこんなにヘタレだったっけ。もし仮に会ったとして変なことを言ってしまい嫌われてしまったらどうしようかと不安が襲い掛かり物凄く怖かった。でもことかに会いたい。考えれば考えるほど葛藤が激しくなり頭がパンクしそうだ。


 「(はぁ、どうしちゃったんだろう私...)」


訳がわからぬままその繰り返しが続いた。



 翌朝、いつも家を出て学校へ行く道中近くのコンビニで昼食用のおにぎりや菓子パンを買いに行っているのだが、ぼんやりしすぎてうっかり買うのを忘れてしまった。仕方ない、今日は校内にある購買へ行くかそれとも学食で済ませようと思った時に委員長が声をかけてきた。


 「ひめりん、今日のお昼は教室?それとも学食かしら?」

 「え?今日は購買へ行くか、学食かで悩んでいたんですけど...」

 「それなら一緒に学食どう?ついでにお話したいこともあるし」

 「別にいいですけどお話とは?」

 「ここでは言えないことよ、早く行きましょ」


委員長は私の背中を押すようにまるで半強制で学食へ連れていかれた。一体何を企んでいるんだろう、委員長の意図がわからない。


 「ここが学食よ、ひめりんははじめてだったかしら?」

 「そうですね、普段はいつもコンビニで適当に買っているのではじめてです」

 「そう、それなら私が注文の仕方を教えてあげるわよ。毎日お昼は学食だから、大体のことはわかってるし任せなさい!」


入学してから初めて来たので右も左もわからなかったが、委員長という心強い味方がいたので助かった。1人だったら絶対おろおろして周囲に迷惑をかけていたに違いない。この時だけ委員長がより輝いて見えた。


 「ありがとうございます、委員長。学食のシステム全然わからなかったので助かりましたよ」

 「どういたしまして。また困った時があったら私に聞いてね」


と涼しい顔をして言うものだから実に頼りがいがある。辺りを見回してみると学食は思ったよりもお洒落で綺麗だから悪くはないと思った。機会があれば使ってみることにしよう。


 「で、早速なんだけど最近ひめりんは調子どう?」

 「え、調子はどうと言われても...私はいつも通りですよ?」

 「本当に?私はそんな風に見えないんだけど」


委員長は心配するかのように不安そうな顔をした。そう言われると自信がなくなってくる。


 「だってひめりん、文化祭が終わってから様子がおかしいんだもの。授業中いつも上の空だし、さっき4限目の世界史で先生に当てられてたけど、全く聞いてなくて注意を受けていたからね。まるでずっと何か考え事してるみたいだったよ」


 「うっ、鋭い...」


え、何この人怖い。授業中ずっと私のことを観察していたのかよ。この間の文化祭のことを思い出す。この人は私のことが好きなのか?そっちの方なのか?だとしたら勘弁してくれ...と、そんな冗談はさておき、これだけ見抜かれてしまっては言い逃れができない。打ち明けた方がいい気がしてきた。


 「何か悩みでもあるの?相談に乗るわよ、ひめりんと席が隣だから気になって仕方ないのよ」

 「あぁ、そういえば...」


だから委員長はすぐ異変に気が付いたのか。そういえばつい最近、席替えをしたんだっけ。他人の座席なんて全く把握をしてなかった。もしかすると委員長以外の周りの席の人も気付いていたのだろうか。だとしたら恥ずかしい話だ。思わず顔を真っ赤にしてしまいそうである。とりあえず落ち着こうと思い水を飲もうとした時だ。


 「あ、もしかしてこの間の文化祭で一緒にいた親友さんのことで悩んでるとか?」


私は思わず漫画のように勢いよく水を吹きだした後、ゴホゴホと咽た。噴き出した水が委員長の顔にかかるところだったぞ、危ない危ない。彼女はニコニコと笑っているがこちとら呼吸困難で死ぬところだったぞ、殺す気か。


 「どうやら図星みたいね、随分と面白そうな親友さんだとは思ったけど」


補足になるが文化祭が終わった後、教室へ戻ると案の定クラスの子たちからことかのことで根掘り葉掘り聞かれた。面倒くさかったのでほっといてくれと言いたかったが、あのとき人1倍の大きな悲鳴をあげていたのと、私の友達というのを思い出せば注目されて当然だった。くそ、私にまで恥をかかせやがって、あいつ覚えておけよ。その日はとりあえず『私の中学時代の幼馴染』とだけ答えておいた。


 「随分と濃い友達で驚いたわよ。で、その親友さんのことが頭から離れられなくなっちゃったとかそんな感じ?」

 「は、はい。委員長の言うとおりです」


もうこの人の前で隠し事はできないなと思った。洞察力が凄すぎる。私から先に心が折れてやむを得ず打ち明けることになったのだが、委員長はそのことで馬鹿にしたりからかったりしない人だと信じたい。仮にそんな意地悪なことをしてきたら『なんちゃって優等生腹黒女』という称号を与えてやろう。


 「フフフ、正直に言ってくれて嬉しいわ。以前は親友として付き合っていたのに、気が付けば心を惹かれるようになったんじゃないかと私は解釈してるんだけど間違いない?」


 「はい、恐ろしいほど全て当たっております。それはもう怖いくらいに」

 「やっぱりそうだったのね、わかりやすくて助かるわ。あなたはきっと嘘をつくことが出来ないタイプだろうね。あ、だからと言って怖がらなくていいからね?他の子たちにバラしたりはしないから」


委員長は苦笑いをしていた。若干失礼なことを言われたような気がするが今は気にしないでおこう。にしても心を惹かれるか。わざとではないと思うけど発言がストレートすぎやしないか?聞いているこっちまでも恥ずかしくなってくる。


 「気が付けば親友のことを目で追うようになった。笑顔や怒った顔が愛おしくて忘れられないとか嫌われたりしたらどうしようとか、2人だけの時間を多くでもいいから作りたい...こんなことを度々思ったことはあるかな?」


 「恐ろしいほど、委員長の言ってること当たってます。それはもう怖いくらいに」

 「『それはもう怖いくらいに』って言葉好きね...ひめりん面白いよ」


何が面白いのか全くもって意味不明だったが、まるで私の気持ちを読んでいるかのように全て図星で唖然としてしまった。まさか委員長って実は心が読めるエスパーなのか?そんな訳ないと思いたい。手を顎に当てて何か考えている仕草をする委員長を私はおそるおそる見た。およそ10秒くらいの沈黙が続いたが、委員長はようやく閃いたように私の顔を見ながらこう言った。


 「答えがわかったよひめりん、それはね好意を抱いている証拠よ」

 「好意?」

 「そうそう、英語では言えば"Love"ね。つまり、ひめりんは親友さんのことがたまらなく好きになってしまったってことよ」

 「はぁ」


正直腑に落ちない。私がことかをたまらなく好きになってしまっただと?中学時代からの幼馴染に対して気が付けば好意を抱いていたなんて実感がわかなかった。それに、ここ最近ぼんやりしていた原因が『好きだったから』なんて尚更変な話である。下手すればへそで茶が沸きそうだ。おかしくておかしくてたまらない。


 「それで、私は一体どうすればいいんです?」

 「実はこれ難しい話で、ここからは私の力じゃどうにかなる話ではないのよ、アドバイスをするからよく聞いてね」


委員長はこの間の時よりも饒舌のように感じた。何を言われるのか怖いけど少し興味がある。このままモヤモヤした状態で過ごすなんて勘弁だからね。委員長がお茶を少し飲んでからコホンと咳払いをする。


 「解決策は、親友さんに気持ちを伝えること。どんな風にと聞かれたら困るけど、何でもいいから相手に気持ちを伝えることが大事だわ。親友さんもその気持ちが届けば、ハッピーエンドの結末を迎えられると思うわよ。まぁ何というか、いわゆる告白ってやつだね」


 「告白...悪いけど私にそんな勇気ないですよ。失敗したら気まずくなりそうで怖いですし」

 「あっははは、確かにそうね。でも人生、時には考えすぎないことも大切なのよ、行動力というか勇気も大事。それに親友っていうのは面白いもので価値観や思想が合う人は喧嘩とかどんな衝突があっても残ってくれるものなのよ。心当たりはあるかしら?」


 「心当たり...あっ」


 「どうやらあるみたいね、それと同じよ。だから仮に失敗したとしても、ちゃんと親友でいてくれるはずだから安心しなさい。ただ、生半可な気持ちでするのはお勧めしないから辞めた方がいいかもね...って言おうと思ったけど、その様子からすれば必要ないか」


 「はぁ」


ちゃんと残ってくれる...といいんだけど、それにしても告白か。生まれてから一度もしたことがないので物凄く緊張する。今にも足がガクガク震えそうだ。不思議な気持ちになる。


 「私から言えることはそれくらいかな」


委員長は爽やかな笑みを浮かべながらアドバイスをしてくれた。今になって気付いたけど、この人は過去に告白をしたこともしくはされたことがあるのだろうか。何だか人生経験豊富であるかのように語っていたし相手の気持ちも理解してしまう。私と同い年でありながら彼女は数段と大人っぽく見えた。変な人ではあるけど、見習いたいものだ。


 「それじゃあ、この話はおしまいにしましょ。さもないと次の授業がはじまってしまうからね」


委員長はそう言いながらあっという間に食事を済ませてしまい、最後にお茶を一気に飲み干した。私は未だに変な緊張感が抜けず、食べ物を口にしても上の空だった。味がわからない。何だか委員長と2人だけ異空間にいたような気がして不思議な気分に浸っていた。


 「私はこの後、用事があるからお先に失礼するね、健闘を祈るわよ。あ、話は変わるけどこの後の理科の授業はひめりんの列が当てられると思うから、今のうちに準備しておいた方がいいわよ」


委員長は5限目の理科の授業に助言を残した後、足早に立ち上がるとその場を去って行った。私は元々勉強ができず全教科苦手なのだが、その中で最も苦手なのは理科と数学であり、この後の理科の授業のことを考えたら最悪な事態が待ち構えているので急いで教室へ戻ろう。だが、その前に私は慌てて後ろ姿で歩く委員長を大声で呼んだ。


 「ん、どうしたの、まだ何か悩み事でも?」

 「どうしてこんなに親切で丁寧に教えてくれたんですか?」


はぐらかされるのを覚悟して聞いてみる。すると委員長は笑顔で


 「あなたを見てると、ほっておけないからよ」


と意味深な返事をして足早に去ってしまった。委員長は普段社交的な人なのに、何故私だけ優遇して気遣ってくれるのだろう。彼女の性格を考えれば、これ以上のことを答えてくれそうにないだろう。やはり何処か不思議な人というのが魅力の1つだと思うけど。


 「うわ、委員長の奴。トレイ片付けないで逃げた...ズル賢すぎる...!」


私は溜め息をつきながら、2人分のトレイを洗い場に戻した後、教室へ戻った。



 ②



 委員長のおかげで午後の授業を無事に終え、家に帰ろうとした時である。


 「ひめりーん、今日暇!?」


後ろから乾さんがテンション高く私のところへやってきた。騒々しかったけど相変わらず元気そうで安心する。


 「うん、この後は特に何も予定はないよ」

 「じゃあさ、遊びに行かない?」

 「遊びにって何処へ?」

 「ちょっとそこまでだよ!遠くまでは行かないけど、一緒に来てくれればいいからさ!」


何だか上機嫌に誘われたので断るに断れず、今日の放課後は乾さんと遊ぶこととなった。ここ最近文化祭で忙しく遊ぶ時間なんてなかったので乾さんと遊ぶのは久しぶりなので楽しみだ。にしても今日は不思議な日だ。お昼は委員長と一緒にご飯を食べて放課後は乾さんと遊びに行く。ことか以外の人と遊ぶことはなかったから変な気持ちである。


 「早速行こうよ、少し付き合うだけでいいからさ」

 「う、うん。わかったよ」


私は言われるがまま乾さんと一緒に学校を出た。こうして2人だけで外を歩くのは文化祭の買い出しのとき以来である。


 「そういえば文化祭で一緒だった親友さんとは仲が良いの?」

 「腐れ縁だよ。中学入ってからずっと親しいし、お互い知り尽くしてる。そんな感じ」

 「そうなんだ~。ひめりん、普段学校にいる時とは違う顔を見せていたからビックリしたよ」


私とことかのことでクラス中に広まっていたことに驚く。実は以前にもあるクラスメイトから


 「ひめりんにも親しい友達いたんだ...!」


と失礼なことを言われたのを覚えている。どんだけ私に友達がいたことで話題になっているんだと問いたかったが、気にしても仕方ないので敢えて聞かなかったことにした。


 「でも昔の友達とこうして再会する、凄く嬉しい気持ちになるよね!それに何というか、買い出しの時に出会った人だと思わなかったよ。ひめりーん、今度会うときはくれぐれも忘れないようね?」


 「以後気をつけます...」


乾さんからジト目で睨まれた。そういえばあの日乾さんと一緒に行った買い出しの途中、ことかと再会をしたのも何かの縁だったと思う。その翌日、妹に言われて思い出さなかったら彼女とはそのまま赤の他人で終わっていたかもしれない。うわぁ、考えるだけでゾッとする。他人の顔と名前を覚える努力をしなくては。


 「よし、ここに入ろうよ」


乾さんに言われ目の前を見ると、カラオケやゲームセンターなどがあるアミューズメント施設だった。こういう場所はことか以外の人間と行くのは初めてなので何だか新鮮味を感じる。


 「あ、もしかして嫌だった?」

 「そうでもないよ、むしろ乾さんと一緒なら歓迎だね」

 「それは嬉しいよ!まず最初カラオケ行こう!」


乾さんの提案で私は首を縦に頷いてお店へ入った。しかしカラオケなんて久しぶりだな、中学時代に数回程ことか含めた部活仲間達と一緒に行ったのを思い出す。


 カラオケは4階だったのでエレベーターに乗ってフロントへ着くと、乾さんは私に何も相談せず店員に人数と利用時間を伝えて手続きを済ませた。彼女がこういうのに慣れていたのは助かる。たまに1人で行ったりしているのだろうか。


 「部屋、401だから行こうか」


乾さんはマイクとコップが入っている小さい籠を片手に持ちながら言う。私は歌に自信がないけど、とりあえず今日は乾さんとカラオケを楽しむ事にしよう。彼女と一緒ならきっと歌いやすいからね。







 「ふぅ、ひめりんと一緒に色々と歌えて楽しかったー!」


利用時間が過ぎたので部屋を出ると乾さんは満足気な顔をしている。私も久しぶりに色々な曲が歌えたのでスッキリした。今度はことかを誘って行ってみようかな。


 「こっちも楽しかったよ、ありがとね」

 「うん、ひめりんも楽しそうでよかったよ。また一緒に来よう!」


乾さんは笑顔で嬉しそうに言うから私も同じ気持ちになる。今日は乾さんの元気な表情が目立つのでこちらも楽しい。流石クラスのアイドル的存在だ。彼女は人を癒す才能があるんだと思う。


 「それじゃあ最後、ゲームセンターに付き合ってくれない?ちょっと寄りたい所があってさ」

 「別にいいけど、何をするの?」


乾さんもゲームセンターでよく遊ぶ人だったか。私の周りはゲームセンター好きな人多いなと思う。私はそれほど好きという訳でもないのでその辺りは共感しにくかった。


 「欲しい物があってね~、今度こそはそれを狙おうと思ってるんだ!」


乾さんは腕を鳴らしながら張り切っていた。おそらくUFOキャッチャーのことだろう。私も前に一度やってみたが全く取れず、お金の無駄だと思ってすぐに辞めてしまった。きっと乾さんは上手いんだろうな。


 ゲームセンターは1階から3階までのフロアにあるので、エレベーターを使って降りると私達とは違う制服を着た高校生や、柄の悪いヤンキーが集まって遊んでいた。まるで魔境のように見えてしまい絶対乾さんの後ろ姿を見失わないようについていった。はぐれたら一巻の終わりである。


 「うん、この機械だ」


乾さんは確認をした後に財布から100円玉を取り出しそれを入れた。機械を見てみれば、某キャラクターの小さなぬいぐるみがここから出してくれと言わんばかりにたくさん詰まっている。やり方に目を向けると1回100円か、中には1回200円なのもあるから安い方だろう。私はお金を使いたくないので乾さんの勇姿を見届けることにした。


 「よーし、今度こそ取るぞー!」


乾さんは張り切るように100円玉を1枚入れ、馴れた手つきでボタンを押してクレーンを動かす。あぁ、これは何度か操作している動きだ。私の思っていた以上にかなり上手みたいだ。


 「え、2つ取り...!?」


驚きのあまり思わず声に出してつぶやいていた。クレーンは2つのぬいぐるみを掴み、それを見事穴まで運び下に落とした。いわゆる神プレイってやつだ。ここまで上手だなんて思わなかったから目を丸くしてしまう。乾さんは歓喜のあまり、両手をあげて万歳をしている。


 「やったー、2つ取りできたー!嬉しいー!」

 「凄いね...1回目で取れちゃうなんて」

 「そんなことないよ~。マグレだよ、マ・グ・レ!」


だが、乾さんの顔は歓喜に満ち溢れている。言ってることと表情が矛盾していた。照れ隠しのつもりだろうけど、隠しきれてないのが可愛い。すると2つぬいぐるみを取り出し、彼女は1つぬいぐるみを私の前に渡してきた。


 「はい、これはひめりんにあげる!」

 「え、そんないいよ。乾さんが取ったんだからさ」

 「遠慮しなくていいよ。2つもいらないし、付き合ってくれたお礼だよ!」

 「そ、そこまで言うなら...わかったよ、ありがとね」


ここはお言葉に甘えて受け取ることにしよう。よく見れば可愛いし、乾さんに貰った記念としていつも寝ている部屋のベッドに置きたい。私は乾さんにお礼を言ってぬいぐるみを手に持った。


 「お礼なんていいよ、私はもうやることは済ませちゃったしそろそろ帰ろうか」


時計を見てみたら19時を回っていた。ここのゲームセンターは高校生が20時以降の入場は禁止されているうえに、夜遅くまで女の子2人だけいたら、おかしな男に絡まれそうで怖い。2人して店を出ることにした。カラオケとゲームセンターに来ただけなのに、時間が経つのをすっかり忘れていた。それくらい楽しかった。


 「今日は楽しかったね。付き合ってくれてありがとう!」

 「ううん、こちらこそありがとね。久しぶりに遊べて楽しかったよ」


 帰り道、乾さんと私は2人で会話をしながら歩いていた。外はすっかり真っ暗になっているうえに寒い。季節はもうすぐ冬を迎えるみたいだ。これからもっと寒くなるのかと思うと、正直勘弁してほしい。


 「それにしてもよかったよ、ひめりんが楽しんでくれて」

 「えぇ~、その言い方だと私いつもつまらない人みたいじゃん」

 「だって近頃のひめりん、ぼーっとしてることが多くて近寄りにくかったし何か悩み事でもあったのかな?なんて思ったからさ」

 「悩み事...」


うっ、頭が...なんて言いたかったけど、今日のお昼に学食で委員長に指摘されたことを思い出す。もしかすると乾さんも察しがついているのかもしれない。彼女にも打ち明けた方がいいのだろうか。


 「そのことなんだけど...」

 「別に言わなくていいよ。好きなんでしょ?親友さんのこと」

 「うっ...」


勇気をだして言おうとしたが既にバレていた。どストレートに言われるとかなり恥ずかしい。


 「あれだけ仲良かったら大体の人が気付いちゃうよ~、腐れ縁なんて言ってたら尚更察しがつくし」

 「だ、大体の人が気付いてるとか...そんなやめてよ」


おいおい、ほとんどのクラスメイトが気付いていたなんて悩んでいた私がバカみたいじゃないか。だから委員長が代表としてやってきたのか?そうやって解釈してみると辻褄が合うから尚更だ。


 「だからさ、ひめりん。無理して大切にしようと思わなくていいんじゃないかな。思ったことを言える関係であれば、お互いうまくいくはずだよ」


乾さんは優しそうな笑顔を見せる。思ったことを言える関係か。そういえば、最近の私は難しく考えすぎてもし嫌われたりでもしたら怖いと考えていたな。それまでは本音で言い合えた仲だったから、こうして上手く関係を築けたんだと思う。


 「ありがとう乾さん。ちょっと私、臆病になってたかもしれないけど今度思いを伝えてみることにするよ」

 「おぉ、そっかー!それはよかったよ~」

 「乾さんのおかげだよ、助かった」

 「私のおかげだなんてそんな大げさな~、照れちゃうよ」


私が笑顔で言うと、乾さんも顔を赤くして照れ笑いをする。一瞬乾さんに好きだと言いたくなったが、本末転倒なので辞めておくことにしよう。


 「それじゃあ、私の家はこっちだからここで解散だね」

 「うん、また明日。うまくいくといいね。あ、それと前から思ってたんだけど...」

 「どうしたの?乾さん」


ちょうど分かれ道になり、さよならをしようと思った時である。乾さんがもったいぶるように話しかけてきた。彼女の顔を見てみれば若干俯いてるので何事かと思い気になった。


 「私のこと『イヌっち』って呼んでよ。みんなそうやって呼んでるし、ひめりんだけその名前で呼ばないから何だかよそよそしくて...」

 「え、あ、そういえば...」


自分のあだ名もそうなのだが、あだ名というものは何だか恥ずかしくて呼ぶのに抵抗があった。いざ指摘されると余計に恥ずかしくなってくる。なお、『ことにゃん』の時は悪ふざけで呼んでいただけなので例外だ。


 「私だって『ひめりん』って呼んでるから、私のことも『イヌッチ』って呼んでくれたら嬉しいよ」

 「わ、わかったよ。その...イヌっち...」 


思わず蚊が飛ぶくらいの小さな声になってしまったが、私なりに頑張って呼んだつもりだ。どういう反応をするのか気になり、顔をゆっくり見てみると彼女は嬉しそうな表情をしていた。


 「うん、私もひめりんにあだ名で呼ばれて嬉しいよ!ありがとう!」

 「そんな喜ぶことじゃないでしょ」

 「私は凄く嬉しいよ!ずっとそう呼んでね。ひめりん」


私は苦笑いをしたが、乾さんは凄く嬉しそうだったのでこれ以上難しく考えるのは辞めることにした。きっと今のあだ名が相当気に入っているのだろう。彼女が嬉しそうな表情をすると、また私も同じ気持ちになった。不思議な気分である。


 「それじゃあひめりん、また明日ね!今日はありがとう、もし困ったことがあったら私のところにきてね。いつでもあなたの味方だから」

 「うん、ありがとう乾さん...じゃなかった。イヌっち」


なかなか頼もしいことを言ってくれるではないか。心強い味方がいてくれて励みになる。私はお礼を言いながら手を振り自宅へ向かうことにしたのだった。





 翌日、私はことかに告白をすることを決心した。『いつ』・『どの場所で』・『どうやって伝えようか』は昨日帰宅した後、ずっと自分の部屋で考えたので問題はない。後は放課後に電話で伝えるだけなのだが、その前にやらなければいけないことがある。私は4限目が終わり昼食の時間を迎えると、早速委員長の所へ向かった。


 「あら、ひめりんじゃない。どうかしたの?」

 「いえ、実は委員長お礼を言いたくてですね...」


照れくさいが、昨日私を助けてくれた恩人だ。委員長とイヌっちのおかげで告白する決心がついたようなものだから、せめてお礼だけは言いたい。


 「昨日のことなら結構よ」

 「え?」


思わずキョトンとしてしまう。それに昨日のような饒舌だった委員長とは違いクールな態度だから戸惑った。あれ、この人いつもこんな感じだったっけ。


 「告白するんでしょ?顔見てすぐわかったわよ」

 「顔見て...あっ」


そんなに私は表情に出やすいのだろうか。もしかしたら無自覚で感情的になりやすいタイプなのかもしれない。気を付けなければ...


 「昨日と今日で、まるで別人のように顔が違ったからよ。まぁそれはいいとして、決断すること。これが最も大事なことよ。昨日のひめりんは随分苦しんでいるように見えたから、私が助け舟を出しただけ。だからお礼なんていらないわよ」


委員長は昨日と同じ爽やかな笑顔を見せて私に言った。その表情を見て安心をする。その優しい性格こそが本当の委員長である。


 「うん、頑張って気持ちを伝えてくるよ」

 「頑張ってね。あ、それと告白の結果報告もしなくていいからね?」

 「何ですか、それ」


私と委員長はお互い苦笑いをすると、後ろからイヌっちの声がした。


 「ひめりーん!一緒に食べよ...って、何やってるの?」

 「ううん、何でもないよ。乾さん...じゃなくてイヌっち」

 「もしかして、委員長と一緒に食べる約束をしていたとか?」

 「別にそうじゃないよ、今日もコンビニでおにぎりと菓子パン買ってきたしさ。後は飲み物買うだけ」


私は手に持っていた昼食用の入ったコンビニの袋をイヌっちに見せる。普段は彼女と一緒に教室で昼食をとっているのだが、イヌっちにも後でお礼を言わないとな。すると、委員長は


 「イヌっちもひめりんにお礼なんていらないよねー」

 「何のこと?」

 「何でもないわ、私もいつか女の子同士で付き合ってみたいものね。それじゃ、私は学食へ行くよ」


なんて手を振りながら教室を去ろうとするが、その後ろ姿は勇ましくて格好よかった。ただ、唯一の心残りは委員長の本名を知っていればよかったということだ。仕方ない、今度きっかけがあればイヌっちに教えてもらおう。


 「委員長と何を話していたの?」

 「うん、ちょっとね。いや、イヌっちにもお礼言っておかなくちゃね。昨日はありがとう、今度、ことかに告白するよ」


イヌっちは最初、私の言っていることがわからず首を傾げていたが、すぐに思い出してくれた。彼女は笑いながら


 「なんだ、そういうことかー!別にお礼なんていいよ別に」

 「でも昨日は助かったよ。おかげで悩みが解消したし嬉しかった」

 「私はただひめりんが困っていたから手助けしただけだよ。大したことじゃないって!」


イヌっちはさっきの委員長と似たようなことを言った。私からすれば、この2人がいなければ今でもずっと悩んだままだったので、恩人のような存在だ。2人とも口を揃えてお礼なんていらないとは、なかなか優しいことを言うではないかと思う。


 「でも、ついに告白するんだね!どうやって伝えるつもりなのか教えてくれないかな?ちょっと気になるよ~」

 「恥ずかしいから小声でいい?」


頭をポリポリ掻きながら私は苦笑いをする。告白の計画は大体練ってあるので、まず乾さんに確認としてそれを伝えてみることにしよう。


 


  ④




 学校が終わり帰宅をして今は自分の部屋にいる。スマートフォンを片手に持っているが指が物凄く震えている。


 「(待ち合わせ場所の伝え方は...電話でいいか)」


面と向かうのも恥ずかしいしメールは普段打たないからやり方がよくわからない。それにスルーされると思うと怖くてできないので、残された選択肢は電話しかなかった。うまく伝えることができるか不安で仕方ない。


だけど、クヨクヨしていてもしょうがないのでとりあえずことかに電話をすることにした。ゆっくりとアドレス帳のアプリを開いて「通知」ボタンを押すと5回目のコールでようやくでた。話すのは文化祭のとき以来なので、随分とご無沙汰である。この時から既にドキドキは収まらなかった。


 「もしもし、小田原?」 

 「ひ、久しぶり...だね、ことか。元気だった?」


第一声は何を話したらいいのかわからず、ぎこちなかった。あれ、普段ことかとは一体どういう感じで会話をしていたんだっけ。おかしいな、長年の付き合いなのに忘れてしまった。ことかの声を聞いていたら余計に緊張してしまい冷静さが保てなかった。


 「私は元気だけど、いきなりどうしたの?」


ことかは思ったことをすぐ口に出すので、私の異変に気付いて指摘されるのが怖かった。だが、今のところ何も反応はなくて安心した。いや、敢えて何も言わなかったかもしれないが、これ以上考えてもらちがあかない。本題に入ろう。


 「それは...今度の土曜日、空いてるかなと思ってさ」

 「土曜日?別に大丈夫だけど」

 「それはよかった、だったら13時頃に駅前で待ち合わせしない?久しぶりに会おうよ。その、話したいことがあって」

 「話したいことって何なのさ」


ことかが笑いながら聞いてきた。ただ一言聞かれただけなのに思わず大袈裟にギクリとしてしまう。この段階で告白と言ってしまったら、きっと笑われるに違いない。何でもいいから適当に誤魔化そうと考えたが、特に何も見つからないので諦めた。このまま沈黙になるのもかえって怪しまれる。どうしようか悩んでいると、ことかから話を進めてきたので助かった。


 「私を脅かすつもりなら、お断りよ」

 「え...?そ、それはないよ!絶対にそんな悪戯として呼ぶ訳じゃないから!お願い!」

 「あっはははは!冗談よ冗談。あんたが珍しく真剣だからさ、からかってみたのよ。ごめんごめん」

 「ことかの意地悪...」


私は頬を膨らまして怒る。こっちは終始真剣なのにそんな態度はないだろと思ったが、私の異変に気付かれたか。でも告白するというのはバレていないので悟られないように私から話をまとめてしまおう。


 「話したいことは当日になったらのお楽しみでいいからさ、それでいいかな?」

 「ふーん、まぁ小田原の反応を見てたらなかなか気になる内容だし、楽しみにしておくわ!」

 

電話越しであるが、ことかがニヤニヤした顔で言うのが思い浮かんだ。またもやふざけた態度にイラっときたが、告白だと気付かれなかったので良しとしよう。そろそろ電話を切りたい。


 「土曜日はずっと空いてるから大丈夫だよ、13時に駅前よね?わかったわ、楽しみにしてるよ」

 「うん、私も待ってるから」


私は急いで通話を切った途端、目眩と吐き気が襲いかかった。心臓の鼓動が異常に早くバクバクと鳴り出す。


 「ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ...!!」


何だか身体まで物凄く火照ってきて怖い気持ちでいっぱいだ。まだ告白すらしてないのに、こんなので大丈夫なのだろうか。心配である。


 「で、でも委員長やイヌっちを裏切る訳にはいかないし...ここで逃げたりなんかしたら...!」


頭がクラクラするけど私の数少ない友人の顔を思い出したら楽になった。自分を追い詰めるのは趣味でないが、ここで逃げるような真似をしたらずっと後悔するに違いない。どんな結果であれ、ちゃんと気持ちを伝えなければ。私は腹をくくった。



今週の土曜日、13時、駅前集合。


そしてその後。私は東ことかに告白をすることに決めた。




 ⑤




 土曜日当日。私は早めに家を出ることにした。


 「待たせるのも悪いし、せっかく大事なことを伝えるんだから...」


普段ことかと遊ぶときは、いつも私が遅れて来るけど今日は特別だ。彼女を驚かせてやろうという考えでもある。約束の時間15分前に駅前で待つことにした。しかし今日はいつになく風が冷たい。


 「さ、寒い...!」


服装もなるべく暖かい格好をしたはずなのに、いつから私は寒がりになってしまったのだろう。きっと武者震いだと思いたい。なんたって、これからとある場所でことかに告白をするという大事なイベントを控えている。緊張して当然だ。


と自分に言い聞かせた。


 「場所は繁華街にある観覧車で、そのまま気持ちを伝えれば大丈夫なはず...!」


先日、イヌっちと一緒に昼食をとった時のことを思い出す。このことを彼女に伝えてみたら、


 「凄くロマンチックだね!でも何を言うか覚える必要なんてないよ。思ったことをそのまま伝えれば必ず相手に届くよ!」


嬉しそうに褒め言葉とアドバイスを貰ったので実に頼もしい。後は無事にそれを実行できるかどうかである。にしてもことかのやつ遅いなぁ。早く来いよと思いながら両手に息を吹きかけて暖めていると、ようやくことかがゆっくりと歩いてこちらに気付くと驚いた顔をしていた。


 「おはよう、ことか。待ちくたびれたよ」

 「いや、あんたが早すぎるのよ。どうしちゃったのさ」

 「失礼な、私だって早く来る時はあるよ。待ってる間は寒かったんだから」


ことかは集合時間を間違えたのかと疑ったのか、思わず腕時計を二度確認をする姿が面白かった。そこまで珍しいかよ。唖然とした態度を見せた後、今度は無言のまま私のことをじっと見た。


 「ど、どうしたの?ことか」

 「べ、別に何でもないわ。小田原にしては、今日はお洒落してきたんだなと思ってね」

 「うん、今日は特に頑張ったんだ」

 「いつも服装には大雑把というか無頓着なあんたが珍しいじゃない、これからどうするのか知らないけどさ」


一方のことかも、私よりお洒落で暖かい格好をしている。彼女も中学生の時はボーイッシュな服装が目立ってたのに、高校生になると見違えるほど女の子っぽい姿に変わって驚いてしまう。今の方が断然可愛い。


 「まぁいいわ、この後どうするの?私、ここへ集合してとだけしか聞いてないんだけど」

 「あぁ、うん。そうだね、...って早速悪いんだけど一度喫茶店か何処か何でもいいから暖かい場所へ入らない?外が寒すぎる...」

 

さっきから凍えるほど体が震えて仕方ない。このままでは風邪をひいて倒れそうな勢いだ。ことかは呆れるように苦笑いをしながら賛成をしてくれたので、駅前にある近くの喫茶店へ入ることにした。土曜日のお昼時なので混雑するかと思ったが、案外そうでもなくすんなりと店内の椅子に座ることができた。店内はかなり暖房が効いていたので暖かい。まるで天国だ。


 私とことかの2人は家を出る前に朝食(昼食)を済ませていたので、ウエイトレスにホットコーヒーを注文することにした。コーヒーがくるまでの間、何を話していいのかわからかったので非常に気まずかった。こういう時はどうすればいいんだろう。


 「ねぇ、この間電話で言ってたけどさ。話したいことって一体何なの?」


その矢先に、ことかから口を開いた。しかもよりによって1番聞いてほしくなかったことだ。空気を読めよと言いたい。


 「うっ...先にそれを聞いちゃうか」

 「ここでは言いにくいこと?」


私は俯きながらゆっくりと首を縦に振って頷く。流石にこのタイミングで告白するのは場違いだ。言ったところで信じてくれないと思う。できれば早く言ってスッキリしたいけどここは我慢だ。


すると、丁度運良くさっき注文したホットコーヒーをウエイトレスが持ってきてくれた。湯気がたっていていかにも熱そうで、猫舌な私はすぐに飲むことができなかった。しばらく両手に持って悴んだ手を暖めることにしよう。ずっと外にいたから冷たくて仕方ない。一方のことかは3回ほど息をふぅふぅ吹いて冷ました後にコーヒーを口にした。彼女は猫舌じゃないのか。これでは『ことにゃん』の名称が矛盾してしまうではないかと心の中でツッコミを入れておく。一口だけ飲んだ後、ことかはカップをソーサーに置いてようやく話の続きをしてきた。


 「わかったわかった。場所を変えてまた後で聞くから、変なこと聞いて私が悪かったよ。それよりもこの後、どうするの?」

 「近くにある観覧車に乗って話したいことがあるんだけどいいかな...?」

 「観覧車って、あの繁華街の中にある大きな観覧車のことだよね?」

 「うん、あそこの有名な観覧車」


繁華街の中にある観覧車とは、デートスポットとしても有名でそこから見る景色は眺めが良くて綺麗だと評判だった。そこを選んだ理由は密室の中であれば邪魔者は現れないだろうし逃げ場もない。告白にはうってつけの場所だからである。ちょっと恥ずかしかったけど、他に候補もなかったから仕方ない。


 「そこへ行ってあんたが何をしたいのかわからないけど...私は付き合うよ」


何やらことかがソワソワし始めた。もしかしたらバレてしまったかと思ったが、すぐ冷静になっていたので安心した。そろそろコーヒーも飲める頃になり、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ました後に飲んだ。まだちょっと熱いが飲めなくはない。それにしても暖まるなぁ。思わず笑みを浮かべてほっこりする。


そんなことを思っていると、何やらことかが私のことをじっと見ていた。何か言いたげそうな顔である。


 「どうしたの、ことか」

 「いや、随分と美味しそうに飲むなと思って」

 「そ、そうかな...」


いきなりおかしなことを言われた。そんなことで褒められたのは生まれてはじめてである。いったい何を考えているんだと疑問に感じ首をかしげたが、気が付くとことかはコーヒーを既に飲み終えていた。カップの中が空だったのを見て驚いた。私も早く飲まなければ。


 「別に焦らなくていいよ、舌でも火傷したらどうするの」

 「いや、そうだけど...早く観覧車へ行って大事な話したいのもあってさ...」

 「ふーん」

 

ことかは興味なさそうに返事をする。この時、何を思っていたのか私にはわからない。そのうえ、お互い何か話そうとしても話題が見つからず、気まずい空気になっていた。ことかもいつものように何か話しかけてきてくれたらいいのにと思ったが、私も人のことは言えない。早くコーヒーを飲み終えて喫茶店を出ることにしよう。さもないと、この空気に耐え切れず胃が痛くなってしまいそうだ。


 「それじゃあ、そろそろ店を出ようか」

 「ん、あぁ、そうね」


ことかは言われて気付くように反応をする。普段私と違ってぼんやりする性格じゃないのに。だが、これ以上長居していても状況は変わらないので私から先に立ち上がった。会計を済ませ、店を出ようと扉を開けて外に出た時である。


 「うわ、寒...!」

 

 店内が異常に暖かったせいで余計に寒く感じた。ヤバイ、また体がブルブルと震え出してきた。多分この後のことで緊張をしているのもあるのだろうけど、とにかくさっきよりも寒くて凍えそうである。


 「ちょっと小田原、大丈夫!?観覧車まで歩くのキツイなら、タクシー使う?」

 「ありがとう、ことか。私は大丈夫だよ。歩いていこう」


私の震えてる姿を見てことかが、タクシーを使おうかなんて言うから面白い。そこまで気遣いするなんてらしくない。しかもお互いお金持ってないことくらいわかっているだろうに。普段は毒舌なのに根は優しいのは変わらなくて安心した。


 「あんたが言うなら歩くけど...無理しないでね?」

 「うん、ありがとう。だけど歩いてすぐだと思うから早く行こう」 


ことかは心配そうにしているが、ここから観覧車までは歩いて8分程しかかからないので問題ない。歩いているうちに暖かくなるだろう。だが、観覧車へ着くまでも会話が一切なかった。実に距離が長く感じる。いつものように話しかけてくれればいいのだけど何だか不気味に感じた。


 「さ、着いたよ。観覧車に」


そんなこんなで、観覧車へ着いた。繁華街の中心で一際目立つ場所に立っているので、目の前で見ると物凄く大きく見えた。私が生まれてまだ一度も乗ったことがないからなのもあると思うが、これからきっと思い出の場所として刻むことになるのは確かだろう。


 「ことか、一緒に乗ろう」

 「わかった...」


2人してずっと見上げているのも寒いだけだったので早く乗ることにした。私はことかの腕を引っ張って乗車口へ向かうことにした。


 「そんな急がなくていいのに」


手を引っ張られたことかは笑っていたように見えたが、私は何も返事をせず前しか見ていなかった。一体どんな表情をしていたか覚えていない。この日は土曜日にも関わらず空いていたのでスムーズに乗ることができた。しかし、いざ告白をしようと思うと酷く胸がいつも以上にドキドキしてしまう。観覧車はこれから登っていくところである。


 「(落ち着け、私...!)」


窓越しであるが外を眺めながら深呼吸をした後、勇気をだして向かい側の椅子に座っていることかに伝えることにしよう。


 「お話って何なのさ。わざわざ場所を選んでまでだから凄く気になるよ」


ゆっくりと振り向けばことかはお行儀よく座って私を見ている。準備は万全だ。私は勇気を振り絞る。


 「実はね私...その、ことかが好きです。気が付いたらあんたのことばかり考えていて頭から離れられなかった。だから何て言えばいいのかわからないけど、これからもずっと私の親友として付き合ってください!」


最後に私は思い切り頭を下げた。しばらくの間、沈黙が続いたのでことかの反応が怖くて顔を見ることができなかった。だけど、言いたいことを言えたので不思議と清々しい気持ちになれた。ところが、いつまで経っても返事がこない。どうしたんだろうと思いおそるおそるゆっくりと頭を上げて見てみると体が小さく震えている。最初は泣いているのかと思った。


 「こと...か...?」


私からゆっくり話しかけると、次に口からプッと吹き出す声が聞こえたのでキョトンとしてしまう。この表情は多分笑っているのだと思うが、いったい何がおかしいのかわからない。すると我慢できなかったのか、次に大爆笑をしたのである。


 「あっははははは!!何それ、親友として付き合ってくださいだなんて。喫茶店のときからずっと気になってたけど、緊張して損したわ!」

 「え...?」


あの、思ってたのと反応が違うんですけど。てかせっかく勇気をだして告白したのに何故笑われなきゃいけないんだ。ちょっとは空気を読めよと言いたかったが、ようやくことかは落ち着いた後に言い訳をしてきた。


 「ごめんごめん、小田原がそんなこと言うなんて思わなかったからついついおかしくて。しかもなかなか斬新な告白だったからね、ビックリしただけよ」


 「むっ、私はずっとこのことで悩んでたんだぞ。それで勇気をだして告白をしたのに笑うなんて失礼だ」


つい頬を膨らませてことかを睨みつけた。わざわざ委員長やイヌっちの力を借りたのにまるで私がバカみたいじゃないか。今までの悩みや苦労を返せと言いたい。


 「フフフ、確かに失礼だね。だからお詫びをするよ。顔近づけて」

 「?」


よくわからないまま私は顔を近づけると頬にくちづけをされた。思わぬ不意打ちに動揺を隠しきれずに顔が赤くなってしまう。


 「ちょ、いきなり何するのかと思ったら...!」

 「あっははは!怒った顔もそうだけど今の顔も十分可愛いよ!私の方こそ、これからも親友としてよろしくね!」

 「...イマイチ納得いかないけど、よろしく」


私はそっぽを向きながら言う。返事が想像したのと違ったうえにまさか口づけをされるとは思わなかった。これではまるで私の立場がない。


 「ねぇねぇ、小田原はどうして私に告白しようと思ったのか詳しく聞かせてよ!観覧車も丁度てっぺんだしまだ時間があるからさ。物凄く気になるよ!」


 「うぅっ、恥ずかしいからやめてくれ~!」


観覧車を降りるまで、どうやら私は質問攻めの嵐をくらうことになりそうだ。やれやれ、返答次第ではずっとネタにされるんだろうなと思うと外にいた時までとは違う寒気を感じた。



 ⑥



 「なるほど、そういうことだったのね!ご丁寧に説明してくれてありがと!」


 ことかはうんうんと首を縦に頷いている。何処から話せばいいのかわからなかったので、とりあえず文化祭後のモヤモヤした気持ちから委員長やイヌっちのやり取りのことまで丁寧に話すことにした。逆に丁寧すぎてしまったではないかと自分自身でも思ったが、嘘をついたり省いたりしてしまうと怪しまれそうだったので全て正直に言わざるをえなかった。もう知らん、何とでも言ってくれ。


 「でも、高校入って小田原にも友達と呼べる友達ができたから正直安心したかな」

 「もう、すぐそうやって嫌なこと言う。私だって1人か2人くらい友達いるよ!」

 「中学のときは、私しか友達と呼べる人がいなかった癖して何言ってるの。少しは私やその友達に感謝しなさい」


ことかは意地悪そうな笑みを浮かべながら言う。確かに中学時代の友達は誰だったかと言われて思い出してみると、ことか1人しか思い浮かばなかった。しかもつい最近その友達の顔と名前を忘れていたなんて、どんだけ私は他人に興味がないんだと自己嫌悪したくなってくる。こんな鳥頭な私でごめんね、ことか。これからも迷惑かけると思うけど。


 「でもね、さっきの告白は嬉しかったよ。あんたにもそういう感情があるんだなって」

 「わ、私だって好きな人くらい出来るよ...!ことかだけなんだからね、生まれてはじめてこういうこと言うの」


私は気が付けば顔を赤くして恥ずかしいことを口走っていた。マズイ、また笑われる。もうヤケクソだ、何とでも言ってくれ。


ところが、ことかは優しそうな笑みをすると


 「それ聞いて尚更嬉しくなったわ。ではいま一度改めて、これからも東ことかをよろしくお願いします」


と言った後、ことかは私の肩に顔を寄せてきた。そういえばさっきまで座っていた場所は向かい側だったのに、いつの間にか隣同士になっていたことに気付いた。告白する前も恥ずかしかったけど、これはこれで照れくさかった。何だか顔が熱い。きっと私の顔は食べ頃なリンゴと同じくらい真っ赤な色をしているんだろうなと思いつつ、返す言葉を必死になって探していた。


 「こ、こんな私だけど...これからもよろしくお願いします」


顔を下に向けて囁くようになってしまったので意地悪で聞き返されるのかと思ったが、ことかは何も言わずさっきよりも嬉しそうな表情をしていた。きっと彼女なりの返事だと受け止めておこう。


しばらくすると、観覧車は1周したので係員が扉をあけてきた。流石に他人に見られるのは恥ずかしかったのか、ことかは私から離れてすっかり普通の状態に戻っていた。切り替えが早いからさっきの態度は夢だったのかと思えてしまう。正直ずっとこうしていたかったけど仕方ない。私たちは外へ出ることにした。観覧車の中にいる時が長く感じてしまい、外に出てみると目の前の繁華街の景色が新鮮に見えた。まるで私とことかを歓迎するかのように明るく。


 「ねぇ、これからどうする?」

 「そうねぇ~」


私は隣にいることかを見て言うと彼女も悩んでいた。夜になるまで時間があるので暇になってしまった。


 「それじゃあ、適当にファーストフード店でも行きますか!」

 「そうだね。外は寒いし、また暖かい飲み物でも飲もう」


私とことかは見つめ合った後、ともに苦笑いをした。買い物やアミューズメント施設等の選択肢もあったけど、お互い行く気になれず軽食ついでに駄弁ることに決まった。お互いアルバイトもしてないからお金ないからね。


 「ねぇ小田原、折角だから試しに手を繋いで歩いてみない?」

 「え、そんな恥ずかしいよ...」

 「いいじゃない、恋人ごっこだと思ってさ!てかあんたが世間体を気にするなんて珍しいじゃない。どうしちゃったのさ」


ことかは私の手を握って歩き始めると私の足も自然と動いた。最初歩く時は周りの目が怖かったけど案外歩いてみれば誰も物珍しそうに見ていたということはなかったので安心をした。


というより、観覧車を降りてから何だかことかの様子がおかしい。さっきからずっと嬉しそうな表情をしているし、私を振り回しているみたいで正直言えば苦手だった。告白以降、こんな感じが続くのだけは勘弁してくれと思いながら、一緒に手を繋いで繁華街を歩いたのだった。

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