4章「変化」

 ①


 翌日。この日から文化祭の準備が本格的になりはじめた。それはもう死ぬほど多忙の毎日が続いた。この地獄の準備期間があと2週間も続くなんて思うと余計に憂鬱なってきた。はぁ...何故私はこの学校を選んでしまったのかと後悔を感じそうになったが、ことかに先日言われた『いまを楽しまなければいつ楽しむの』という言葉を思い出すと、そのおかげか少し気持ちが楽になった気がした。


私の担当である小道具作りは、ずっと地道な単純作業が多いので他の担当と比べれば苦には感じない。もしかすると私はこういう会話力や複雑な人間関係が必要とされない黙々と続ける作業が得意なのかもしれないと思った。これをきっかけに今後こういう仕事を率先してみようかと上の空で考えていたら、


 「ひめりーん、ひめりんってば~」


乾さんに肩を叩かれてはっと気付く。しまった、ついぼんやりしていた。


 「び、びっくりした...どうしたの?乾さん」

 「今の作業が終わったら、あっちのお手伝いを頼もうかと思ったんだけど...どうしたの?」


首を斜めに傾げていた。つい表情がでてしまったのか?これでは相当痛い子である。気をつけなければ。


 「いや、何でもないよ」

 「今日のひめりん、凄く嬉しそうというかイキイキしてるように見えたから珍しいと思ったんだよ。何か良いことでもあったの?」

 「いや、私はいつも通り平常運行だよ?」

 「ふーん、それなら別にいいよ、頑張ってね」


乾さんは何がおかしかったのか、笑いながらその場を去った。昨日ことかと再会をしてから妙に頭がぼんやりしてしまう。昨夜から今日の授業までもずっとことかばかりのことを考えていた。またことかと会いたいなと考えるだけでニヤニヤがとまらない。あーぁ、高校も一緒だったらよかったのに。


 「せめて文化祭に来てくれたらいいんだけどなぁ...」

 「誰が文化祭に来てくれたらいいの?」

 「うわぁ!?」


なんて独り言をつぶやいていたら、不意打ちで後ろから声がしたので思わず素っ頓狂な声をあげて飛び上がりそうになった。心臓が止まるかと思ったぞ...誰だと思いながら後ろを振り向くと、再び乾さんがこちらへやってきたようだ。


 「やっぱり今日のひめりんおかしいよー。上機嫌になったかと思いきや上の空になってるし、何かあったの?」


乾さんはこういう時に察しが良いから困る。きっと私が油断していたのを見て、またこちらへやってきたのだろう。彼女は人懐っこいだけでなく他人の異変や態度にすぐ気が付くから恐ろしい。さて、この状況どうやって言い逃れしようか。正直に話してもいいのだけど、今まで私は他人の話をするのには慣れていなくて恥ずかしいから言いにくい。


 「それは...」

 「それは?」

 「友人が文化祭に来るかもしれないからワクワクしてるだけだよ!」


うまく一言でまとめたつもりだ。確かにことかは時間があれば来るみたいなことを言っていたので、あながち間違ってはいない。そして何よりも乾さんの反応が怖い。しかし、彼女は笑いながら


 「あぁ、そういうことか!ここの文化祭の2日目は一般客が来るからね~、納得したよ」

 「だから、一緒にまわることができたらいいなぁなんて思ったんだよ」


私は照れ笑いをする。ことかとあれこれ学校を回ることができたらどんなに嬉しいだろう。乾さんも笑顔で


 「友達来れるといいね!でもひめりんから友達のことを話すなんて珍しいなぁ」

 「そんなことないよ」

 「正直私は嬉しいよ、ちょっとひめりん明るくなったように感じてさ」


その言い方だと、まるで普段私が暗い性格のようではないかとツッコミを入れたくなる。でも不思議と秘密をバラすことができたのは、きっと相手が乾さんだからだと思う。彼女に打ち明けても決して馬鹿にしたり笑ったりしないから良き相談相手で助かる。それ以外に仲の良い人は探してみたけど...見つからない。改めて私は友達が少ないんだなと思うと虚しくなってきた。


 「イヌっちー!ちょっとここへ来て手伝ってよ~」

 「あ、うん今行くー!じゃあ、また後でね」


乾さんは他のクラスメイトの人に呼ばれると、その場を去っていった。私も作業に戻ることにしよう、気が付いたら今までのモヤモヤが消えて、作業に集中できるようになったのは私にもよくわからなかった。




 ②




 文化祭当日まで残り3日。お化け屋敷は大体完成をしており、後は当日を待つのみであった。


 私の仕事も既に終わっており、その働きっぷりは我ながら素晴らしかったと思う。とは言っても、ただ委員長の指示に従うだけで何も考えず行動をするだけだったのでとても楽だった。ゼークトの組織論で例えるならば『無能な怠け者』とは私のことを指すんだと感じた。


そして今は他の班の手伝いを行っている。これも指示に従うだけだったので、手伝いだと考えれば全くもって気負いせずに済むから非常に楽だ。


 「ひめりん、ちょっといいかしら」

 「ん、委員長...どうしたの?」

 「受け取ってほしいものがあるんだけど」


と委員長に呼ばれた。そういえば言い忘れていたんだけど、彼女(委員長)は黒髪ショートでメガネをかけているのが特徴な人で、勉強も出来るうえに真面目な性格で頼りがいがあるため、何処となくことかとそっくりでどんな人物か覚えやすかった。その委員長が声をかけてきたので何事かと思い、私は委員長の声で振り返った。一体受け取ってほしいものとは何だろう。


 「これ、あなたに渡すわ」


受け取った物は長方形の形をした小さな紙だった。『特別招待券』と書かれている。


 「これは一体...?」

 「それは模擬店の所で渡すと値段を割引いてもらえる券だよ。学校外の人しか使えないけどね」

 「ふーん。って、それを何故私に?」

 「だって、ひめりんの友達が来るんでしょ?それなら、前もって渡して置いた方がいいかなと思ってさ。イヌっちから聞いたよ」


委員長がニヤリと笑みを浮かべて言う。乾さんめ、さっきの話をクラスメイトにばらしたのかよ。何が狙いか知らないけど恥ずかしいじゃないか。悪気がないのはわかっているけど、もうちょっと考えて行動をしてほしい。


 「まぁ1人でも多くお客さんが来てほしいからね~、クラス委員長の仕事としてもあるんだけど」

 「そういうことですか」


なるほど客数をのばす為か。流石委員長、賢い人である。


 「時間があるときでいいから忘れずに渡しなさいよ、別に今から行ってきてもいいけどね」


委員長に肩をポンと叩かれる。周りから嬉しそうなクスクスと笑い声が聞こえるので、見回すとみんな私ばかりを見ていた。何故こんなに知れ渡っているんだろうか。最初に打ち明けた乾さんの存在が怖く感じてくる。


しかし特別招待券か。随分と部外者に対してサービス旺盛なことをしているんだなと感心した。そして、この招待券をことかに渡せと言われても今度の土日には文化祭がはじまってしまうから時間が無い。どうせだったらもっと早く渡してほしかったが、せっかく貰ったのでこれ以上文句は言えない。


 「お言葉に甘えて今から行きますか...」


不思議と行動力がついていた。多分ことかに会えるからなのが理由だと思うけれども、ここで動かないと次に渡すタイミングを逃してしまいそうである。気が付けば私は思い立ったらすぐ行動をしていた。


 私は委員長に伝えてから真っ先にスマートフォンを取り出してことかを電話で呼び出した。今の時刻は夕方の4時だから、おそらく学校の授業は終わっているはずだろう。6回程コールが鳴ったところでようやくことかが電話にでた。


 「もしもし小田原?いきなりどうしたの」

 「ことか、いま時間空いてる?」

 「別に空いてるけど、突然どうしたのさ。てか文化祭の準備は大丈夫なの?」

 「そのことで渡したいものがあるんだけど、いいかな」

 「ふーん、何だかよくわかんないけど私は大丈夫よ。何処に行けばいいかな?」

 「そうだねぇ~、ってことかは今何処にいるの?」


スマートフォン越しからではあるが、ガヤガヤと声がうるさくて聞き取るのが難しい。一体どんな場所にいるんだ。


 「いま手が離せないから着いたときに言うわ。逆に聞くけど小田原は何処にいるの?場所さえ教えてくれれば、自転車でそっちに向かうよ」

 「いま学校にいるんだけど...」

 「わかった。それならすぐ行ける距離だね。門の前で待っててよ、もうすぐ手が空きそうだからそっちへ向かうわ。それじゃあ」

 「ちょ、ちょっと...」


ことかは私の話を聞かず電話を切ってしまった。一方的に話を決められてしまい唖然としてしまう。本当にいま何処にいるんだと問いたい。ガヤガヤとうるさかったうえに手が離せないだと?会ったときに聞いてみることにしよう。


 校門の前で待つこと10分。制服姿のことかが自転車に乗って颯爽と現れた。


 「お待たせ、小田原」

 「あぁ、ごめんねことか。わざわざ来てくれて」

 「別に暇だったからいいよ、さっきまでゲームセンターにいたんだ」


道理で周囲がうるさかった訳だ。ことかは中学時代から時間があればゲームセンターでクレーンゲームやクイズゲームをよくやっていたことを思い出す。昔プレイしている姿を見たことがあるけど特にクイズゲームはかなりやりこなしており、ほとんどクリアばかりで強かった。にしても時間を持て余しておいて、ゲーセンで無駄金使ってんじゃねぇよと思う。もし中毒になりすぎて、お金貸してくれとか言われたら説教をしてやろう。お金の貸し借りは絶対にしたくないからね。


 「ところで、渡したいものって何なのさ」

 「ん?あぁ、そうだったね。これだよ」


私はことかに招待券を渡した。最初は何これと言いながらマジマジと見ていたが、説明をするとすぐに理解をしてくれた。するとことかはどういう訳かニヤニヤと笑いだした。


 「これを私にってことは...小田原~、さてはどうしても文化祭に来てほしいんだね?」

 「そ、そんなことないよ」

 「じゃあ行くのやめようかな~」

 「それはダメー!」

 「冗談だよ!なに真に受けてるのさ。面白いわね」


ことかはニヤニヤと笑みを浮かべた後、プププと笑ってるのを見て腹が立つ。だけど、当日私は間違いなくぼっちになるのでやめてほしい。乾さんは愛嬌があるからという理由で、その日受付の担当も任されていたから一緒に回れないことがわかった。にしても彼女は私と同じ小道具担当でもあったから忙しい人だなと思った。当の本人はそこまで気にしてはいなかったみたいだけど、なかなかの働き者である。


 「意地悪言うなら、その券返してよ」

 「そんなに怒らないでよ、せっかく渡してくれたんだから行くに決まってんじゃない。もしかして小田原はやっぱり友達がいないんじゃ...」

 「それはない」

 「キッパリと答えないでよ、この間ショッピングモールで一緒にいた小さい女の子と仲良く話してたもんね。覚えてるわよ」


乾さんのことがすぐにわかったなんて流石ことかである。まだ一度も会話をしたことがないのに、こいつの記憶力は相当凄いと思う。私にも少し分けてほしいくらいだ。


 「有効期限は日曜日のみか。何時が空いてるの?あんたも仕事とかあるんでしょ」

 「私はどの時間も空いてるよ。裏方担当だったから、当日は楽かな」

 「裏方?どういうこと?一体あんたのクラスは何をやるのよ」

 「ないしょ!」


ことかは首を傾げているが、私のクラスがお化け屋敷をやるなんて何が何でも黙っておかなければならない。怖いのが大の苦手な彼女に打ち明ければ絶対行かないと言い出すに違いない。それだと面白くないからね。


 「ふーん、何やるのか知らないけど楽しみにしてるわ。とりあえずお昼の12時頃に行くよ」


ことかは招待券を鞄の中にしまうと、目の前にある学校を眺めた。


 「それにしてもあんたの学校、随分と立派だわね~。流石お嬢様学校だわ」

 「お嬢様じゃなくて大袈裟な。ただの女子校だよ、大したことないって」

 「それに制服も可愛いし羨ましいよ。私も小田原と同じここ選んでおけばよかったかな~」


冗談で言っていると思うが、私からすれば是非ことかと一緒の学校がよかった。彼女が今の学校を選んだ理由は、それなりに偏差値も高く今は辞めてしまったが陸上部も強かったから選んだのだろうとは思うけど、もしかしてことかは今の学校を選んで後悔をしているのかもしれないのだろうか。


 「でも後悔はしてないよ。運動がダメだったら勉強で頑張ればいいからね。小田原も文化祭の準備で忙しいだろうし、邪魔しちゃ悪いから帰るよ」

 「あ、うん。日曜日はよろしくね」


ことかが前向きなことを言っていたので、すっかりといつもの彼女に戻ってくれたから安心した。この間再会した時は若干ネガティヴ思考になっていたし、その頃と比べて復活してくれてよかった。ことかは何も言わず自転車に乗ると、バイバイと手を振り風のように去って行った。招待券を渡せたのと集合時間も決まったので文化祭当日が楽しみになってきた。


 「(私も教室へ戻るか)」


教室へ戻ると、委員長が笑顔で私を迎えてくれた。


 「おかえり、ひめりん。ちゃんと渡せた?」

 「うん、何とか渡せたよ。私のクラスにも来てくれそうみたいだしバッチリだよ」

 「そうなんだ、それはよかったよ。」


私が笑顔で言うと、あちらも安堵な表情をしてくれた。最後にお礼を言うと再び手伝いを再開することにした。


そして今気が付いた話。


 「(そういえば、ひめりんってあだ名。高校に入ってからだった...!)」


このことをことかに知られたら、きっと間違いなくからかわれるに違いない。


 「(やれやれ、なんてこったい...)」


私は溜め息をついた。



 

 ③ 




 日曜日。待ちに待った文化祭が訪れた。


ちなみに土曜日は生徒全員が体育館へ集まり、学校側が呼んでくれた人気お笑い芸人の漫才やコントを見た後、とある有名な楽団の演奏を聴いて何事もなく過ごした。つまり、ことかと会えるのは今日である。


 はじまって早々たくさんの一般客がやってくるのを見たら、文化祭ではなくただのお祭りだった。しかも乾さんは予定通り受付に入ってしまったので、私は午前中は暇になってしまった。ことかが来るのは12時なので暇である。


さて午前中はどうやって時間を潰そうか悩んでいた時、偶然にもそのとき委員長と廊下でバッタリ会った。


 「あれ、ひめりんじゃない。どうしたの?こんなところで」

 「奇遇ですね、委員長」 


委員長とまさか会うとは思わなかったので驚いた。てっきり今日はずっと教室にいるのかと思っていたのだが、何やら時間を持て余しているように見える。


 「あなたの友人はどうしたのかしら?」

 「12時から来る予定です。委員長もどうしてここに?クラスの仕事があるんじゃないんですか?」

 「他の子たちに『午前中だけでもいいから遊んできなよ』って言われたんだけど、特に行くところがなくて暇してたのよ。そしたら偶然ひめりんがいたから気になって声をかけたってところかしら」


 「なるほど、そういうことですか」

 「特にまわるところがないから困ってるのよねぇ。まだお腹空いてないから模擬店は行く必要ないし、それ以外の場所を1人でまわるのも嫌だからどうしようか悩んでたのよ。私って他のクラスに友人いないのよね」


委員長は苦笑いをしながら私に言う。確かに、他所のクラスに友人がいれば展示品等は見やすいのだけど、生憎私もそんな友人はもっていない。だけど委員長は並み以上の社交性を持っている為クラスメイトからも信頼度が高いから、てっきり他のクラスにも友人がいるのかと思っていたが正直意外である。


 「こうしてひめりんと会えたのも何かの縁だと思うから、午前中だけでも一緒にまわらない?」

 「別にいいですよ、ちょうど私も暇してたところです」

 「あら、本当?ありがとね、付き合わせちゃって」

 「いえ、むしろ助かります」


ことかが来るまでどうやって過ごそうか困っていたが、これはグッドタイミングである。ちょうど良い時間潰しができて嬉しい。委員長とは普段会話をしないから親しい仲ではないけど、気さくな性格をしているので話しやすい人なのは文化祭の準備の時に知った。少々ノリが軽いのが玉に瑕だけど乾さんの次に話しやすい人なので助かった。


 「それなら一緒に何処か歩きましょ、面白そうなところがあればそこへ入るって感じで」

 「そうですね、賛成です」

 

私は微笑みながら委員長の提案に賛同した。どの教室(展示品)へ入るかは委員長に任せることにしよう。


 「あ、それとひめりん」

 「ん、どうしたんですか?」

 「私たち同じクラスで同い年なんだから、タメ口でいいわよ」

 「あぁ、そういえば...」

 「私がクラス委員長をやってるから畏まってるのかしら?そんな必要ないわよ」

 「はぁ」


委員長なりの冗談だと思うが、私は曖昧な返事をすることしかできなかった。私は会ったばかりの人や知り合ったばかりの人に対しては基本敬語で話してしまう癖がある。それに口調や態度、仕草が大人っぽく身長も私より大きいため尚更委員長が年上に見えてしまう。なぜなら彼女のスタイルはことかよりもかなり優れているからね。正直羨ましいと思えてしまうくらいに。


 「それとも、ひめりんから見て私は年上に見えるのかしら?」

 「は?いやいやいやいやいや。それはない。絶対ないですって」

 「まぁいいわ、タメ口は別に強制しないからあなたに任せるわ。もしくはこの際、呼び名を変えて私のことを『姉御』と呼んでもらっても構わないわよ?」


 「呼ばないですって...」

 「そう?残念ね」


この人はいきなり何を言うんだと思ったがあまり気にしないでおこう。この独特なノリはまるで出会ったばかりのことかを思い出す。今のことかは社交的な性格に変わったが、あの時は私と同じで人付き合いが苦手だったので、ぎこちない雰囲気があったのだけど委員長の場合はノリが軽く不意に突拍子も無いことを言ってくるから恐ろしい。別に悪い人ではないのだが、思わずつい身構えてしまう。


 「ひめりん、あそこの教室へ入ってみましょ。何やら楽しそうなのやってるわ」

 

あてもなく廊下を歩いていると、委員長が指をさした方向は教室の前に『ババ抜き大会』という看板が置かれていた。


 「ババ抜きなんて随分シンプルなことやってるんですね」

 「ルールは5人で3回勝負をしてもらい、そのトータルで1位になった人に景品がもらえるとか面白そうじゃない」

 「委員長、かなり強気ですね。勝機でもあるんですか?」

 「私はこう見えてゲームは結構強いのよ。そうと決まれば早速行こう、ひめりん」


委員長は腕を鳴らして意気揚々としている。その気合が空回りしなければいいんだけど。私は苦笑いをしながら委員長と一緒に受付の人に参加表明をした。ほか3人の対戦者は既に決まっており、待ち時間なしでババ抜きがはじまった。










 「委員長、おめでとうございます。まさか3回とも1位だなんて驚きましたよ」

 「私にかかればこんなものよ!景品もゲットできたし大満足だわ!」


委員長は自慢げで嬉しそうに笑っている。たまたま運がよかったのか、それともコツを掴んでいたのか知らないけど、毎回誰よりも1番早く勝ち上がり結果を見てみればダントツの1位だった。ちなみに景品は主催であるクラスが出し合ったであろう好きなものから選べるみたいで、彼女は商品券を受け取っていた。


 「にしても、ひめりんって弱いのね。3回中3回ともババが残ってビリだったなんて流石に同情したわよ」

 「...あんまり言わないでください」

 「だけど、何となくわかるかな。ババ抜き以外の時でも表情が顔に出てる時がたまにあるし、意外と熱くなりやすいのかしら」

 「え?そんな。顔に出てるなんて...!」

 「あははは!きっと相手に癖を見抜かれていたのかもね。ひめりん、面白いなぁ」


なんてことだ、知らない間に表情が顔に出ていたとか人に言われるまで全然気が付かなかったぞ。かなり恥ずかしい、顔が真っ赤になりそうだ。


 「でも、こういうのは経験よ。何回かやっていればきっと強くなるわ」

 「四六時中ババ抜きやる時なんてないですよ」

 「あはははは!確かにそうだわね、なにはともあれお疲れ様。ちょうど喉が渇いたからお茶を買いたいんだけど、ひめりんも何か欲しいかしら?」

 「そうですね。私も喉が渇きましたし、お願いします」

 「わかったわ、あなたもお茶でいいわよね?ちょっと待ってて」


私が頷くと委員長は足早に近くにある自販機に小銭を入れた。小さいサイズである280mlのペットボトルを2つ手に持って戻ってきたので、すぐに財布から小銭を出そうとしたのだが断られてしまった。


 「お金なんていいわよ。付き合ってもらったお礼として、これは私の奢りでいいわ」

 「そんな、悪いですよ」

 「遠慮なんていらないわ。私なりのお礼なんだから、素直に受け取りなさい」

 「...わかりましたよ、ありがとうございます」

 「素直でよろしい!」


これ以上言っても委員長から折れることはなさそうなのと、これ以上言い合いになるのが面倒くさかったから、ここはありがたくお礼を言って受け取ることにした。これで彼女に飲み物を奢ってもらうのは2週間前の準備の時を入れて2回目だ。さっきまでババ抜きに夢中で喉が渇いていたので助かったのだが、人のお金で飲むお茶は格別に美味しかった。


 「本当のことを言えば、アルバイトをしてるからそれほどお金に困ってないのよね。ジュース代なんて安いものだわ。あ、かと言って毎回おねだりするのは辞めてね」


 「そんなことしませんよ。私そこまで図々しくないですし。...ってあれ、委員長ってアルバイトしてたんですか?」

 「そうよ、そういえばひめりんとは全然会話しないからうち明かすのは初めてになるかしら。基本土日と祝日しかシフト入ってないけど、自宅の近くのスーパーでアルバイトしてるとだけ言っておくわ」


 「なるほど、でもアルバイトしてるなんて意外でしたよ。いつも勉強してると思ってました」

 「あはははは、勉強は正直嫌いね。昔からコツコツと努力することが苦手なのよ。だったら暇な時間は体を動かしたり、アルバイトしてお金を貰うことが大事かなと考えてるわ。特に欲しいものはないけど、お金はあった方が将来の為に役立つし困らないからね」


 「へぇ~、それは意外でしたよ。そんなに体を動かすのが好きな方なんです?」

 「うーん、言われてみればそうかもしれないわね。体育は得意だし」


そういえば、この間の体育祭で私のクラスが学年総合順位2位になったのを思い出した。実は委員長もその立役者の1人であり、彼女は短距離走とクラス対抗選抜リレーの2種目に参加していた。元々クラスメイトに現役陸上部が何人かいたから、その影響もあったのかもしれないが、もし私が怪我をしておらず参加をしていればきっとぶっちぎりで1位だっただろう。


にしても委員長がここまで運動が得意だなんて知らなかった。これからは人を見た目で判断してはいけないと痛感した。しかも勉強が嫌いなところはまるで私と似ている部分があるので親近感がわく。そして逆に暇な時間が嫌いというのは何となくことかを思い出した。何というか、委員長は不思議な人だと感じる。


 「運動が得意なのは大体の人たちが知っていたはずだけど、ひめりんとは今まであんまり話す機会がなかったから初めてだったかもね」

 「それはすみません...」

 「だから別に謝ることじゃないわよ。ひめりんは普段イヌっちとしか会話してないからなぁ。たまにはもっと他の人と仲良くなってみたらどう?」

 「な、何とか頑張ってみます...」


この間、乾さんにも同じことを言われたので半ばため息をつきそうになる。やっぱり人の顔と名前を覚える努力をした方がいいのだろうか。ただでさえ委員長の本名も覚えていないというのに、何だか無理難題のように見えてきた。というか、入学して半年経ってるのに今から友達作りってかなりハードルが高すぎやしないか?


 「ひめりんならできるわよ。普段優しくてのんびりした人ってのはみんな知ってるし、後はあなたの努力次第よ。頑張りなさい」

 「はぁ」

 

みんな私のことを知っていたなんて衝撃事実だった。何故なのか一瞬疑ったが、元凶はおそらく乾さんだろう。彼女はクラスの中心人物なので『小田原一姫はこういう人間だ』ということをクラスメイト達に知らせてるんだと思う。その影響で私の評判がたちまち広まったと考えれば、乾さんの人脈や信頼度は凄いなと今更ながら感じた。


 「最初は大変だったわよ~、全然喋らないし何を考えてるのかわからなかったから近寄りにくかったもの。てっきり冷たい人かと思ったけど、そうじゃなかったから安心したわ」


 「近寄りにくくて冷たい人って...結構酷い扱いだったんですね」


またもや衝撃事実だった。入学して半年が経つけど、昔の私はそんな風に見られていたのか。以前にも乾さんに言われたんだっけ。どうして私はいつも腫れ物のような扱いにされてしまうことが多いのだろうね。別にキャラ作りしてる訳じゃないのに。


 「そんなにショック受けなくていいじゃない。今はそんなことないんだから。あなたを見て人は見た目で判断してはいけないってことを思い知らされたわ。特に私はクラス委員をやってるから全体を引っ張らないといけないし、おかげでいい勉強になったわ。ありがとね」


 「それはどうも...」


私と同じで考えというのがイマイチ腑に落ちない。変なところでお礼を言われたし、この人はやっぱり変わっている。根は凄く真面目でしっかりしているのに考え方が少しズレているのは、ことかと似ているようで似ていない。そんな特徴だ。


 「にしても見た目はクールを装っているのに中身はのんびりしているってなかなかいないわよ。いわゆる意外性が高いのかもしれないわね。私は好きだよ?そういう人」


 「そうですか。...って、え?」

 「聞こえなかったかしら?私はひめりんみたいな人、好きだと言ったのよ」

 「はぇ?」


委員長ははっきりと私に好きだと言ってきた。私は『好き』という言葉に動揺を隠せず素っ頓狂な声をあげてしまった。一体どう答えればいいんだ。私の頭の中はパニック状態である。


 「そ、そんな。いきなり好きだと言われても...!」

 「...ぷっ!」

 「ふぇ、委員長?」

 「ぷはははははは!そんなに驚くとは思わなかったわ、私の言った好きは『Like』のつもりで言ったのよ!」

 「え?」


やられた。これでは『Love』の意味かと勘違いした私がバカみたいである。おかげで大恥をかいたではないか、どうしてくれる。


 「あははははは!も、もうひめりんの慌てっぷりときたら...面白かったわ...。笑わせないでよ!お腹痛い...!」

 「そんなに笑わなくても...!てか説明不足だった委員長も問題があると思う」

 

委員長はヒィヒィとお腹を抱えて笑っていたと思いきや目から涙までだしていた。笑いすぎである。まったく、私を馬鹿にして。勘弁してほしい気持ちでいっぱいだ。恥ずかしすぎて顔がかなり熱い。多分私の顔は林檎のように真っ赤な顔をしているんだろうな。数分後、委員長はようやく落ち着きを取り戻したのか、呼吸を整えるといつもの調子になっていた。


 「ごめんごめん、確かに私の言い方にも問題があったわね、悪かったわ。えーと、何の話をしていたんだっけ」

 「委員長が意外性のある人が好きとか言ってたじゃないですか。Likeの意味で」

 「あぁ、そうだったわね。でもそんなに怒らなくていいじゃない、私もこうして謝ったんだからさ」

 

私は不機嫌気味で答えると委員長はコホンと咳払いをした。いかにも態とらしいが、彼女なりに反省しているようだし悪気がなかったのはわかったからさっきのことは水に流そう。


 「もういいですよ。怒ってませんし、気にしないでください。それで話の続きですけど、何が言いたいんです?」

 「要するに、ひめりんみたいな意外性の高い人はみんなから好かれやすいってことよ。クラスの子たちも受け入れてくれるはずよ」

 「そ、そうかな...」

 「そこは自信もっていいと思うわ。大丈夫、必ず誰か見ている人はいるよ、これから来る友達がそうじゃないかしら...」

 「え、最後なんて言いました?声が小さくて聞き取れなかったんですけど」

 「ううん、何でもない!クラス委員として当たり前のことを言っただけよ。さて、もうすぐ12時だから私は教室へ行かないとね。ひめりんもそろそろ友達が待ってるんじゃないの?」


 「え、もうこんな時間...?あっ!」


最後は何が言いたかったのかよくわからなかったが、肝心なことかとの約束をすっかり忘れていた。私は慌ててスマートフォンを取り出して確認をしたら時刻は丁度12時だと画面が知らせている。それに、ことかから不在着信やメールが何通か表示されているので一瞬背筋が凍るくらい恐怖を感じた。でも冷静に考えれば集合時間が過ぎているんだし、心配するのは当然である。急いでことかの待っているところへ行かなくては。


 「それじゃあ委員長ありがとね!私、急ぐよ!」

 「どういたしまして、仲良くやるのよ」


委員長は笑顔で手を振ると、私は急いでことかのいる場所へ向かうことにした。さっきのメールを見てみたら、どうやら彼女は正門の前で1人待ちぼうけをしているみたいだ。いつも学校外で遊ぶ時はことかが先に集合場所で待っていて、その後に私が遅れてやって来るのがお約束なのだけど、先ほどの着信やメールの数を見ていたら絶対に怒っている。さてどうやって言い訳をすれば許してもらえるだろうか。私は早歩きをしながら考えることにした。




 ④




 「おはよう、ことか。ごめんね待たせちゃって」


 後ろ姿ではあったが、正門前で1人待ちぼうけをしている後ろ姿を見てすぐにわかった。しかし、今日に限ってかなりオシャレな格好をしている。一瞬人違いをしたのかと思ったじゃないか。


 「遅いわよ小田原、何してたのさ」

 「クラスの子と話してたら予想以上に盛り上がっちゃって、本当にごめんね」

 「ふーん、まぁいいわ。あんたこういう時はいつも遅れてくるもんね」


ことかは皮肉を混じいて笑っている。聞いてないフリをしてスルーしたのだが、1番安心したのは声を聞いて人違いじゃなくてよかったということだ。いつからそんなおめかしするようになったんだとツッコミを入れたい。


 「な、何ジロジロ見てんのよ...」

 「い、いや。その...可愛いと思ってさ」


ことかに向かって私は一体何を言ってるんだろう。そのせいか彼女は顔を真っ赤にしているし。


 「か、可愛いなんて...からかわないでよね!」


恥ずかしそうに怒る姿を見て吹き出しそうになる。その表情を見ていたら本当にからかいたくなってきたではないか。ニヤニヤしてしまう。


 「ごめんごめん。ことかは元々可愛かったよね。私の失言でした」

 「そ、そういうことじゃないわよ!何言ってんのさ、バカ小田原!」

 「はいはい。ここで立ち話するのも何だから、学校へ入りましょ」


慌てていることかを私はあしらうようにして無理矢理学校へ連れて行くことにした。だが、困ったことに最初は何処へ行こうかまだ決めていない。どうしようか。


 「そういえば、あんたのクラスは結局何やってるの?まだ何も聞いてないんだけど」

 「気になるなら先にそっちへ入る?覚悟をしておいた方がいいと思うけど」

 「ずーっと焦らしたりして何なのさ。そんなに恐ろしい出し物でもしてるの?」

 「まぁ行けばわかるよ」


私は必死に笑いを堪えながら教室へ連れて行くことにした。中学の林間学校を思い出すとなると尚更面白いことになりそうである。自分の教室へ向かうと凄く賑わっていた。生徒以外にも一般客が入口に多く並んでいるのを眺めると、どうやらかなり好評のようである。出口からやってくる客の顔を見てみれば青ざめている人が多い。一体どんなお化け屋敷なんだろうと気になってしまった。実は私も中はどんな感じなのか知らないんだよね。


 「いらっしゃいませー。ってあれ、ひめりんじゃん。どうしたの、忘れ物?」

 「いや、私と友達で入ろうかなんて考えているんだけど、大丈夫かな?」


私は午後の受付担当の子に確認をした直後に、後ろにいることかの腕を強くつかんだ。お化け屋敷だと知った瞬間、顔を真っ青にして逃げようとしていたのはわかっていたのでこの動きは読めていた。ことかも詰めが甘いね。


 「うん、別にいいよ。ここで並んで待っててね」


許可をもらい並ぶことにした。一方のことかは逃げるのを諦めたのか、中に入ることを受け入れて大人しくしていた。


 「何でさっき逃げようとしたのよ」

 「べ、別に逃げようとはしてないわ...。ただ単にどんな廊下か気になって見てただけよ」

 「ふーん、かなり怖いと思うから良い歳して泣かないようにね?」

 「だ、誰が泣くもんですか!」


強がっているにも関わらず足がガクガクと震えているのがはっきりとわかる。怖いのが苦手なのは昔から変わってないんだなと思うと、3年振りにどんな反応を見せてくれるのか楽しみで仕方ない。


 「はい、次はひめりんの番だよ。楽しんでいってね!」


すぐに私たちが入る番になった。中へ入ると、思った以上に暗くて前が見えない。まるで自分の教室とは思えない異様な雰囲気だ。


 「こ、こんなの余裕よ...。こ、怖くないに決まってるじゃない...!」

 「そう言いながら私の腕にしがみつくの辞めなさいよ。歩きにくいし痛いよ」


3年前の頃の既視感を感じながらも、ことかとくっついて歩くことになった。周りから見ればカップルと間違えられそうで恥ずかしい。よくよく考えればクラスメイトが見ているので、終わった後はきっと根掘り葉掘り聞かれるに違いないと今更気がついた。面白そうだからという理由でことかをお化け屋敷に誘った私が迂闊だった。どうか泣き喚いたり腰を抜かさないでほしい。別の意味で私も怖くなってきた。


 「ほ、ほら小田原、早く出口まで行きましょう...!」

 「そ、そうだね...」


暗闇に慣れはじめた頃、ことかを見ると既に涙目になっている。あ、これは絶叫するに違いないと考えたら諦めるしかなかった。はぁ...これはクラスメイトに色々と質問攻めに合うんだろうなと思うと後が怖い。



 数分後、無事に出口へ辿り着いた。最後のクライマックスで脅かし役が某ホラー映画にでてくる怖い仮面をつけて現れ、不気味な笑い声をあげながら私たちを追いかけてきたのは流石に驚いた。物凄く迫真な演技だったので、同じクラスにこんな演技がうまい人がいるなんて信じられなかった。さて、私のクラスメイトに演劇部なんていただろうか。それを見たことかは半泣きになりながら必死に私の腕を引っ張って猛ダッシュでゴールをすることになったので、ある意味彼女の行動が怖かった。私の腕がもげるか心配だった。


それ以外にも壁から複数の手がでてきたり、私が作ったはずの怖い人形や絵が飛び出してきたりしたものだから終始ことかは今までに聞いたことのない大きな悲鳴をあげた。近くにいた私からすれば鼓膜が破れるほどうるさい。こいつ、前よりもリアクション凄くなってないか?


 「ちょっともう小田原...!最後に追いかけてくるなんて聞いてないわよぉ...!」

 「事前に知ってたらお化け屋敷としての価値がなくなっちゃうじゃん、てかそろそろ離れてほしいんだけど」


廊下にいてもまだ泣きべそをかいて私の腕にしがみついている。傍から見ればバカップルみたいで恥ずかしいけど、こんな顔をする彼女は滅多に見れないから可愛い。もう少しこのままでいてほしかったが、その期待虚しくことかは顔を赤くしてたちまち私の腕から離れてしまった。


 「まったく、あんたのクラスどんだけ凄いもの作ったのよ。心臓が止まるかと思ったわ」

 「だから言ったじゃない。覚悟しておきなさいって」


さっきまで半泣きだったはずのことかは、すっかり普通の顔に戻っていた。切り替えが早いなと思いつつ彼女は私を睨みつけるように


 「もし今度、何も言わずにお化け屋敷とかホラー映画へ誘うようだったら、ただじゃおかないからね」

 「そんなに怒らなくていいじゃん。しかも、そういう場面に遭遇するの滅多にないと思うから安心してよ」

 「うるさい!私はホラーやビックリ系が嫌いなの!」

 「はいはい、今度から気をつけます」


どうやら怖いものがダメなのは昔から変わってないみたいで何だか安心した。もしくはあの林間学校が未だトラウマになってるのかもしれない。あの時は腰を抜かして立てなくなってた挙句、私が途中でおんぶしてたからね。思い出したくない気持ちはわからないでもない。


 「でもゴメンねことか。別に悪気があって誘った訳じゃないから許してよ」

 「もういいわよ、次そんなことしたら怒るけど今回は許してあげる。ところで、次は何処へ行くの?」

 「そうだねぇ、さっきので疲れたから何か食べよう。この間あげた券はあるんでしょ?」

 「もちろん、忘れてなんかないわよ」


そう言いながらことかはこの間受け取った券を私に見せる。そういえば文化祭が始まってから何も食べていなかったので、そろそろお腹が空いてきた。流石に委員長が奢ってくれた飲み物じゃお腹は満たされない。


 「じゃあ何処で食べよう?教室や外でも食事できる場所はあるから自由に使えるよ」

 「それは小田原に任せるわ。でも、できればゆっくりと座れる場所がいいかな」


ことかは苦笑いをしながら言う。きっとさっきのお化け屋敷でこいつも疲れたのだろう。私は少し悩んだが、窓から見る外の混雑具合を見て人混みが嫌いだから並びたくもないうえにきっと座る場所がないはずだ。消去法として教室でやっている飲食店の場所を選ぶことにした。かと言ってそういうのは大体限られているんだけど、私はマップを見てある場所を目指すことにした。



 ⑤



 「で、何故メイド喫茶を選んだのよ、小田原」

 「しょ、しょうがないでしょ。ゆっくり座れそうな場所がここしかなかったんだもん」


教室で模擬店をやっていてゆっくり座れる場所を選んだ結果、メイド喫茶へ入ってしまった。学校の文化祭とはいえ、お互い今まで一度も入ったことが無い。独特な雰囲気にソワソワしていた。


 「だからってここを選ぶ必要なかったじゃない。明らかに場違いだわ...」

 「そうでもないでしょ、女の子同士で座ってる人もチラホラいるし気にする必要はないと思うよ」

 「確かにそうだけど...落ち着いて食事できないじゃない。私は小田原の恋人じゃないし」

 「ツッコミはそこかよ。まぁいいじゃん、そのうち慣れるだろうし。早く注文しましょ」


恋人じゃないというツッコミに対し、お冷を口に入れた途端、思わず吹き出しそうになった。おいおい、そう言われると意識してしまうじゃないか。ことかもなかなか大胆なことを言うから困る。おそらく本人は狙って言った訳ではないと思うけど、真面目な癖して天然ボケなんだろうな。


 「ご注文はお決まりでしょうか?」


メイド役の生徒がオーダーを聞きにきたが、ご注文はと聞かれても高校の文化祭だからそこまでメニューは充実していない。ホットケーキしかないのでそれを2つを注文した。


 「ホットケーキなんて久しぶりね、何年振りかしら。楽しみだなぁ」

 「そんな大袈裟な。その気になればいつだって食べられるじゃない」

 「何言ってんの。私はホットケーキや甘いものが大好物なのよ」


初耳だった。今まで関わっててこいつは甘党なんてはじめて聞いたぞ。まず美味しそうに食べているところを見たことがない。


 「小田原はいいわねぇ、太らない体質で。私は部活のせいで体重増えると記録出せなくなるから、なかなか食べられなかったのよ。今まで辛かったけど、解放された身にもなりなさいよね」


 「どんだけストイックだったのさ。たまに食べるだけでもよかったじゃん」

 「あんたにはわからなくて結構」

 「それは照れるな」

 「褒めてなんかないわよ、バカじゃないの」


久しぶりにことかの毒舌を聞いた。こいつの毒は出会った頃の当初は腹が立ったが、長い付き合いなのもあり彼女のツッコミだと思えば流石に慣れた。


 「そういえばお化け屋敷で並んでるときに聞いたんだけど、あんた結構クラスの子から親しまれているのね」

 「いきなりどうしたのさ」


ことかが急に話題を変えてきたので苦笑いをする。それに真顔で言うから一瞬戸惑ったじゃないか。


 「だってあんた、あだ名で呼ばれてたじゃない。確かひめり...」

 「わーーー!わーーー!わーーー!!それ以上言うなぁーー!!」


ことかの顔が意地悪で作った含み笑いに変わったので私は慌てて大声をあげてしまった。賑やかだったメイド喫茶が、一瞬にして私の声で注目を浴びてしまった。


 「す、すみません...」


周りの迷惑だと気付き謝ったが二重の意味で恥ずかしい。くそ、これだけはバレたくないあだ名だったのに...!


 「あっはははは!その慌て方を見てると本当みたいね、でもせめて場をわきまえてから静かにしようね。ひ・め・り・ん・♪」

 「ひめりん言うな!」


恥ずかしすぎて顔が熱い。変なところで弱みを握られてしまう予感が見事的中してしまった。なんてこったい。


 「お待たせしました、ホットケーキでございます」


タイミング良く注文したホットケーキがやってくる。私のあだ名からホットケーキへと話題を変えることができる最高のチャンスだと思った。だが、メイドさんに感謝と思ったのも束の間、


 「ごゆっくりどうぞ、ひめりん様♪」


さっきまでの会話を聞いていたのか、メイドさんまでもが私のあだ名を呼んできた。しかも悪意ある笑顔をしてるし、ことかまでもが体を震わせて笑いをこらえている。本当に勘弁してくれと言いたい。


 「あっははははははは!!メイドさんにまでも言われてやんの。最高だったわね!」

 「私は恥ずかしかった」


私は不機嫌そうにジト目でことかを睨むがさっきよりも顔が熱い。真っ赤な顔をしたのは本日2度目である。今と言いさっきの委員長と言い、何故今日は恥ずかしい目ばかり合わなきゃいけないんだ。


 「私も今度から小田原のこと、ひめりんって呼ぼうかしら」

 「ぜっっったいにやめて!」

 「冗談に決まってるでしょ、すぐに熱くなるとかあんた面白いわね」

 「面白いとは失礼だ。しかもそれ言われたの今日2人目だし...」

 「え、何か言った?」

 「何でもない。てか、ことかにまでその名で呼んだりしたら恥ずかしくて死んじゃう」

 「そんなに嫌なの?...あ、でも小田原って中学のとき私のこと『ことにゃん』って呼んでくれた仕返しとしてやっぱり...」

 「わーーー!ごめんなさい、ごめんなさい!!あの時のことはもう忘れてください!だから、呼ばないでください!」

 「ほら、またマジになってる。ほんと面白いわねぇ、小田原って」


やられてばかりだった。ことかは上から目線で意地悪をしてくるので、これは私が1番苦手としているタイプだった。ことかの小言や毒舌には毎回適当に相槌してやり過ごしていたつもりなのにこういう風に意地悪されるのはどうしようもできない。本当に勘弁してほしい。


 「まぁそんなに怒らなくてもいいじゃない。早くホットケーキ食べましょ、お腹空いちゃった」


ことかはそう言いながらナイフとフォークを使ってホットケーキを切った後、それを口にした。これ以上イライラしてても仕方ないので私も食べることにしよう。実は私もホットケーキを食べるのは久しぶりだ。


 「それよりことか、この間思ったんだけど部活辞めてからずっとゲームセンターばかりの日々で散財してないでしょうね?」

 「そんな訳ないでしょ、あの時はたまたまよ。いわゆる気分転換ってやつ」

 「本当かしらねぇ、じゃあ学校終わったらいつも何してるの?」

 「図書室で残って勉強していたり、もしくは自分の家でその日の授業に出た課題や復習してることが多いかな」

 「うわ、ガリ勉の優等生かよ」

 「別にいいでしょ!?私は小田原の学校と違って忙しいんだしアルバイトも禁止なんだから」


そうか、ことかの通ってる高校はバリバリの進学校なので勉強をするのは当然なうえにあまり自由が効かないんだった。ということは、ゲームセンターにいたのは本当に息抜きだったんだろうな。中学時代はたまに一緒には行っていたけど、主にクレーンゲームやことかとの付き合いでクイズゲームを少々くらいしかやったことがないので、自ら行くことは滅多になかった。元々インドアなのもあるんだけど。


 「そういう小田原こそ普段は何してんのよ、高校入ってから全く連絡とれなかったし、私の顔を忘れてしまうほど忙しかったの?」

 「私は平常運行よ。学校終わったら家に帰ってテレビ見たりインターネットして過ごしてる。おかげでパソコン使う頻度がかなり多くなったなぁ」

 「このダメ人間」

 「わ、悪かったね...」

 「こんな話、中学の後輩たちが聞いたら悲しむわよ。かつて陸上部のエースだった小田原一姫がこんな自堕落な生活を送ってるなんて」

 「い、妹にも言われたよ...」


非常に面目ない話である。確かに陸上部にいた頃の私は輝いていたと思う。後輩や妹からもきっと尊敬な眼差しで見られていただろう故に、県大会も狙えたはずだ。にも関わらず怪我を理由にこんな学生ニートになってしまったのは非常に残念な話である。いま見てる学生さんよ、反面教師として伝えておくが、どうか絶対に私みたいにはならないでほしい。


 「私と比べて勉強もできないしコミュ力もないぐうたら。小田原、あんたこのままだとニートになっちゃうよ」

 「もしニートになったら、ことかが養ってよ」

 「な...何言ってんのよ、無理に決まってるでしょ!?女の子同士でその...結婚だなんて!」

 「けkk...ブフォッ!」


流石の私も今度という今度はお冷を口から吹き出した。しかも思わず咽てしまったではないか。というよりも、ツッコミのポイントはそこなのかよ。冗談で言ってみたつもりがヤバイ、面白すぎるぞ。結婚とか言ってるしツボにはまるから辞めてくれ。咽た後も笑いを堪えるのに必死だった。しかもことかの顔をよく見たら赤くなってるし。


 「あんた何してんのよ、バカ」

 「ごめんごめん。ことかがいきなり変なこと言うからさ」

 「変なことって何よ」

 「いや、何でもないから気にしないで。でもまぁ私は焦らずやりたいことを探してみるよ。今回の文化祭の準備で収穫はあったと思うし」

 「そうなんだ。まだ時間あると思うから、あんたなりに頑張りなさいよね。この間中学校へ行った時、先生も言ってたけど、うまく起き上がれるといいわね」

 「そういえば言ってたなぁ」


ことかに言われて思い出す。そういえば、2週間前に私は彼女と再会して中学の陸上部の先生から人生論を聞かされたんだっけ。ずっと文化祭の準備で忙しかったので、あれから結構経つんだなぁと考えていると、突然ことかが私の顔をじっと見て話題を変えてきた。


 「小田原、あんたの左頬にハチミツがついてる」

 「え、うそ」


私は慌てながらハンカチを取り出して拭くがハチミツはついていない。何だよまた騙されたよと思ったが、ことかはため息をつきながらハンカチを出して私のところに近づいてきた。


 「逆よ逆。もういいわ、みっともない。私が拭いてあげる」

 「ちょ、ことか...!?」


拭いてくれるのは有難いが、顔が物凄く近い。その差は多分30cmないだろう。突然の出来事で一瞬キスされるのかと思い、顔を差し出すようにして目を強く瞑ってしまった。何故かことかとのキスなら受け入れてもいいと感じてしまったのは謎である。


 「はい、終わり...ってあんた何してんのよ」

 「ふぇ...?あ、もう終わった?」

 「なに顔を赤くしながらぼーっとしてるのさ。もしくは舐めてほしかったとか?」

 「な、舐めてほしかったって...そんなつもりじゃ!」


ことかは冗談で言ったつもりだと思うが、その一言で私は更に動揺してしまう。おかしいな、今日はずっと色々な人に踊らされてるような気がして調子が狂うことが多いぞ。おまけにまた顔が熱い。どうしたんだよ、落ち着け私。


 「そんなつもりじゃないってことは、もっと何かされるとでも思ったの?」

 「そ、それは...」

 「それは?ハッキリしなさいよ」

 「...」


真顔で問い詰めてくることかが怖い。それに対して私は何も答えることができず、つい無言のまま目を強く瞑りいやいやと首を横に強く振った。この逃げ場のない言葉責めな状況。心臓がバクバクと高鳴りってしまう。私は覚悟して正直に曝け出そうとした瞬間、ことかが私の顔から離れた。


 「なんて冗談よ。あっはははは!また本気にして、ほんと小田原って面白いわねぇ!高校入ってから変わったよ」

 「ふぇ...?」


ことかはさっきの怖い顔から明るい表情に戻っていた。なんだ冗談かと安心した分、未だに胸の高鳴りが止まなかった。この気持ちはなんだろう、まだ動揺している。


 「さて、小田原の可愛い顔も見れたし大満足だわ!そろそろ行こうか、これからどうするの?」


ことかは上機嫌だった。一方の私はさっきから頭がぼんやりとしてしまい、まともに彼女の顔を見ることができなかった。あれ、ことかは幼馴染で親しい友人関係なのに直視することができない。


 「ちょっと、聞いてる?小田原」

 「え...あぁ!そうだね。何処へ行こうか?」

 「さっきので機嫌損ねた?だったら謝るけど」

 「な、何でもないよ!気にしないで。時間まだあるから、適当に学校ブラブラしようか!」


ことかが心配そうな表情をしてくるものだから余計に直視するのが怖い。あれ、私さっきからおかしいな。どうしてしまったんだろう。

 

 


 ⑥




 その後は展示品を2人で見てブラブラすることにした。ことかは興味がなさそうだと思い込んでいたが、実際はそうでもなかったようで色々なクラスの出し物を見ては関心な態度を見せていた。楽しそうにしていることかを見てると、どういう訳か私も同じ気持ちになる。爽やかな笑みを見ると可愛い。もっと素直な性格になればいいのに。ツンツンしてる態度も面白いからどちらとも好きなんだけど。


 「あ、ここもメイド喫茶やってるんだ」


道中、さっきとは違う教室のメイド喫茶を少し覗きながらことかは呟く。しかし、生憎だが私たちは先程昼食を済ませたばかりだ。これ以上は胃に食べ物は入らないうえにお金もない。仕方ないのでお互い何も言わず通り過ぎることにした。すると、ことかは私の顔を覗き込んだ。


 「小田原、さっきから様子がおかしいよ。口数減ってきてるし、もしかして具合悪いの?」

 「え、別にそんなことないよ」


そういえば昼食後の私は口数が少なくずっとことかの顔ばかりを見ていた。何だろう、ずっと彼女の観察ばかりしていた。どの顔を見ても可愛くて面白いという感想になってしまうが改めてじっくり見てみると心を惹かれてしまうものばかりである。何だか私らしくないな。こういうときって普段どうやって誤魔化してたっけ。


 「ふーん、ならいいけど」

 「ただ単にことかがメイドコスしたらどうなるんだろうなって考えてただけだよ」

 「なっ...!」


咄嗟に思ったことを口走る。するとことかは顔を真っ赤にして動揺をしていた。そういえば、いつもはこういう冗談を言ってからかうんだったっけ。観察結果その2。東ことかをからかうとすぐに顔を赤くして口が悪くなる。


 「バ、バカじゃないの!?いきなり何言うかと思ったら...!そんな恥ずかしいもの絶対着ないからね!」

 「あぁ、ごめんごめん。ついでに猫耳もつけたら尚更可愛いなと思ったんだけど、着たくないなんて残念だなぁ」

 「猫耳...!?い、嫌よ!小田原の前では死んでも着ない!!」

 「死んでもって...大丈夫、いつか着ることになったら『ことにゃん』って呼んであげるからさ!」

 「ことにゃん言うな!!」

 「懐かしいなぁ~。ことにゃん...プッ!」


私は出会った当初につけたあだ名を連呼する度に吹き出していた。この愛称を呼ぶのは3年振りである。これが原因で一時期絶交状態になっていたが、こうしてまたヨリを戻せたのは奇跡だと思う。ずっとことかと仲良くできればいいなと考えながら彼女を見てみると、笑顔で右手に拳を握りしめている。今にも殴りかかってきそうで怖い。


 「これ以上、その名前で呼んだらグーで殴るわよ?ひ・め・り・ん」

 「うっ、ひめりんはやめてくれ...」

 「だったら二度と言わないって約束してくれる?」

 「はい、約束しますのでその拳はやめてください」

 「素直でよろしい!」


私は逆らうことができず素直に謝ると、ことかは拳をさげた途端、怖い笑みから爽やかな笑みに変わった。どうやらお互い変なあだ名がついてしまったのはお愛顧のようである。でもことかの猫耳メイド姿か。従順な態度にツンデレとマルチに熟せそうだからいつか着させてみたいと思う。その前にどうすれば彼女が着てくれるかの話になるんだろうけど、また今度考えることにしよう。



 そうこうしている間に夕方を迎え、一般客は帰る時間となり文化祭は終わった。ことかと過ごした午後の時間はあっという間だった。何だか今日は恥ずかしい目に遭うことが多いような気がしたが、ことかが楽しそうだったので良しとしよう。私はことかを学校の正門前まで送ることにしたのだが、途端に寂しい気持ちになる。


 「それじゃあ、今日はありがとね。楽しかったよ」

 「うん、こちらこそ来てくれてありがとう」


どうやら名残惜しいと思ったのはお互い様のようだ。おかしいな、メアドも番号も登録してあるからいつでも会えるのに寂しい気持ちでいっぱいだ。下手したら泣いてしまうそうである。


 「まぁ何というか、今日はあんたの滅多に見れない表情ばかりで面白かったよ、また遊ぼうね」


夕焼けを背景にことかが笑顔で言うものだから余計に眩しくて直視できなかった。おいおいやめてくれよ、変な感動を覚えて涙が少しでてきたじゃないか。私はそれを見せないように俯き加減で何も言わず手を振りながらことかと別れた。


 「(あの笑顔は反則だよ...)」


と心の中で言いながらトボトボと歩いて教室へ戻ることにした。この後は教室の片付けである。扉を開くと既にはじまっていた。


 「あ、ひめりんお疲れ様ー!」

 「遅かったわね、楽しかったかしら?早速だけど片付けのお手伝いをお願いするわ!」


 乾さんや委員長達に声をかけられると一気に現実へ戻されたような気分になった。いかんいかん、ことかはもう帰ったのだから余韻に浸っている場合ではない。


 「うん、わかったよ。どうすればいいのかな」


私も片付けの手伝いをすることにした。片付けは準備の時と同じくらい大変な作業だったので今日は久しぶりに帰りが遅くなったのは言うまでもない。だけど、あの時と比べて疲れを全く感じなかったのはきっと今日が楽しかったからだと思う。

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