3章「再会」

 ☆再会 


 ①


 翌朝。私は寝坊をした。高校に入って自堕落な生活を送っていたのが原因だと思う。妹も起こしてくれたっていいじゃないかと思いながらしぶしぶ起きる。


 「全く、いつから冷たくなってしまったんだ...」


昔は優しかったはずなのにと思わずため息をつきたくなる。だが、この時間であればまだウォーミングアップをしていると思うので問題はない。急いで朝食を済ませると上はパーカー、下はジーンズにスニーカーとラフな格好に着替えて家を出た。この服装で中学へ入ると怪しまれるかもしれないけど、今日が日曜日と考えれば人も少ないだろうし何とかなるだろう。


去年まで3年間歩いていた通学路を歩くと懐かしい景色が目に映る。おまけに周りは誰もいないから、こんな景色の良い場所を何も考えずに歩いていたのかと思うとまたあの頃に戻りたい気持ちになった。あの頃は真面目に部活を頑張っていたはずなのに、どうしてこうなったのか自己嫌悪したくなってきた。楽しいことは失ってから気付くとは正にこのことである。


 学校へ着き練習場であるグラウンドをこっそり覗いてみると既に練習ははじまっていた。予想通りウォーミングアップをしているようなのだが、ことかの姿が見当たらない。彼女が遅刻なんて滅多にしないので必ず何処かにいるはずだ。グラウンドまで更に1歩近づいてみると、その中に後輩たちとは違うジャージ姿を見つけた。黒髪でポニーテールをしているのだが、よく見ればこの顔をつい最近見たことがある。


 「(一昨日ショッピングモールで会った子だ...!)」


すぐに思い出した。一昨日の買い出しの途中で、いきなり声をかけてきた人物である。


 「(ってことは...え、あの子がことか!?)」


そんな馬鹿な。私は無意識にその子へおそるおそる近付いていた。私の知っている『東 ことか』は黒髪ショートが特徴なはずのに、まるで容姿が正反対だから何かの間違いだと思いたかった。


 「あ、あの。東 ことかさんですよね?」


一瞬何を話せばいいのか困惑してしまったけど、勇気をだしてなるべく笑顔を作って声をかけてみた。一体どんな顔をするか怖かったが、女の子は爽やかな笑みを浮かべ、


 「...そうよ、一昨日振りね。小田原」


あちらも沈黙が1秒くらい続いたが、彼女も笑顔で返事をした。私と違ってその笑顔が眩して綺麗で、見惚れてしまいそうになる。


 「って何ぼーっと見てるのよ」

 「い、いや...本当にことかなのかと思って...」

 「当たり前でしょ!てかあんた、一昨日私のこと忘れてたわよね?いま思い出してくれたからいいんだけど、しっかりしなさいよ」

 「だ、だってそりゃ驚くよ。中学時代とはまったくもって別人になってるし」

 「あぁー、それは無理もないか。高校へ入ってから髪をのばして結構経つからね」


ことかは笑いながらポニーテールに結んだ髪を撫でる。しばらく見てない間に色々変わりすぎだろとツッコミを入れたくなった。その笑顔だって中学時代はなかなか見せなかった癖に、しばらく見ない間に何があったんだと聞きたい。


 「おや、今日は東以外に、もう1人先客がいるのか。珍しいな」

 「あれ、あなたは」

 「おはようございます、田間先生。お久しぶりです」


振り返るとそこには懐かしき陸上部の顧問である田間先生がゆっくりと歩いてやってきた。彼は男の先生で年齢が40代半ばくらいで非常に穏やかな性格をしている。その人柄が評判良くて生徒からかなり親しまれていた。私とことか2人で挨拶をすると先生は凄く嬉しそうな顔を見せた。先生はことかと違って容姿ともに昔と全く変わってなくて安心をした。


 「おはよう。東は来ると知っていたが、まさか小田原もいるとは思わなかったよ。いや~、2人とも中学と比べて見違えるほど変わったな!」


 「田間先生も、元気そうで何よりです」


ことかは先生に対して眩しい笑顔をして返事をした。そういえばことかは在学中の頃から先生のことをかなり尊敬しており、今回もどういう訳か中学校へやってきたのか未だにわからない。別にそこまで興味がないので、首を突っ込むつもりはないがふと気になってしまった。


 「小田原も元気そうで一安心したよ。怪我は大丈夫なのか?」

 「はい、今のところは」

 「そうかそうか。あんまり私生活で無理するなよ?まだ若いんだから人生を棒に振ると大変だぞ。あの時、練習中に倒れた時は1番驚いたからなぁ」


先生は笑っているが、確かに私は中3の時に怪我をした。詳しく言うと最後の夏の大会を目前に練習中、突然腰に激痛が走り体がバランスを崩し倒れた。周囲は慌てて私のところへやってきて担架で運ばれたのだがその後、病院で診てもらうと医者からは練習のしすぎが原因だと耳にして、これ以上の練習は禁止、さもないと私生活にも負担がかかるとドクターストップをかけられた。その結果、最後の大会はやむを得ず辞退することになり、これが痛手だったのか、優勝候補だと言われていた私の中学校は総合優勝を逃してた。ほとんどがことかの孤軍奮闘で終わったのである。


 「そういう東は高校へ入って陸上部やってるのか?」

 「いえ、私は...」


さっきの笑顔が嘘のように、ことかの表情が曇った。これには私も驚いた。きっと高校でも陸上を続けて頑張っているんだろうなと思ったが、どうやら予想してたのとは違うみたいである。


 「陸上、辞めたのか」

 「はい...」


先生は察するかのように優しく聞くと、ことかは小声で頷いた。珍しい。あのスポーツ万能で成績優秀、そして誰からも慕われていたことかが挫折をするなんて思わなかった。後でさり気なく理由を聞いてみることにしよう。今は黙って聞いていることにした。


一方の先生も先程とは穏やかな表情から真剣な表情に変わり、しばらく言葉を考えた後、ようやく口を開いた。


 「そうか、まぁお前の場合は今まで大きな挫折を経験したことがなかったもんな。何があったかはあえて聞かないが、東はまだ若い。これをきっかけに転び方を覚えておくといいぞ。その後、どうやって起き上がれるかが1番大切だと言っておこう。小田原も聞いておけよ、いいな?」


 「は、はい」


気が付けば先生は人生論を語っていた。ことかを中心に忠告をしているのかと思っていたが、私も一応怪我で陸上を断念したので挫折をした身である。自分で言うのもおかしいが、今でも自堕落な生活を送っているから尚更である。


 「人生には、必ず大きな失敗に遭遇することがある。そのせいで躓いて転んでしまうことがあるだろう。だがな、転んだ後にどうやって起き上がれるかが大切なんだ。お前らは若いうちに転んだのが不幸中の幸いだと思う。今のうちに起き上がり方を覚えておくといい。何故かというと起き上がれずに人生を終えてしまう人間を俺は何度も見てきた。だから、くれぐれもお前らにはそういう風にはなってほしくない。だから、大人になるまで起き上がり方を覚えておくといい。難しい話になったが、わかったな?」


先生の言うとおり、簡単には理解できない話だったが、言いたいことは何となくわかった。失敗しても、その後の気持ちの切り替えが大事であると解釈しておこう。さて、私にとっての起き上がり方は何なんだろうね。


 「まぁ、俺が言いたかったのはこれくらいだな。せっかく来てくれたのに長々と説教みたいなことを言って悪かったよ」

 「いえ、良いお話が聞けました。ありがとうございます」 

 「私も、参考になったと思います。ありがとうございます」


私とことかはお礼を言うと顧問は再び穏やかな表情に戻った。この人の話は上から目線で話したかと思えば最後に恐縮してしまう癖がある。それともあえて演じているのかもしれないが、その特徴がおそらく評判の良い理由だと思う。


 「さて、こんな堅苦しい話はおしまいにして、後輩たちの練習風景を見学してみないか?お前らの過ごした部活動を見て何か掴めるかもしれないぞ」


 顧問はそう言って後輩たちのところへ向かい集合をかけて指示を伝えた。2人きりにしたのは空気を読んだつもりだと思う。私は早速ことかの顔を見た。


 「ことか...まさかそのことで悩んでいてここに来たんじゃ...」

 「あははは...小田原にしては察しが良いね。高校へ入って陸上部すぐに辞めちゃった」


ことかは弱弱しく笑いながら、いま一度私に辞めたことを告げた。その彼女らしくない態度を見てると、どうやら訳ありのように感じる。


 「どうして、辞めちゃったの?中学の頃はあんなに真面目に練習してて良い成績あげてたのに」

 「ちょっと色々あってね、伸び悩んで同級生に記録を抜かれたのがショックだったのもあるけど、勉強についていけなくなったのもあるかな。それと、上下関係が厳しすぎて部の雰囲気に馴染めなかったとかで、気付いたら嫌になっちゃった」


 「そういうことだったのか...」


確かに中学の陸上部は上下関係が緩かったので、高校ではきっとカルチャーショックを受けてしまったんだろう。ことかは私に弱い部分を見せたくなかったのか無理に笑みを作った。


 「志望校にも通り入れたし、高校でも文武両道で行けるかと思いきやまさかこんなことになるとは思わなかったよ」


私は励ましてとしてどういう返事をしようか考えてみたが、結局何も思い浮かばなかった。正直こういう重い空気は苦手だ、居心地が悪い。本来ならば私が冗談を言って和ましたいのだけれど、とてもじゃないが今はそんな勇気が出ない。気の利かない私が情けなかった。


 「でもね小田原、辞めた途端に肩の荷がおりたからスッキリしたよ」

 「え、どういうこと?」

 「いま思うと辞めて後悔はなかったのよ、これ以上無意味なままダラダラ続けるのも嫌だったし。ただ、その後のことを考えてなかったのが誤算だったかな。今は学校へ行って授業聞いて帰るだけの中身のない生活を送ってるよ」


予想外だった。ことかのことだから、悔しくて悔しくてたまらないかと思っていたがいつの間にか清々しい表情に変わっていた。何だか最初に出会った頃のプライドの高いことかとは違っているように見えた。


 「それなら私も同じだよ」

 「え?」

 「私も高校へ入ってからはぼんやり過ごしてる。そこはことかと同じだよ。授業終わってからは、友達と放課後遊んだりしてフラフラ過ごしてる」 

 「小田原...」

 「だから、そんなに難しく考える必要はないと思う。それにこうしてことかと再会できたのも何かの縁だし、できれば中学のときにまた仲良くなれたらいいし、それに...」


 「それに?」

 「久しぶりに会えたと思ったらそんな萎れた態度とるなんて、ことからしくないよ!私の知ってる東ことかは、もっと前を向いてしっかりしてたでしょう!」


気が付けば私は感情的になっていた。どうした私、普段は他人に興味ない癖して何故ことかに対してこんなに熱くなっているんだろう。自分自身よくわからなかった。


それを聞いたことかは何も言わずに体を震わせている。


 「(しまった...泣かせてしまったか?)」


と思いきや違う。むしろお腹を抱えて爆笑をしていた。


 「あっははははは!!私らしくないなんて、あんたに言われるとは思わなかったよ。はははは!」

 「な、何がおかしいのさ...」

 「よくわかんない。だけど、おかしいの!」


大声で笑っている姿を見て恥ずかしくなってきた。さっきの私って何か可笑しなことでも言ったか?こんなこと、顧問や後輩たちに聞かれてないだろうな...そしたらとんでもない公開処刑である。いい加減、笑うのをやめてほしい。。。


 「ひぃひぃ...あぁ~面白かった。なんか笑ったらスッキリしちゃったよ。」

 「私は恥ずかしかった」

 「ごめんごめん、でも何となくモヤモヤは解けたかな。ありがとね、小田原」


私はまた文句でも言ってやろうと思ったが、素直にお礼を言われたので返す言葉が見つからなかった。やっぱりこいつは少し変わったなと思う。しばらく見ない間に大人になりやがって、これじゃあ隙が無いから前みたいにいじれなくなるじゃないか。


 「でも、私からも言いたいことあるかな」

 「な、何さ」


ことかは私に近付くと頭を軽くチョップした。


 「顔と名前を忘れかけてた小田原に言われたくない!」

 

久しぶりにことかの毒舌を聞いたのであった。なかなかムカつくことを言ってくれるではないかと思った。


 「何を嬉しそうな顔してるのさ...気持ち悪い」


思わず表情が顔に出ていたらしく、またもやことかに突っ込まれた。別に叩かれて嬉しいと感じた訳ではない。いつものことかが戻ってきてくれて嬉しかったからである。私は首を横に振って、


 「生意気なあんたが戻ってきたことが嬉しいんだよ、ことにゃん!」

 「こ、ことにゃんですってー!?その呼び方辞めろって言ったでしょ、小田原のバカ!」

 「あははははは!」

 「もう、まったく...やっぱ小田原といると楽しいわね」


ことかも嬉しそうな表情をしていたので安心した。高校へ入って乾さんとは、こういう会話を全然しないから懐かしい。もっと色々と会話をしたかったが、顧問に呼ばれたので後輩たちのいるところへ向かうことにした。もしかしたらことかは、さっき顧問の言っていた起き上がり方とやらのコツを掴めたのかもしれない。




 ②




 先生は後輩に集合をかけ、私たちを簡単に紹介したあと臨時コーチとして指名をした。とは言っても2人とも部活を辞めてしまったんだし、そんなに良いアドバイスはできないよねと私とことかは苦笑いを浮かべた。だが、難しく考えずに思ったことを伝えれば大丈夫かと自分自身に言い聞かせ、後輩の指導に移った。


妹を除いた後輩たち(2年生と3年生)は私たちを見て驚いていたり、笑顔で挨拶をしてくれた。中には『カップルがやってきた』とまで言ってきた人もいたが、あえて突っ込まないことにしよう。それ以外は礼儀正しい後輩ばかりでよかったなと思いつつ、ことかと2人で簡単な指導をして今日の練習は終わった。


 

 片付けを終えた後、先生の話を聞いて解散した。帰る前に妹がこっそりやってきて、


 「恥をかくかと思ってヒヤヒヤした。だけど、教え方はわかりやすくてよかったと思う」


とまるでツンデレのような返事をされた。生意気な態度に腹が立ったが、褒め言葉として受け止めておこう。どうやら妹は部活内では同級生や先輩と仲良くやっており、噂によると次期主将として期待されているみたいだ。思った以上に優秀な人材として扱われていたから、姉として嬉しかった。是非頑張ってほしい。


 「あんたの妹、かなりしっかりしてるじゃない」

 「家では滅多に会話はしませんが自慢の妹です、はい」

 「きっと姉もそれくらい優秀なんでしょうねー、顔が見てみたいわー」

 「ほっといてくれ...」

 「あら、何のことかしら」


ことかはわざとらしく棒読みで皮肉をつぶやいてきた。恍けた態度が余計に腹が立つ。ことかは元々一人っ子なので何も仕返しができず、ただ黙って聞くことしかできなかった。


 「それじゃあ、今日は2人ともありがとう。暇があればまた学校へ来てくれ、歓迎するよ」

 「「はい、今日はありがとうございました!」」 

 「2人とも仲良く元気でやれよ」


先生は最後にそう言って、グラウンドを後にして職員室へ向かった。あ、先生もことかと仲が良いことを認めちゃうんですね。それは仕方ないか、さっき一部から付き合ってるんじゃないかとまで疑惑がついてたんだし。それよりも辺りを見回せばグラウンドは私とことか2人だけになっていた。時刻は昼を迎える頃だ。


 「話を戻すんだけど、小田原は高校で友達できたの?私からすれば、それがかなり衝撃なんだけど」

 「む、失礼な、私だって高校入って少しは友達できたよ!一緒にお弁当食べたり、放課後はたまに遊んだり」

 「へぇ~、それは安心したかな。中学のときは私しか友達いなかったから、高校はぼっちだと思ったよ」

 「そういうことかはどうなのさ、最初出会った頃は私と同じでぼっちだった癖に」

 「私は普通に過ごしてるわよ。優等生なのは変わらないし、小田原に心配する筋合いはありませんよーだ」


意地悪で言ってみたつもりが、ことかは舌を出して言い返してきた。そういえばこいつはあの林間学校での肝試し以降、人が変わったように社交的になったと思いきや、周りの友人が集まりだすようになったんだっけ。きっと高校でもうまくやれているんだろう。いじめられたり孤立してなくて心配だったが、その必要はないようだ。


 「そういえば、ことかって今どこの高校へ通っているんだっけ。かなり頭の良い高校へ進学したみたいなことは聞いたけど」

 「私?あぁ、一昨日会ったときはお互い高校の制服姿だったもんね。...ってあんたに学校名言ってもわからないか。とりあえず地元だと有名な進学校だよ。中3の頃に担任に進路相談で強く言われたから、あまり考えずに結局言われるがままにそこへ進学しちゃった。」


丁寧に学校の特徴を言ってくれたから正直助かった。ここは以前住んでいた場所と比べてなかなかの都会だから高校の数が多いため、学校名だけを言われてもいまいちピンとこなかった。


 「私もことかと同じで、担任に勧められたまま何も考えずに今の学校を選んだよ。部活はできなかったからスポ推も無理だったし、いま思えば行ける学校が見つかってよかったよ。勉強もできなかったし。」


 「無気力も良いところだわね...でもそこの女子高ってそんなに評判悪くないと思ったよ、よかったじゃん」

 「おぉ、何も言ってないのに私の通ってる学校がわかってしまうとは流石」

 「この間、小田原の制服見てすぐにわかったわよ。結構制服が可愛いって聞くし羨ましいよ...」

 「え、最後なんて言ったの?声が小さくてよく聞こえなかったんだけど」

 「な、何でもないわ、忘れて!」


慌てながら否定をするので気になったが、問い詰めてもどうせ答えてくれそうにないので忘れよう。



 「(私の通ってる学校ってそんなに評判が良かったのか...)」



あまり気にせず高校を選んでしまったうえに、いまの生活を普通に楽しんでいたので釈然としない。変な高校へ入らなくて心底よかったと思う瞬間であった。このまま無事に卒業できたらいいな。


 「それよりもあんたの通ってる学校って、いま文化祭の準備で忙しいんでしょ?大変ねぇ、あそこの学校は文化祭に凄い力を入れてることで有名だし、あのとき重たい荷物を運んでるのを見てたから尚更そう感じたわ」


 「確かにいまは大変かな。入学3日目のオリエンテーションで聞いたからどのくらい力を入れているのかわからなかったけど、これが予想以上にしんどくて」


 「あっははは、流石ね。まぁ私立の高校はお金持ってるから何処もそんな感じだとは思うけど」


一昨日に夜遅くまで残って作業してたことを思い出す。明日は月曜日ということを考えたら憂鬱になってきた。どうか明日は早く帰れますようにと祈りたい。サザエさん症候群に陥る人間の気持ちが身に染みる。大体の人間が日曜日の夜を迎えれば憂鬱に感じるのだが、学校を卒業して働くようになればきっと更にその憂鬱さが増すに違いない。ずっと学生でいたいと思うばかりだ。


 「まぁ文化祭だけしか苦労しないと思えばあっという間だし、頑張りなさいよね。」

 「こういう時に限って公立の学校が羨ましいよ」

 「よく言うわよ、いまを楽しまなければいつ楽しむのって話になるのよ」

 「はいはい」


ことかの小言に対して私は適当に返事をした。


 「でも時間があれば私も行くよ、あんたが高校ではどんな風なのか気になるからね。いつ開催するの?」

 「ちょうど今から2週間後。冷かしは勘弁してね」


プププと笑う姿を見て私は素っ気ない態度であしらう。私のクラスはお化け屋敷をやる予定なのだが、あえて黙っておくことにしよう。その方が面白そうだし、また悲鳴をあげる彼女の姿が見たい。


 

 「それじゃあ小田原、この後用事があるから先に帰るね」



ことかはスマートフォンに表示されている時刻を見ながら言う。もっと色々話したかったが、用事があるというなら仕方ない。


 「文化祭は気が向いたら行くわね!あ、あと折角だから番号とメアド交換しようよ。流石に高校入ってスマホは持つようになったわよね?」

 「持ってるよ。基本サイトをたまに覗いたりしかしてないけど」

 「それならよかった!早速教えるよ!」


こうして、ことかと私は電話番号とメールアドレスの交換に成功した。今までは私が携帯電話もスマートフォンも持っていなかったので、連絡手段は自宅の電話かパソコンのメールからだった。それでも滅多にメールや電話なんてこないから正直必要ないとは思っていたけど、これでことかといつでも連絡が取れると思うと嬉しくなる。高校が違うとなかなか会える機会がないからね。こうして、私のアドレス帳には2人目の友達の番号とメアドが登録された。ちなみにもう1人は乾さんである。


 「それじゃあ、また何かあったら連絡するね。お互い色々とあると思うけど、また遊ぼうよ」

 「うん、今日は楽しかったからね。私も暇だったら連絡する」


寂しい顔をすることかに私は安心させるように笑顔を見せた。今度また会った時は顔を忘れないようにしようとな。未だに黒髪ロングな姿とイメチェンした彼女には慣れない。



鞄を持って帰る準備をしようとしている後ろ姿のことかを見て、私は声をかける。


 「ことか」

 「ん、どうしたの?」

 「今更だと思うけど、その...今の髪型似合ってるよ。凄く綺麗」


恥ずかしげに私は言うと、ことかも照れているのか若干顔を赤くして反応に困っていた。せっかく人が褒めているのにお礼ぐらい素直に言えよと思ったが、


 「うん、ありがとう。高校から伸ばしてみたんだけど、小田原に言われて嬉しいよ」

 

照れながらも笑みを浮かべる姿は可愛かった。


 「それじゃあ私はあっちの裏門の方が近いから、あっちから帰るね。今日はありがとう、お疲れ様。また会いましょ!」

 「うん、またね」


お互い手を振った後、私は正反対に正門の方へと歩き帰ることにした。また、ことかと遊びたいなと思いつつ、気がつけば歩く歩幅がいつもより大きくなっていた。

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