ある男女の別れ

有栖川ヤミ

『これで、終わり』

「お互い幸せになろうね」

彼女は言った。

それはないんじゃないか、と言いたくなるほど明るい表情で。

「ねぇ、もう一度やり直せないかな」

俺は言う。

「私とあなたじゃ無理だよ」

当然のように彼女は言い放つ。

ああ、もう、終わりなんだ。

2人で積み重ねてきた思い出が、音を立てて崩れてゆく気がした。

「初めて会った時さ、」

俺が言い切るのを遮るようにして彼女は言った。

「もう、良いかな?そんな話今したって遅いし」

分かってるよ。

いつからか大切にしてやれなかった。

分かってる。

それでもさ、ずっと長いこと隣に居たわけじゃん。

「…そうだよな、ごめん」

「別に謝ってほしいわけじゃないよ」

「俺、別れたくないんだよ」

「私は別れたいの」

会話がまるで平行線だ。

昔はもっと色んな話して、書き順のことでさえ盛り上がってたのに。

「俺、君とじゃないと幸せになれないよ」

「私たち、お互いのこと分かり合えないって分かってるじゃない」

どちらかが浮気をしたわけでも、彼女に好きな人ができたわけでもない。

ただ一緒にいるのが辛いのだと、そう言われてもう1週間経つ。

「人間なんて分かり合えないもんだろ」

「3年一緒にいて、あなたのこと一つも理解できないの」

「じゃあ何でもっと早く言ってくれなかったんだよ!」

思わず声を荒げる。

「少しずつ知っていく間に好きになれると思ってたし、良い人だから好きになりたかった」

「ずっと好きだった俺の気持ちは」

どこに行くんだよって言おうとしたけど、言っても仕方がないと分かった。

人を好きになれない人というのも世の中には存在して、自分の彼女がそれだった。

最初は、好きになってくれなくて良いと思っていたし、彼女も俺からの好意を快く受け止めていた。

だんだん、俺が虚しくなって、少し彼女と距離を置くようになった。

それに気づいた彼女は、人を好きになれない自分を責めるようになった。

俺が知らないところで、自傷行為もしていたらしい。

そうして、つい1週間前、別れ話を切り出されたのだ。

正直、付き合っているのに片想いという過去と現状は、少し悲しいものがある。

それでも、彼女といて楽しいのは事実だし、彼女が笑ってくれれば良いという気持ちの方が強かった。

今は…?

気づいてしまったら、もう別れを受け入れるしかなかった。

「今まで、俺の我儘で付き合ってくれてありがとう」

そう言うと、彼女は今まで見たことないほど顔を綻ばせた。

何だ、ずっと、ずっと、好きという気持ちで縛り付けていただけじゃないか。

「お互い幸せになれるよね、さよなら」

彼女は微笑みながらそういうと、俺に背を向けて歩き出した。

さよなら、今までの俺達と大好きだった君。

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ある男女の別れ 有栖川ヤミ @rurikannzaki

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