第31話



「瑞希?瑞希……?」


身体を揺すりながら私は瑞希の身体を起こすように支えた。瑞希の顔は青白く目も閉じかかっている。いつも暖かいのに冷たく感じる身体に言い様のない恐怖が襲ってきた。これは、もう本当に……死ぬの?このまま瑞希が死んで……幸せになるの?本当に、幸せになるの?私はもうこれしかないと思っていたけどこのまま死ぬのを見ているなんて嫌だった。やっぱり違う。あの女の言葉を少しでも信じた自分が情けなかった。いつも自分を信じていたのになんで揺らいだんだろう。これって……また、私が壊したの?また、私は間違えたの?


「…レナ」


「瑞希?なに?」


不意にか細い声で呼ばれて顔を寄せる。

瑞希はうっすらと笑いながら言った。


「もう大丈夫だよ…幸せになるから……」


「なに……なに言ってんの?…私、私こんなの…こんなの、やだ……」


私のことをまだ考えてる瑞希に思わず涙が出た。今さら全てが遅いのに気づいても取り返しがつかないのに泣いている自分に嫌悪する。なんで今分かったんだろう。瑞希の言葉にイラついて腹が立った時もあったけど腑に落ちる時もあった。瑞希が笑うのがムカつく時もあったし、なんかよく分からない気持ちになる時もあった。あれは全部好奇心なんかじゃなかったんだ。私はずっと与えられていて、それに甘えていた。そして聞いていたはずなのに、ちゃんと聞いていなかった。


「レナ?なに泣いてんの?」


瑞希は驚いたように声をかけてきた。私が泣くと思わなかったのだろう。私は今の気持ちを伝えた。ちゃんと言わないと私はまだなにも言えていない。


「私、全然幸せじゃない…。嬉しくない…。こんなの…間違ってた…。私あんたが死ぬのやだ…!」


「……間違ってないよ?レナは間違ってない」


「違う!こんなの違う!間違ってる!」


瑞希はさっきのように否定しなかった。それが本当に意味が分からなかった。いつも私と意見が違うくせに。イラついているのに涙が止まらない。なんで涙が止まらないんだ。涙が鬱陶しくて手で拭おうとしたら瑞希が指で拭ってくれた。


「泣かないでよ。私が先に死ぬだけだよ?」


「あんたが死ぬのなんか見たくない……。私……一人になりたくない……怖い……」


今までずっと嫌だった。あの女のせいで嫌な思いばかりして、笑っているやつがうざかった。私は笑えないのに幸せそうでイラついた。あの女を気にして生きてる自分にもイラついていたけど瑞希と過ごしてあの嫌な気持ちが和らいだ。嫌なやつしかいないからずっと一人でいいと思っていたけど私は一人じゃ嫌だった。


「…一人にならないよ。一緒にいるから」


「……嘘つき…」


また一人になる。もう後悔したり嫌な思いをしたくなかったのに私のせいでまた同じ思いをしようとしてる。嫌だ。本当に、嫌。なんで間違えたんだろう。自分に従ったのに間違ってしまう。自分は一番信じられるのになんで間違うの?本当に自分が嫌だった。あの時と一緒で惨めで辛かった。でも、まだ希望がある。

あの女が死んだ時のように冷静に考えが思い付いた。


「ねぇ……今度は私が一緒にいる。あんたがいくなら私もいく」


「…レナ?」


「ちゃんと言ったこと守ってよ。あんたは私と一緒にいるんだからね」


迷いはなかった。無くしたくないから出すだけだ。金で何かを買うのと一緒。ただそれが今回は私だっただけ。私は近くの机に置いてあったお気に入りのナイフを掴むと自分の脇腹に刺した。鋭い痛みが走って血が溢れてくる。耐え難い痛みなのに安心した。これで私は一人じゃなくなる。


「レナ?…どっか、痛いの?」


瑞希は今の状況を理解してなさそうだった。目が閉じかかっていて今にも眠りそうなのに私が顔を歪めたから心配しているようだ。

本当に、ムカつく。本当に、愛している。


「別に。あんたが嘘ばっかり言うからムカつくだけ」


「ふふふ……嘘なんか…いつも言わないじゃん私」


「嘘でしょ?…絶対、許さないから」


ムカつく。ムカつくけど少し笑った顔を見ていたらまた涙が出そうだったから抱き締めた。

ねぇ、本当に一緒にいてくれるの?私を1人にしない?私あんたが好きだから一緒にいてほしいの。

無くなってほしくなくて怖かった。いつもなら抱き締めてくれるのに抱き締めてくれないから思わず言ってしまった。


「…ねぇ、そばにいて。ちゃんと、私と一緒にいて…」


自分で招いたのに、ここに来て安心が欲しくて求めていた。自分で追いやったのに、自分のせいで不安になっているのに。瑞希はいつものように応えてくれた。小さな声で。


「うん……ずっと…いるよ。一人にできないよレナは…」


「………うん」


「レナ……さっきは分かんないって言ったけど、私…幸せになると思う。死ぬのって……ダメなことだと思ってたけど……今すごく嬉しいよ。レナが思う幸せを叶えてあげられて良かったよ私……。レナのためになれたのが嬉しくて、今すごくいい気分なの…」


「うん……」


いつもそうだった。私は何もしないのにいつも与えてくれて私を好きでいてくれた。私より私を考えていた。私のために自分を差し出して笑って、私をいつも受け入れて、胸が痛かった。


こう言わせたのは私だ。瑞希じゃない。

でも、嬉しくて、苦しいのに私も幸せな気分になって応えたくなった。

だって違うけど、幸せなんだもん。

こんなに優しくされて嬉しくない訳がない。

いつもこの優しさに私は救われていたんだ。



「……私も……嬉しい」


「うん……今が、これだけ……幸せなら、死んでも絶対、幸せだよ……」


「……うん…」


「だ、から、心配しなくて、大丈夫だからね。……しあわせだから」


「……うん」


瑞希の優しさに私は涙を拭った。

泣いてないでちゃんと言わないと。もう私達は最後だからちゃんと私が出さないと。今まで散々瑞希にやらせてたんだから私がやらないと。


「瑞希、私のことはもういいから。私はもう大丈夫だから……幸せだから……瑞希はどう思ってるの…?」


瑞希の気持ちをちゃんと分かっていたい。私のことじゃなくて瑞希のことを知りたい。私にも優しくさせて?好きだから私も優しくしたいの。

瑞希はうっすら笑ったくせに涙を溢した。



「わたし……レナにそばにいてほしいよ」


「…………そんなの…あたり前でしょ?」


瑞希のたった一言が私の言葉をつまらせた。

そんなことを言うと思わなかった。もっと私が聞けば良かった。私のことばっかり気にしてないで言えば良かったのに……なに寝てんの?


「私の気持ち知ってるでしょ?あんた察しがいいし、バカじゃないのに……なにバカみたいなこと言って寝てんの?いつも私が寝るまで起きてるくせに」



本当にバカじゃないの?いつもいつも、他人ばっかり考えて、バカじゃん。本当に、本当に……。


「……バカだったね私。……私の方がなにも分かってなくてごめんね。本当にごめん……」


謝ったって変わらないのに私は謝っていた。

自分でいっぱいで気づけなかった。瑞希だって当たり前に不安を感じたりするのに私はそんなこと思わないと思っていた。

愚かでバカで今さら嫌になる。でもそれよりも今はもっと大切なことがある。余計なことばかり考えている暇はない。私は眠ってしまった瑞希の頭を撫でてあげた。いつも私にしてくれるように。


「今日は私が子守りをしてあげる。あんたが嫌な思いしないようにずっとそばにいてあげる」


今までも嬉しかったけど、今も嬉しく感じる。

寝顔が愛しくてずっと見ていたくなる。幸せだから見ていたいのに急に私も眠くなってきて目蓋が重い。だけど、瑞希を見ていたい。私がそばにいてあげないと。


「瑞希、幸せにしてくれてありがとう。今もずっと……私……嬉しい。ずっと一緒にいれて嬉しい……」


瑞希がいて、嬉しくて、幸せで……もう怖くなかった。今やっと、嫌なことはなくなった。あとはこのまま一緒にいれば大丈夫だ。だって瑞希が大丈夫って、幸せになるって言ってたから。


「瑞希……私、あんたがずっと好きだった。でも、気づけなくて……さっき気付いた。まぁ、あんたは気付いてたかもしれないけど……言うの遅くなってごめん」


できれば起きてる時に言いたかったけどこれからずっと一緒なんだからいいか。私は瑞希に軽くキスをして強く抱き締めた。できるだけ近くにいたい。ちゃんと聞こえてほしいことがあるから。


「……瑞希?いっぱいくれてありがとう。あの女より私を愛してくれてありがとう。全部嬉しかったからね。私、あんたが守ってくれたから嫌な思いしなかった。……本当にありがとう」


言いながら胸が苦しくなって止まったはずの涙が出た。なんで?なんで幸せなのに切ないの?これからも幸せになるのに、瑞希が幸せだって言ったのに……瑞希。


「瑞希……私が死んだら応えてくれるよね?……ちゃんと待っててよ。いなかったら怒るから」


ちゃんといてよ?私は一人じゃ嫌だから。

瑞希と一緒じゃないと嫌だから。


「瑞希……」


急激な寒気と眠さに私は目を閉じた。

もう一人じゃなくなる。

私はずっと瑞希と一緒にいられる。

これからずっと幸せになるんだ。


「ねぇ、瑞希……」


私は瑞希に囁いた。

嬉しくて愛しくて切ないから。


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魔女は呪いにかけられて 风-フェン- @heihati

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