第981話 爽やか対応の男 3

(前回からの続き)


 受験生で一杯の教室に入ってみると様々な年齢の人間がいて不安になった。

 どうみても受験のプロとおぼしき者までいる。

 オレはベテラン受験生たちに囲まれて完全にビビッてしまった。


 実際に試験を受けてみると……

 何とも手応えのない問題ばかりだった。

 物足りなさを覚えつつ、休憩時間に周囲の会話に聴き耳を立てる。


 プロやベテラン達が答え合わせをしていた。

 「ちょっと、ちょっと。その答えは違っているんじゃないですか」とオレは横から口をはさみそうになる。

 もちろん余計な事は言わずに1人で黙々と弁当を食べた。


 冷静に考えてみればベテラン受験生ってのは失敗続きの結果に過ぎない。

 本当に手強てごわいのは幼い顔をした連中だ。

 


 試験が終わってから慶應大学のキャンパスを歩いてみた。

 青春の学生生活を過ごすにはピッタリの場所だぞ、ここは。

 たちまちオレの頭の中に女子大生達に囲まれて楽しいキャンパスライフを送っている自分の姿が浮かんでくる。


 と、慶應大学学生新聞の取材に捕まった。

 出身地や志望校などを根ほり葉ほりかれた挙句あげく、「慶應大学と両方受かったらどちらに行きますか?」と尋ねられて立ち往生してしまった。

 もちろん学費を考えても慶應には行けたものじゃないが「今回の受験は練習だ」と言うわけにもいかないし……


 と、そこにやってきたのが同じ高校の1年先輩。

 確か実家は開業医だったはず。

 その先輩はスポーツの全国大会で活躍していた上に、その容姿から女子生徒達に大人気だった。

 今でいうところのイケメンという奴だ。


 ただ、スポーツに熱中し過ぎたのか医学部受験では2浪目だった。


「医学部では慶應の他にどこを受けるんですか?」

「岡山大学です」


 なるほど、渋い選択だ。


 当時は知らなかったが今のオレなら知っている。

 岡山大学医学部といえば旧六きゅうろくの一角。

 数多あまたある国立大学の中でも格上とされている。

 周囲にライバルのいない中国四国地方で無双している存在だ。


「じゃあ、もし岡山大学と慶應大学の両方に受かったら、どちらに行きますか?」


 この質問に白い歯を見せながらすかさず答える先輩。


「そりゃあ家を売ってでも慶應に行きますよ」

「本当ですか!」


 さわやかだ、爽やかすぎる!

 たちまち学生新聞の記者までとりこにしてしまった。


 やっぱりイケメンってのは顔だけじゃなく、態度も相応そうおうってわけだ。


 横であっけにとられていたオレの肩をポンと叩いて先輩は去っていった。



 さて、慶應大学医学部の受験。

 工学部とは比べ物にならないくらい難しかった。


 できた気はしなかったが、他の受験生も同じはず。

 そう自分に言い聞かせて帰路についた。


 が、結局は落ちていた。

 もちろん受かっていたとしても経済的理由で行けたもんじゃない。


 慶應ボーイになりたい連中が多すぎるのか、受験時の1つの教室で1人か2人しか受かっていなかったようだ。

 が、オレと同じ予備校から受けた奴が通っていた。


 そいつはのちに地元の国立大学医学部にも合格することになる。

 でも最終的には慶應大学に行った。

 学力もさることながら、財力もあったわけだ。



 ちなみに先輩の方は無事に岡山大学に進学した。

 慶應大学には落ちたのだろう。

 家を売らなくてよかったともいえる。


 いや待てよ。

 先輩の実家は開業医だぞ。

 慶應に行くくらいの学費なんか楽勝だろう。


 と言う事は「家を売ってでも」というのもまたさわやか対応の一環だったってことか。


 まったくイケメンって奴は……

 奥が深いぜ!


(「爽やか対応の男」シリーズ 完)

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