第966話 胸がドキドキする男 4

(前回からの続き)


 当時も今もグループ内の病院はそれぞれに複数の訴訟を抱えている。

 そのうち、特に苦労させられていた事案があったのだ。

 某病院の脳外科で手術した患者が死亡して訴えられたというもの。


 すでに地裁では敗訴していたので、被告側が控訴していた。

 本来なら争いが高裁にうつったところで当事者それぞれを控訴人、被控訴人と呼ぶべきであるが、混乱を避けるためにここでは原告、被告と呼ぶことにする。


 原告側には匿名の協力医がついていた。

 そして被告病院の診療を粗探あらさがししては重箱の隅をつつくような論争を仕掛けてくる。

 それに対して被告病院の代理人弁護士は防戦一方。

 訴えられた医師も疲労困憊していた。


 そもそも論争のテーマが重箱の隅なのか本質的な部分なのか、裁判官も双方の弁護士も分かりようがない。

 だから原告側協力医が無双していたのだ。


 で、オレは被告病院のために加勢することになった。

 具体的には意見書による反論。

 原告側の主張は些末さまつな部分にこだわりすぎている上に医学的にも間違っている、といった趣旨のものだ。

 すぐさま原告から反論される。


「ほほう、そう来たか。ならこう返してやろうじゃないか」


 そう思いながら、こちらも即座に反論の意見書を返す。


 気がつけばオレの作成した意見書は何通にもなっていた。

 それに対して原告側もすぐに反論してくる。

 いつまでこのやり取りが続くのかと思っていたら、急に反論が来なくなった。


 結局、原告と被告の双方が和解勧告に応じる形で裁判が終わった。

 病院が支払うべき金額は地裁判決の3割にも満たない。

 だから病院としては控訴した甲斐があったというもの。

 一方でともかく和解金を支払わせるという事によって病院に非を認めさせた原告側もメンツが立った。

 もともと金目当ての訴訟ではなかったので、こういう形での決着がベストだったのだと思う。


 この事があってから何らかの形で関わった訴訟はグループ病院だけでも10件以上になった。

 これら医療裁判に関わるにつれ、徐々に損保会社、医師会、医療安全調査機構などからお手伝いを依頼されるようになった。


 それとは別にグループ病院のスタッフを集めての医療安全管理者養成講習会も行わなくてはならない。

 医療安全管理者は各病院に置く事が義務付けられており、その認定のために40時間の研修がある。

 この研修を企画・実行するのが、オレの仕事だった。

 座学だけでは面白くないので、オレたちが工夫したのはロールプレイを取り入れた参加型の講習会だ。


 このような講習会を行うためには自分自身も勉強する必要がある。

 病院の顧問弁護士に協力してもらい、事故対応、警察対応、紛争対応、記者会見、模擬裁判などのシナリオを考えた。

 これまでに蓄積していた記録を掘り起こしては、その事案をもとにしたロールプレイを行ったのだ。

 振り返って考えても、よくあれだけ多くの事をやったもんだ、と思う。


 が、そんな日々、オレは新たな病気に出くわすことになった。


(次回に続く)


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