第965話 胸がドキドキする男 3
(前回からの続き)
今回は右大腿動脈からのカテーテル挿入だ。
右手首の穿刺に比べてかなり痛い。
スムーズにカテーテルが挿入される様子がモニターに写されている。
術者と助手が短いやりとりをしながら、どんどん事が進んでいく。
手順は脳外科の血管内治療と変わらない。
たちまち9番と7番にステントが留置された。
「お疲れ様、終わりましたよ。後は穿刺部を縫って終了です」
そう術者に声をかけられたが、オレの口から出てきたのは「むっ、ぐぐぐ」という音だった。
大腿動脈の縫合が予想外に痛かったのだ。
というわけで無事に血管内治療が終了した。
使われたのは当時の最新型薬剤溶出ステント「サイファー」だ。
ただただ生きている事にオレは感謝した。
目に入る風景の何もかもが輝いて見える。
もう歩いても階段を昇っても心臓がドキドキしない。
有難いことだ。
が、抗血小板薬、降圧薬、高脂血症薬など、何種類かの薬をのまなくてはならない。
確かに血圧も高めだしコレステロールも高めだった。
だから冠動脈が狭窄したのかもしれない。
しかし振り返ってみれば脳外科医としての過酷な勤務が最大のリスク要因だったのではないかと思う。
今回の発病を機にオレは当直を免除してもらった。
自然に手術に入る事も減ってしまう。
とはいえ、数少ない手術が深夜に及ぶ事もある。
だから身体に悪い仕事が全くなくなるわけではなかった。
血圧、血糖、コレステロール、食事、運動、体重、睡眠、仕事。
あらゆるリスクに気をつけた。
目標は50代で終わるかもしれない寿命を60代に延ばすことだ。
幸い仕事量は格段に減った。
規則正しい生活をしていたせいか、徐々に体重が減ってくる。
オレは主として外来を行い、たまに手術をする生活に慣れていった。
でも手術をしない脳外科医って、それって一体……
そんなある日の事。
同僚の内科医から声がかかった。
どうやらその先生が病院を
仕事といっても内科の仕事ではない。
グループ病院全体の事務系の仕事だ。
内容は主として医師リクルート、訴訟対策、職員研修の企画実行になる。
事務系の仕事ではあるが、医師としての知識が必要なものだった。
そういう系統の仕事をオレは嫌いではない。
むしろ
だから年度替わりから後を継ぐことにした。
週のうちの半分をスーツ、後の半分を白衣で過ごす生活になるわけだ。
が、思いがけず引き継ぐ前から新しい仕事に深くかかわる事になってしまった。
(次回に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます