第962話 頼りになる女

 脳神経外科でも総合診療科でも、外来をやっていると患者からの色々な質問に悩まされる。


 こう言ったら申し訳ないが、何でそんな質問をするのか?

 真面目に答えたら理解してもらえるのか?


 そんなたぐいの質問だ。


 たとえば血液検査をしたとする。

 今の時代、30項目や40項目まとめてする事がほとんどだ。

 で、そんな数の検査をすれば1つや2つ、基準値から外れる。


 たとえばASTの基準値が10~30とした場合、31や32という数値を見たら「何でこんな高いのですか!」と驚かれたりする。

 まるでオレがとがめられているみたいだ。


 31や32でも気にするな、とオレは言いたい。

 何かの薬を飲んでいれば酵素誘導でそのくらいの数字になる事はいくらでもある。

 でも、本人は納得しない。


 だから説明を試みるのだが、大抵の場合は余計に混乱させてしまう。


「そもそも正常値という考え方がおかしいわけであって、単なる基準値ですよ」

「基準値って何なんですか!」

「多くの人の測定値のうちの95%の人がとる値の範囲を機械的に表示しているだけなんです」

「?」

「だから沢山の項目を検査したら1つや2つは基準値から外れるんですよ」

「??」

「仮に40項目の検査をしたとして、全部の結果が基準値内に収まる確率はどのくらいだと思いますか?」

「???」


 もう相手が理解しているかどうかなんか知ったこっちゃない。


「普通に働いている人も入院している患者さんも含めて、40項目全部の数値が基準値内という人は13%に過ぎないんですよ」


 95%の40乗は12.85%になるからだ。


「じゃあ残りの87%は病人かといったら、そうじゃないですよね。そんなに病人がいたら日本という国が成り立たないと思うんですけど」

「でもお」


 単に背の高い人もいれば低い人もいるというだけの話だ。

 日本人男子の95%が入る身長というのは159~183センチらしいので、158センチとか156センチが病人かと言われれば、それは違う。

 だから身長測定で158センチだったからといって大騒ぎしたりしたら、むしろ頭か心の病気を疑うべきだ。


 でも、仮に145センチの身長の成人男子がいたら、何かの病気がないか調べるべきだろう。


 困るのは患者本人が数値にりつかれてしまう事だ。

 そんな人は何人も見てきた。

 あれが心配これが心配、と言いながら週3回は病院にやってくる。


 ある患者はついに精神科の閉鎖病棟に入れられた。

 しばらくするとものが落ちて元に戻ったみたいだ。

 珍しく担当精神科医が尊敬されていた。


 ここまで極端な人は多くはないが、その予備軍は沢山いる。


 オレも真正面から説明するのをやめて、もうちょっとマシな対応をするべきだろう。


 たわむれにChatGTPチャットジーティーピーに「病気ではないのにASTが高値を示すのはどんな場合でしょうか?」と尋ねてみた。


すると……

・激しい運動

・アルコール摂取

・喫煙

・肥満やメタボリックシンドローム

・薬物の影響

・加齢

・ストレスや過労

・食事内容

・サプリメントやハーブの使用


 なかなかいいじゃん、これ!

 1つも心当たりの無い人なんかいないだろう。


 オレは今日、初めてChatGPTを頼りになる仲間だと思ったかもしれない。


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