第961話 腹痛に耐える男 2
(前回からの続き)
何事も起こらない平和な日々が続いた。
胆石はあっても日常生活に影響はないじゃん、と思っていたその時。
夕方に天津飯か何かそんなものを食べた気がする。
寝る前になって腹痛に襲われた。
例の胃袋をつかまれるような痛みだ。
が、今回はさほど時間が経たないうちに軽快した。
ただ、今度こそ何とかしなくては、という強い思いが残る。
いよいよ手術をする決意を固めた。
当時の手術は開腹がメインだった。
今でこそ腹腔鏡手術が主流になっているが、その頃はまだ日本に導入されたばかりだ。
オレは民間病院に勤務していたが、すぐに仕事に復帰できる腹腔鏡手術を頼むことにした。
どこでもやっている手術ではなかったので、入院先は腹腔鏡手術部門が開設されたばかりの大学病院だ。
手術説明にやって来たのは顔馴染みの小児外科医。
ひとしきり昔話に花を咲かせてから、手術同意書にサインした。
「万一の事があったらいけないので、教授じゃなくて僕が手術することにしましょう」
どう返事していいか分からない一言で手術説明は終わった。
生まれて初めての全身麻酔の手術。
気がついたらもう病室に戻っていた。
おしっこがしたくなったので、個室についていたトイレで用を足す。
……って、考えてみたら凄いことだ。
手術当日に歩けるんだ!
低侵襲手術の威力をまざまざと見せつけられた。
傷口も3センチほどのものが3か所に開いているだけだ。
手術の翌日にはもう入院生活が退屈になりはじめた。
なので予定を前倒しにして退院させてもらう事にする。
とはいえ、腹に力が入らない。
外をゆっくり歩いていて、前方から高齢者がやってきたとする。
万一ぶつかったら確実に負ける、と思った。
開腹手術なら1ヶ月は職場復帰できなかっただろう。
でも腹腔鏡手術だったから翌週には復帰できた。
取り出された数多くの胆石は妻が保管している。
まるで臍の緒みたいなものだ。
ウチは胆石の家系なのか、後年、父親にもみつかることになる。
でも、併存症と年齢のせいで手術はできない、という事でウルソだけのんでいたら何時の間にか石が消えていた。
じゃあオレもウルソで治療すれば良かったのか、手術をする必要はなかったのか?
そんな事は誰にも分らない。
済んでしまった事を悔やんでも仕方なく、ましてや他人のせいにするべきでもないと思う。
その時、その時に全力で考えて自分で決断したことだ。
結果は自分で受け止めるしかない。
とはいえ、今にして思えば胆嚢摘出術はオレの闘病人生の始まりに過ぎなかった。
(「腹痛に耐える男」シリーズ 完)
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