第960話 腹痛に耐える男 1

 大昔の事。


 田舎道を運転していたオレはかすかな腹痛を覚えていた。

 心窩部しんかぶ、ちょうど胃のあたりだ。

 助手席に座っていた妻が心配そうにオレの顔をのぞき込む。


 腹痛は徐々に強くなり、やがて耐え難い痛みになった。

 大きな鉄の手で胃を鷲掴わしづかみにされているというか。

 言葉で表現するとそんな感じだ。


 ようやく自宅に到着すると、もう痛みに耐える以外の事は何もできなくなった。

 その日は個人病院の当直のアルバイトが入っていた。

 が、行けたもんじゃない。


 ようやくの思いで先方の院長に電話する。


「腹が痛くて……痛くて。すみませんが……今日の当直を休ませて……下さい」


 院長は明らかに不機嫌な声で「仕方ないな」と一言いって電話が切れた。



「あんた、目が黄色いわ!」


 妻がオレの目を見て言った。


黄疸おうだんじゃないの、それ」


 ぐえっ、黄疸って……そんな。

 それ以上は思考が進まない。


「ひょっとして胆石が嵌頓かんとんしたのかなあ」と妻も思考停止だ。


 ……と、痛みが少しずつマシになってきた。

 さっきまであんなに痛かったのに。


「おおーっ、これは当直にも行けるかも」


 そう言った途端、妻に怒られた。


「そんな目の黄色い病人が当直に行けるわけないじゃないの!」


 そりゃそうだ。

 どっちが患者か分からない。

 というか、救急車で運ばれてくる大抵の患者よりオレの方が重症だろう。


 で、翌朝に出勤し、早速さっそく自分で血液検査を行った。

 細かい数字はおぼえていないが、総ビリルビンが5とか6とか。

 ASTやALTは300とか400とかいった数値だったように思う。

 それを見た瞬間、足元がグラグラれた気がする。


 知り合いの先生に頼んで腹部超音波エコーをしてもらった。


「ビッシリと石がありますねえ、胆嚢の中に」


 そう笑われたので、オレも力なく笑った。

 胆石が原因ならえずは良性疾患。

 同じように黄疸が出る病気でもナントカ癌とはえらい違いだ。


 というわけでオレは胆石とともに過ごす人生を送る事になった。

 気のせいかあぶらっこい食事の後に腹が痛くなるような気がする。

 胆嚢を取ってしまえば話は簡単なのだけど、やっぱり手術は恐ろしい。

 だから、ひたすら先延ばしにしていた。

 何年もの間だ。


 そして、この先延ばしがオレの運命を大きく変える事になった。


(次回に続く)


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