第890話 ハチロクに乗る女 1

「私、ハチロクに乗っているんですよ」


 オレにそう言ったのは総合診療科外来の女性患者。


「へえー、そうなんですか!」


 そう答えたものの、後で考えれば「今の時代にハチロクって……大事に乗っているんですね」とか「女性でハチロクを乗りこなすとは凄い!」とか、いくらでも相槌あいづちの打ちようはあった。


 でも、オレ「頭文字イニシャルD」を読んでいなかったんだな。

 だからあまり気のいた事を言えなかった。



 ハチロクってのは車の愛称だ。


 トヨタの大衆車であるカローラ/スプリンターに4バルブ・ツインカムの1,600㏄エンジンを積んだ車の事をいう。

 カローラレビン/スプリンタートレノという正式な車種名よりも、AE86という車両型式番号からハチロクと呼ばれるようになった。

 ハチロクが生産されていたのは1983年から1987年の間だから、2024年に現存していれば37~41年という車齢となる。


 この車の何がスペシャルなのか?


 まずはオーソドックスな自然吸気エンジンかつ後輪駆動という正統派であること。

 やれターボだ4輪駆動よんくだミッドシップだとおきてやぶりが流行はやり始めた80年台にありながら、マニアを泣かせるクラシカルな構成。

 さらに、このハチロクを主人公とした漫画「頭文字イニシャルD」が一気にファンを増やした。


 「頭文字イニシャルD」はハチロクを駆る藤原ふじわら拓海 たくみが公道でライバル達と速さを競いながら成長する物語だ。

 1995年から2013年まで連載された全719話の漫画をオレは読んだ事がない。

 ちょうどいい機会だと思ってチラッと読み始めたら……止まらなくなった。

 どうしても自分の青春時代を思い出してしまうのだ。


(次回に続く)

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