第888話 長期修繕の男

 マンションの長期修繕ってのはどこでも頭の痛い話だと思う。

 オレのところも例外ではない。


 これまでに長期修繕を2回やっているが、3回目に備えて不足がちな積立金を増やそうという説明会があった。

 管理組合の理事長と長期管理委員会の委員長が前の席に座っている。

 現在は毎月8,000円の積立金だが、これを10,000円に増やせば何とかなりそう、という趣旨の説明だ。


 当然、高齢の年金生活者たちからは不平不満が出る。


「業者の言いなりになって高い見積もりを持ってこられたんだろう」

「前回の修繕で階段をモルタルからウレタンにしたけど、あんな事はする必要なかったんだ」

「コンクリートの中性化試験が云々、剥がし試験がどうこう」


 もうオレなんかついていけない専門用語が飛び交っている。


 ついにたまりかねた理事長が一言。


「元垣さん、建築関係の仕事をしていたんだから我々にアドバイスしてくださいよ」


 長期管理委員長も追撃する。


「せっかくなんで元垣さんも長期管理委員会に入ってくださいよ」


「いよっ、元垣さん。出番ですよ」と言いながらオレは思わず拍手した。

 つられて他の出席者からも拍手が湧きおこった。


「いや、ワシは年だから……」


 元垣さんは急に勢いがなくなった。


「私も仕事の関係上、外壁塗装についてはある程度分かるのですけど、他の事は勉強しながらになってしまうので、ぜひ皆さんに御協力をお願いします」と長期管理委員長が釈明する。


 マンションの管理組合も色々な職業の人がいるので、本来なら協力して事にあたるべきなんだけど。

 結構、その時期によって偏りが出てしまう。

 医者なんかオレを含めて5人くらいいたときもあったが、今は女房とオレだけだ。

 長期修繕には全然役に立たないし。


「8,000円が10,000円になるのだったら安い方だと思いますけど」


 後ろから発言したのは最近引っ越してきた若い人たち。

 彼らは転居にあたってあちこちのマンションの管理費や修繕積立金を調べたのだそうだ。


 これにて一件落着みたいだけど、近所付き合いにも人間模様が満ちている。


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