第885話 トラブルを招いた男 2

(前回からの続き)


 この患者、半年間の間に別の医療機関でも頭部MRIを撮影した。

 撮影した理由は再びめまいが起こったのか、はたまた頭痛があったのか、詳しくは分かっていない。

 で、新たなMRIでは「脳動脈瘤なんぞどこにも見当たらない」と言われたのだ。


 言われた患者は怒り心頭。

「ありもしない脳動脈瘤があると言ってだまされた。どういう事か!」といって、最初に診断したクリニックに怒鳴り込んできたのだ。

 怒鳴り込まれたクリニックの院長先生はびっくりしてだいを支払ってしまった。

 損害保険会社に相談があったのはその後だ。


 これだけの情報だとまるで最初のクリニックが誤診したみたいに思える。

 しかし、本当にそうか?

 頭に血が昇ってしまった患者に説明しても通じないかもしれないが、色々な可能性が考えられる。


 実は最初のクリニックの方が正しく、次の医療機関の読影で小さな動脈瘤を見落としている可能性。

 2~3mmの小さな動脈瘤だと血管の枝に隠れてよく見えないことがある。

「間違いなく動脈瘤が存在する」とまでは言えない微妙なふくらみ。

 こいつを動脈瘤だと断言するのは困難だが、動脈瘤ではないとも言い切れない。

 こういった時の最悪のシナリオは「動脈瘤はなさそうです」と説明した数ヶ月後に本当は存在していた動脈瘤が破裂してしまうことだ。

 医者はメンツを失い、患者は命を落とす。

 だから微妙な診断の場合は「動脈瘤がありそうだけど小さいので様子をみましょう」と言っておく。

 そうすれば、仮に動脈瘤がなくて破裂しなかったとしても患者が命を落とすという最悪の事態は避けられる。


 複数の医療機関で診断が食い違う理由の2つ目としてMRIの性能の差ということも考えられる。

 いうまでもなく最新かつ高性能な機器の方が細部まで見ることができる。

 だから最初のクリニックで見えていた動脈瘤が、次の医療機関で見えなかったのかもしれない。


 さらに考えられる可能性として最初のMRIで見えていた動脈瘤の中が血栓化したということもある。

 MRIで描出している血管はあくまでも内腔にすぎない。

 ということは動脈瘤の中に血栓ができて詰まってしまえば、いかにも最初から動脈瘤が存在していなかったように錯覚してしまう。

 わずか半年ほどで血栓化して見えなくなる動脈瘤というのも考えにくいが、全く可能性がないわけじゃない。


 いずれにしても解像度の悪いMRIで動脈瘤の有無を論ずるには限界がある。

「絶対に動脈瘤は存在しなかった」とまで言い切るには開頭手術をするか、死後に解剖するしかない。

 そこまでやっていないのだったら、最初のクリニックが謝罪する必要は全くない、とオレは思う。


 脳神経外科の看板をあげてクリニックやる以上、そのくらいのトラブル発生の想定はしておいても良かったのではないだろうか。


(「トラブルを招いた男」シリーズ 完)

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