第786話 体重の減った女 3

(前回からの続き)


 まずは消化器内科での診療だ。

 電子カルテになって、他科の診療状況を簡単にチェックできるようになった。


 やはり消化器内科医は自分の守備範囲とは考えていないようだ。

 消化器症状がない事からも、年齢からも、何かあるとは思えない。

 それでも型のとおり腹部CTと便潜血を行った。

 CTでは特に異常なし、便潜血も陰性だ。


 便潜血が陽性なら消化管内視鏡を行うべきだろう。

 しかし、陰性だと微妙だ。

 それでも内視鏡を行うか否か?

 消化器内科医は念のための胃カメラと大腸内視鏡をすすめたようだ。

 が、患者が同意しなかった。

 家に子供を抱えているので、絶対に必要な検査以外はしたくない、と。


 そりゃそうだろう。

 あくまでも「念のため」という位置づけだし。


 一方、オレが出した血液検査はことごとく正常だった。

 腫瘍しゅようマーカーも陰性、甲状腺機能も基準値内だ。


 これ、どうするんだべ?


 こんな時は二の矢、三の矢が役に立つ。

 オレにとっての二の矢は同僚の皮膚科医だ。

 彼は皮膚科医でありながら、なぜか総合診療にも興味を持っていた。

 患者相手に四苦八苦するのは勘弁だけど、頭の体操として難しい症例の議論を行うのはいつでも歓迎してくれる。

 だから、オレは仕事の合間に彼をつかまえて相談してみた。


「全体を通して考えてみると悪性腫瘍というよりは、やはり内分泌ないぶんぴつけいあやしい気がします」

「甲状腺機能は正常だったんだけど」

「内分泌系ってのは甲状腺だけじゃないでしょ」

「確かにそうだな。だったら内分泌内科に相談したらいいのかな」

「僕ならそうしますね」


 念のために内分泌疾患で関係しそうなものを調べてみる。

 褐色かっしょく細胞腫さいぼうしゅ、甲状腺炎、卵巣機能不全などが体重減少を来しるとなっている。


 彼の勧めに応じてオレは内分泌内科にコンサルを出した。

「体重減少、動悸どうき、発汗、手の震えがみられる30代女性ですが、貴科的に精査をお願いできないでしょうか」と。


 すると……内分泌的絨毯じゅうたん爆撃が行われた。

 下垂体、甲状腺、副甲状腺、膵臓、副腎ふくじん皮質ひしつ副腎ふくじん髄質ずいしつ、卵巣など。

 循環器内科医にβベータ遮断薬ブロッカーを一時中止してもらった上で、ありとあらゆる内分泌臓器を対象とした血液検査がオーダーされたのだ。

 もともと内分泌というのは血液中のホルモンを介したシステムなので、血液検査が極めて有効といえる。

 とはいえ、これだけ徹底的に調べるとなったらどれだけの量の採血になるのだろうか。

 50mLか、それとも100mLか?


 が、絨毯爆撃がこうそうしたのか、思わぬ結果が出たのだ。


(次回に続く)

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