第785話 体重の減った女 2



(前回からの続き)


 その患者は30代の女性。

 例によって近くのクリニックから当院の総合診療科に紹介されてきた。


 主訴は体重減少。

 その他にも動悸どうき、発汗、手のふるえなどがあった。


「友達にバセドウ病の子がいて私と全く同じ症状なんです」


 確かに症状みればまさにバセドウ病、すなわち甲状腺機能亢進症こうじょうせんきのうこうしんしょうだ。

 しかし、すでにクリニックで検査がされており、甲状腺機能は正常だった。

 freeフリー-T4もTSH甲状腺刺激ホルモンも全く正常、異常なし!

 こうなると急に話が難しくなってくる。


「4ヶ月前に54キロあった体重が今朝は46キロでした」


 4ヶ月で8キロとはなかなかのペースだ。


 動悸については既に当院循環器内科に紹介され、βベータ遮断薬ブロッカーが投与されている。

 だから、総合診療科で対応すべき主たる症状は体重減少ということになるのだろう。

 少なくともクリニックの医師から期待されていることはそういう事だ。


 で、問題はなぜ体重が減ったのか、ということ。

 食べていないのか、食べても吐いてしまうのか。

 それとも下痢が続いているのか。

 あるいは何らかの慢性的な疾患による消耗なのか。

 考えるほど話が難しくなる。


「朝昼晩、普通に食べているのにどんどん体重が減ってしまって」


 おいおいおい、食べているのに体重が減るって……

 もちろん1番考えたくないのは癌だ。


 とはいえ身体の何処どこかに癌があったとしても局所症状がなければ見当がつかない。

 黄疸があるとか血痰けったんがあるとかすれば、その部分に狙いを定めることができるのだけど。

 この患者は下痢も嘔気も嘔吐もない。


 確かに動悸と体重減少の他に発汗とか手の震えという症状はある。

 しかし、これらは局所症状とはいえない。

 どちらかといえば全身の不調なので、疾患の局在を決めることには役立たない。


 困った、困った。


 癌の中でも体重減少を来すのは主に消化器癌だ。

 食道癌とか胃癌とか大腸癌とか。

 実質臓器である肝臓や膵臓の悪性腫瘍もある程度進行すれば体重減少をきたすだろう。

 だから、その部分を消化器内科にふって、後に可能性のある原因を総合診療科で時間をかけて調べるか。


 その前にもう少し病歴を確認してみよう。


 1年前の体重は58キロで今より12キロ重かった、身長はずっと167センチ。

 その頃から体調不良があり、めまい感や立ちくらみが起こるようになった。

 半年ほど前から動悸、発汗、手の震えを自覚し、当院の循環器内科を受診し色々と調べられている。

 実際に脈拍は速く、ホルター心電図は最高で180回/分にも達した。

 また、この1年で徐々に体重が減ってきたが、特にこの半年が急激だ。


 近くのクリニックが当院の総合診療科に紹介してきたのは、動悸だけでなく体重減少、発汗、手の震えについても診て欲しい、という患者の希望があったからだ。


 この患者を一言で表現するなら「検査値が正常な甲状腺機能亢進症」という事になるのだろうか。

 あるいは「原因不明の体重減少」と呼ぶべきかもしれない。


 オレは消化器内科にコンサルを出す一方、結核、HIV、膠原病こうげんびょう、悪性リンパ腫、糖尿病、副腎皮質機能ふくじんひしつきのう異常などを想定し、手当たり次第に血液検査をオーダーした。

 無駄かもしれないと思いつつ、甲状腺機能や腫瘍マーカーも追加する。


 決してスマートな診療とはいえないが、最初から泥仕合どろじあい覚悟の上だ。

 さて結果や如何いかに?


(次回に続く)


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