第780話 手足の浮腫む女 3

(前回からの続き)


 ホルモンのバランスが崩れて一時的に手足の浮腫むくみが起こっているのだろうか?


「先月から浮腫み始めたとおっしゃいましたが、それは悪化しているのでしょうか、それとも改善しつつあるのでしょうか」

「先週が1番ひどかったのですが、今週はかなりマシです」


 少なくともどんどん悪化しているわけではなさそうだ。

 ちょっと胸をなでおろす。


「手の指も腫れたので整形外科に行ったんですよ」

「リウマチが疑われたのかな」

「そうみたいですね。血液検査をしてリウマチはなさそうだということになりました」


 この整形外科で行った検査結果を彼女は持ってきていた。

 確認してみると、肝機能、腎機能、アルブミン、尿酸、CRP、RF(リウマチ因子)、CCP、白血球数はいずれも正常だ。

 目ぼしい疾患は大方否定される。

 ただし、甲状腺機能、BNP、DDディーダイマーは調べられていない。

 これらの項目を追加して当院でも採血を行う事にしたが、たぶん引っ掛からないだろうな、という予感はあった。

 ちなみにBNPは心不全、DDは血栓症の有無をみるものだ。


 あと、オレは血沈けっちんを見るのが好きなので、それも検査項目に入れておいた。

 約200年前に発見され、100年前から愛用されている古典的な検査だ。

 血沈亢進が見られなければリウマチをはじめとした膠原病こうげんびょうの可能性もほぼ否定できる。


 血沈というのは単に採血した血液に抗凝固剤を加えて細長い棒に入れて垂直に立てておくだけのものだ。

 何らかの疾患があると赤血球成分と血漿けっしょう成分との分離が速くなる。

 この沈下ちんか速度をミリ数で表したものが血沈1時間値とか血沈2時間値とか言われるものだ。


 オレが研修医時代、常に病棟の詰所には何本かの血沈棒が立てられていた。

 令和の現在は詰所ではなく、血液検査室で測定してくれる。

 問題は結果が出るのに時間がかかる事で、当然の事ながら血沈1時間値を知るためには1時間以上、血沈2時間値を知るためには2時間以上かかってしまう。


「では、本日採血しておきますので、1週間後にまた来ていただけますか」


 おそらくほとんどの検査結果は正常だろうなと思いつつ、オレは患者にそうげた。

 その間に、ヤーズの作用、副作用をもうちょっと調べてみよう。

 

 が、1週間後に来院した彼女には思わぬ所見が見られたのだ。

 「こういう事もあるのか!」とオレはきょかれてしまった。


(次回に続く)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る