第774話 あれこれ考える男 4

(前回からの続き)


 総合診療科外来にやってきたのは50歳代の男性。

 予想外だったのは、普段から左前胸部に痛みがあるということだ。

 乳頭の少し上だろうか。


 そして湯船につかかっている間はいいのだが、風呂から出ると決まって側胸部から背中の肩甲骨あたりに痛みがひろがる。

 風呂だけでなくシャワーでも同じように痛みが拡がるらしい。

 痛みは2~3時間ほど続いて眠れないのだとか。


 これまでに色々な医療機関にかかって、どこでもはっきりとした診断はつかなかった。


 最初に行ったのは循環器内科。

 本人が心臓の病気だと思ったからだ。


「造影剤を入れてCTを撮ってもらったのですが、心臓は何ともないのだとか」


 おそらく3D-CT造影を行い、主たる3本の冠動脈かんどうみゃく狭窄きょうさくはなかったのだろう。

 

「整形外科に行ったこともありました。その時は肋軟骨ろくなんこつにヒビが入っているかもしれないと言われました。それでレントゲンをってもらったんですよ」

「でもレントゲンでは肋軟骨は写らないでしょう」

「向こうの先生もそう言っていました」


 整形外科医には「特に治療法はないので自然になおるまで待つしかない」と言われて鎮痛薬だけもらったのだそうだ。


 またこころやまいかもしれないとも言われて心療内科に通院しているのだそうだ。

 でも、そこでもらった薬が全くかないので、いつしか服用しなくなってしまった。


 で、オレなりに胸痛の原因となる疾患候補を考えてみた。

・心臓の冠動脈かんどうみゃく疾患:微小循環障害または血管攣縮れんしゅく

胸壁きょうへき病変:肋骨または腫瘍

・心因性疾患:パニック障害


 可能性の高い順だとこうなるだろうか。


 微小循環障害というのは、3本の主要な冠動脈に狭窄がなくても枝分かれしている細い血管に動脈硬化があって細くなっているかもしれない、という予想に基づくものだ。

 だから運動負荷をかけると痛みを再現できるかもしれない。

 そこで、診察室を出て病院の中の階段を3階から1階まで2往復してもらった。

 こうすると4階分をのぼる負荷がかかり胸から背中にかけて痛みが拡がってくるはず。

 が、予想に反して痛みは拡がらなかった、ハアハアと息は苦しくなったけど。


 微小循環障害でないとすると冠動脈かんどうみゃくの血管攣縮れんしゅくによるものだろうか。

 普段は正常な冠動脈が、入浴をきっかけにして攣縮れんしゅくを起こして血流が悪くなってしまい、血流不足によって胸痛が起こるというメカニズムが考えられる。

 攣縮を簡単に説明すると、血管が痙攣けいれんして一時的に細くなる現象だ。


 胸痛が攣縮によるものか否かを確認するには、入浴後の胸痛が起こっている時にミオコールスプレーを使えば良い。

 ミオコールは冠動脈攣縮を解除する作用があるので、胸痛が拡がった時にこいつを口の中に噴霧して症状が改善すれば攣縮だったと判断する。

 もちろん症状が変わらなければ攣縮ではなかったというわけだ。

 このように何らかの薬を使って症状が良くなったか否かで原因疾患を特定する方法を治療的診断という。

 自宅で胸痛が起こったときに自分で試してもらうために、オレは持ち帰り用のミオコールスプレーを処方した。


 次は胸壁きょうへき疾患について考えてみよう。


(次回に続く)


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