第775話 あれこれ考える男 5

(前回からの続き)


 次に考えるべきは胸壁きょうへき疾患しっかんだ。


 胸壁というのは文字通り胸の壁。

 壁の外側には大気があり、壁の内側には肺がある。


 胸壁は外側から内側に向かって皮膚、肋骨・肋軟骨ろくなんこつ肋間神経ろっかんしんけい、肋間動脈、肋間静脈、胸膜があり、それらの組織の間を肋間筋や脂肪などの軟部組織なんぶそしきが満たしている。


 これらのどれでも、障害があれば痛みを感じても不思議ではない。

 が、起こりやすいのは肋骨・肋軟骨、肋間神経だ。

 もちろん、肋間動脈や肋間静脈、胸膜などが痛くなることもあり得る。

 そして良性腫瘍や癌はどんな組織にも発生し得る。


 胸部レントゲンでは写らなくても、胸部CTではこれらの病変が描出びょうしゅつされるかもしれない。

 だからオレは胸部CTを手配した。


 しかし、何かモノがあって痛いとしても入浴やシャワーで増強する事があるのだろうか。

 お湯で身体からだあたたまって血流が良くなって、そのために痛みが増すのか?

 そいつは今のところ謎だ。


 その昔、オレが開胸手術を受けたことは第7話「麻薬の世界にひたる男」で述べたが、確かに切ったところが痛かった。

 手術のあと、数週間は咳をするたびに術創じゅつそうから周囲にひろがる痛みに耐えなくてはならなかった。


「ゴホン、ゴホン。うっ、痛たたた!」みたいな感じだ。

 その痛みは咳をしてから1分間ほど続く。

「まだ創傷そうしょう治癒ちゆが完成していないから痛くなるんだ」と気づいてからは、創部を手で押さえながら咳をするようにした。

 こうすると痛みがはるかにマシになった。


 ということは。


 もしこの患者が肋軟骨ろくなんこつ骨折こっせつなり何なり、前胸部の組織にダメージがあって何かのキッカケでそこから肋間神経に沿って痛みが拡がるなら、それでも現在の症状の説明がつくわけだ。


 そこまで考えて思ったのは……


 普段から痛むという前胸部に何かなかったのか。

 触診しょくしんしたり自発痛・圧痛あっつうの有無を確認したり、そういう事を診察室でやっておけば良かったと思った。

 少し深呼吸をしてもらうとか、咳払いをしてもらうとかすれば痛みが拡がるか否かを簡単にみることができたはず。


 まあ、そういった事の確認は次回の診察の時にも可能だ。


 という事で再診時に調べることは以下の3つになる。

・ミオコールスプレーで痛みが軽減けいげんしたのか否か?

・胸部CTで胸壁病変があるのか否か?

・身体診察での局所所見と深呼吸や咳払いでの痛みの変化の有無。


果たしてどうなる事やら。


(「あれこれ考える男」シリーズは一旦終了。新たな展開があれば続編を書きます)


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