第771話 あれこれ考える男 1

 ウチの病院では他院から外来への紹介があったら、その診療情報提供書があらかじめ担当医に届けられる。


 紹介先が脳神経外科外来で「頭部MRIで未破裂脳動脈瘤がみつかりました。御高診よろしくお願いいたします」というものであれば、あまり悩むこともない。

 当該動脈瘤の部位、サイズ、患者の年齢などを総合的に判断して手術の適否を考える。

 つまり動脈瘤の破裂リスクと手術リスクを天秤てんびんにかけ「貴方あなたの動脈瘤の年間破裂率は〇〇%。一方で手術による重大な合併症発生のリスクは〇〇%、死亡するリスクが〇〇%です」と説明し、その数字をもとに「手術をお勧めします」か「経過観察をお勧めします」のどちらかを提案する。


 たとえば年間破裂率が1%で、患者の年齢が85歳なら手術を勧めることはない。

 なぜなら生涯破裂率がほぼゼロに近いからだ。

 その一方で手術によって重大な合併症が発生する率は10%を超えてしまう。

 重大でない合併症も含めれば20%や30%は軽くいくだろう。


 ここで言う重大な合併症というのは手足の麻痺や言語障害などだ。

術後に寝たきり・車椅子になる率と言った方が分かりやすいかもしれない。


 重大でない合併症というのは、一見、普通に生活が出来ているように見えるが、計算を間違えたり、友達との約束を忘れてすっぽかしたりするような障害の事だ。

「そのくらいは御愛嬌ごあいきょうじゃないか」と思われるかもしれないが、自営業をしている人がしばしば数字を間違えたりしたら大変な事になる。


 だから高齢者の低リスク動脈瘤に対しては「動脈瘤の手術は見合わせて、お墓まで大切にもっていくのが良いと思いますよ」と説明することが多い。


 便利な事に最近はこのリスクを計算するアプリまである。

 UCAS動脈瘤破裂リスク計算式というものだ。

 ここに年齢、性別、高血圧の有無、動脈瘤のサイズ、動脈瘤の部位、ブレブの有無を入力するとスコア化し、向こう3年間の動脈瘤破裂の可能性を計算してくれる。

 破裂率の小は0.2~0.9%、大は17%以上だ。


 ちなみにブレブというのは動脈瘤の一部に乗っている小さなふくらみの事をいう。

 これが存在すると破裂しやすい。

 実際、手術したときに動脈瘤を観察するとブレブの部分は壁が薄く、中で血液が渦を巻いているのを透見とうけんする事ができる。

 いかにも破裂寸前としか見えない。


 もちを焼くときに一部が「プーッ」と膨らんでくるが、あれがブレブのイメージだ。

 そして、その餅の膨らみが大きくなって「プフッ!」と破れる瞬間が動脈瘤破裂と言えば分かりやすいだろうか。


 そして脳動脈瘤が破裂すると、くも膜下出血まくかしゅっけつになる。


(次回に続く)

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