第769話 説教をくらう男

 令和の若者は宴会を好まないという。

 実はオレも宴会が苦手だ。


 若者の頃のオレは宴会が嫌いだったわけではない。


 学生時代は部活動の後、よく皆で飲みに行った。

「行った」という表現は正しくない。

 大学と最寄もよりの駅の間に学生向きの飲み屋街があったので自動的に吸い込まれていたのだ。


 で、無茶苦茶飲んでから電車で1時間半かかって自宅に帰っていた。

 今、考えるとよくあんな体力があったもんだと思う。


 時には飲みすぎることもあった。


 帰る途中に吐き気を我慢しきれなくて駅のホームで吐いた事もある。

 正確には柵の外に向かって吐いたので迷惑をかけた相手は植え込みくらいですんだ。


 目が覚めたら知らない所で1人で寝ていた事もあった。

 先輩の下宿だ。

 オレが吐く事に備えて頭の下には新聞紙がひいてあった。


 洋式トイレで便器を抱えて吐いたこともあった。

 あんな苦しい思いは二度としたくない。

 知らないうちに限度をこえていたんだろうな。


 もう無茶苦茶だ。


 そういう失敗をしながら年を重ねた結果、ほとんど飲まなくなった。

 そもそも脳外科をやっていたら、いつ病院に呼ばれるか分からない。

 というか……いつでも呼ばれる、常時呼ばれる。

 深夜休日関係なしだ。

 だから酔っぱらうわけにはいかない。


 車を運転して病院に駆けつける時に事故でも起こしたら大変だ。

 だから宴会でもノンアルコールビールで済ますようになった。


 不思議な事にノンアルコールでもその場では酔っぱらった。

 周囲に合わせて「ガッハッハ!」とやっているから、オールフリーを飲んでいる事に誰も気づかない。

 それでいて、車を運転して帰るときには完全に素面しらふだ。

 時々は飲酒検問をやっているが、引っ掛かった事はない、当たり前だけど。


 こうして宴会におけるアルコール問題は克服したが、別の問題がオレの前に立ちはだかった。

 それが説教問題だ。


 世の中には色々な酒癖がある。

 長話ながばなしする人、泣く人、喧嘩する人。


 そんな中でも何故かオレは説教する人の標的になりやすい。

 どの宴会でもオレの苦手とする説教居士こじがいる。

 もちろんオレより年上でポジションも高い先生だから反論は許されない。


「丸居先生、趣味は何なの」

「あの、小説投稿サイトに、ですね」

「小説投稿サイト?」

「自分が書いたものをネットにあげるんですよ。そうすると皆が読んでくれて」

「先生はそんな事をしているわけ?」

「えっ……と……」


 何がいけなかったのか、オレもよく分からない。


「そんなものを書いている暇があったら、もっと論文を書きなさい!」


 そっちでしたか。


「あの……小説の方は空いた時間に書いているんで、本業の方には差し支えないかと」


 こういう言い訳は反論ととられて、火に油を注ぐ結果になってしまう。


「先生のね、モノを書く才能を論文執筆に使わないと勿体ないと言ってるんだ!」

「いやいや私の才能なんて大した事ありませんから」

「自分の才能が限られていると思うんだったら、余計に有効活用しないと駄目じゃないか」


 もう、何をどう言っても説教されてしまう。


(次回に続く)

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