第767話 国家試験に苦しむ男 6

(前回からの続き)


 次は神経細胞の中でも細胞体と軸索じくさくについて述べたい。


 神経細胞は「ゲゲゲの鬼太郎きたろう」に登場する唐傘からかさという名前の妖怪みたいだ。

 つまり本体部分に核が1つあり、そいつが目玉みたいな形をしている。

 そして1本の軸索が長く伸びており、まるで唐傘の1本足のようだ。

 この妖怪は「唐傘 鬼太郎」で画像検索すればすぐに見つけることができる。

 時に傘から2本の手が伸びているものもあるが、こいつは樹状じゅじょう突起とっきという事にしておこう。


 実際の神経細胞では、細胞体のサイズが0.01mm、軸索の長さは数mmから1mにも及ぶ。

 神経系を電子機器とすれば、細胞体は半導体、軸索は配線と考えれば分かりやすい。


 で、脳をスライスして顕微鏡で観察すると、膨大な数の細胞体同士、軸索同士が集合して並んでいる。

 細胞体は脳の表面近くに集合しており、これを「皮質ひしつ」と呼ぶ。

一方、軸索は脳の深いところに整然と並んでおり、こちらは「髄質ずいしつ」と呼ばれている。

 つまり「皮質と髄質」だ。


 これにも言い換えがあって、見た目の色から「灰白質かいはくしつ白質はくしつ」と呼ばれることもある。

 アガサ・クリスティーの推理小説に出て来る名探偵エルキュール・ポアロは「灰色の脳細胞を持つ男」と呼ばれているが、まさしく脳細胞は灰色といって差し支えない。


 面白い事に、脳と脊髄せきずいでは灰白質と白質の位置関係が逆になっている。

 つまり、脳では灰白質が外側にあるが、脊髄で灰白質が内側にある。

 脊髄は親指くらいの太さの円柱であるが、それを切断して丸い横断面を観察すると、中央部に「H」形をした灰白質を見ることができる。


 上で述べたように、脳では灰白質かいはくしつが外側、白質が内側に存在しているが、例外として脳の深部にもごく小さな範囲に灰白質が存在している。

 これを深部しんぶ灰白質かいはくしつと呼ぶが、その働きには感覚系と運動系がある。


 まず、感覚系の深部灰白質であるが、こいつは視床ししょうという名前の構造物で、全身の感覚の中継点になっているのだ。

 つまり、手足からの「熱い」とか「痛い」とかいう情報を1つのニューロンから別のニューロンにバトンタッチし、脳まで伝える役割をになっている。

 もちろん感覚系の情報なので上行性であることは言うまでもない。


 一方、運動系の深部灰白質としては基底核きていかくがあり、手足の運動をなめらかに調整する働きがある。

 この部分が障害されるのがパーキンソン病で、その結果、カクカクとした独特の歩き方になってしまう。



 以上、大雑把おおざっぱに神経解剖の全体図を説明した事になる。

 実際に文字にしてみると、自分でも驚くほど膨大ぼうだいな量になってしまった。


 オレの講義を聴いている時に、何の話をしているかが分からなくなったら、この「全体図」のどこに焦点を当てているのかを意識すると良い。


 ここまで神経系について熱く語ってきたが、実際のところ一般読者を置いてきぼりにしてしまったのではなかろうか。

「医学を習得するというのはこんな感じなんだ」ということを感じとってもらえればそれで十分だ。

 今回をもって「神経解剖」は一旦終了しようと思う。


 ただし、国家試験を控えている医学生や看護学生をはじめとした医療系の学生にとっては、このシリーズで述べた事は基本中の基本なので必ず理解して欲しい。


(「国家試験に苦しむ男」シリーズ 完)


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