第766話 国家試験に苦しむ男 5

(前回からの続き)


 ここまで述べた事を簡単にまとめると……

・神経系は情報の伝達システムである。

・情報の伝達には脳を中心にして「インプットとアウトプット」がある。

 これを言い換えると「入力系と出力系」「感覚と運動」「求心性と遠心性」「上行じょうこう性と下行かこう性」となり、どれもほぼ同じ意味になる。

・さらに脳から筋肉への情報伝達は、2種類のニューロンが連結して行っている。

「上位ニューロンと下位ニューロン」だ。

 こいつらの言い換えは「中枢神経と末梢神経」という事になる。

 中枢神経を臓器で表現すれば脳および脊髄で、まさしく人間のたましいの鎮座する場所でもある。

 また、上位ニューロンという用語を言い換えると「皮質脊髄路ひしつせきずいろ」とか「錐体路すいたいろ」というものもある。

 こと「運動」に限って言えば、これらはほぼ同じものと理解してよい。



 これらを踏まえた上で、今回は上位ニューロンなど、個別の神経細胞の構造をもう少し詳しく述べたい。


 脳実質を顕微鏡で拡大して観察すると、そこに神経細胞を見ることができる。

 神経細胞は神経細胞体と樹状突起と軸索の3つで構成されており、それぞれの役割がある。

 神経細胞体はまさしく神経細胞の本体で、そのサイズは約10マイクロメートル、つまり0.01mmくらいである。


 この本体から出ている沢山の短い突起が樹状じゅじょう突起とっきで、他の神経細胞から情報を貰ってくる役割を果たしている。

 一方、本体から出ている1本の長い突起が軸索じくさくで、他の神経細胞に情報を渡す役割を持っている。

 軸索の長さは様々であるが、長いものは1メートルにも達する。

 そして軸索自体は1つの神経細胞体につき1本しかないが、先端が軸索末端として多くの枝分かれをしていて多くの細胞に情報を伝達している。

 つまり脳内の1つの神経細胞は、脳内の多数の神経細胞から情報を受け取り、脳内の別の多数の神経細胞に情報を渡しているのだ。

 また脳からこれらの神経細胞を経由して手足の筋肉に命令が下されている。


 イメージとしては脳は会社組織の中の本社ビルに相当する。

 そこに勤務している多くの社員が色々議論した上で、決定事項を支店に相当する手足の筋肉に命令として下しているわけだ。


 脳からの直接の命令が上位ニューロンを伝わり、下位ニューロンを経由して筋肉に到達する。

 もし、この命令がうまく実行されないことがあれば、その原因は上位ニューロンか下位ニューロンか筋肉か、それらの部位のどこかに不具合があることになる。

 こういった不具合が目に見える形で現れたものを症状と呼び、その原因を病気と呼ぶわけだ。


 次回は神経細胞の中でも神経細胞体と軸索の関係をもう少し詳しく述べる。


「待て待て待て。どうして3つの構造のうちの2つだけを優遇するんだ。樹状じゅじょう突起とっきは無視するのかよ!」と怒られるかもしれない。

 樹状突起も大切な構造には違いないんだけど、実際のところ臨床でも国家試験でも極めて軽く扱われているのが現状だ。

 なぜそうなっているのかはオレにも良く分からないが、そこは人間社会の不条理ふじょうりとして理解して欲しい。


 こういった力加減ちからかげんを学生にそっと伝授できるのが講義の良い所だと思う。


(次回に続く)


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