第765話 国家試験に苦しむ男 4

(前回からの続き)


 システムの話と情報の入出力の話の次は情報の伝達の話になる。


 実は脳と末端組織は直結されていない。

 途中で情報がリレーされている。

 運動神経の場合、脳から脊髄までの上位ニューロンが1つの単位だ。

 そして、情報が途中でバトンタッチされて脊髄から筋肉までの下位ニューロンがもう1つの単位になる。

 ここでニューロンというのは日本語では神経細胞の事だ。


 つまり「右手の親指を曲げよう」と思ったら、その情報は脳細胞から脊髄に伝わり、そこで脊髄の中の前角細胞にバトンタッチされる。

 そして前角細胞の先端が親指の屈筋に「曲げろ」という情報を伝えるわけだ。

 脳から脊髄までが上位ニューロンで、長さが20センチほどだろうか。

 脊髄前角細胞から親指の屈筋までが下位ニューロンで、長さは80センチほどになる。


 ということは脳から親指まで、たった2つのニューロン(神経細胞)だけで情報を伝達しているわけで、オレなんかその単純すぎる構造にむしろ感心してしまう。

 だから、もし「親指が動かない」という症状が見られた場合、その原因は上位ニューロンか下位ニューロンもしくは屈筋自体にある。

 こういう知識を持った上で、医師は病気を診断する。

 その診断過程は様々な身体診察や画像検査・血液検査などを使って原因部位を特定する行為に他ならない。


 さて、「上位ニューロンと下位ニューロン」という組み合わせも実は色々な言い換えがある。


 まず「中枢神経と末梢神経」だ。

 中枢神経というのは脳や脊髄などで、文字通り人体の中心を担い、意思決定を行っている。

 つまり魂の宿っている部分だ。

 一方、末梢神経というのは情報を伝達する役割を持った神経なので、単なるメッセンジャーボーイに過ぎない。


 そして「上位ニューロン」については「中枢神経」の他に「皮質脊髄路」とか「錐体路」などの言い換えもある。

 色々な名称があるのは、それだけ中枢神経が大切なものとして扱われている事を示しているのだろう。

 一方、単なるメッセンジャーボーイである「下位ニューロン」あるいは「末梢神経」には、あまり気の利いた異名は存在しない。

 実際の臨床現場でも軽く扱われがちだ。


 以上、脳から手足に向かっての情報伝達は、連結する2つの神経細胞(ニューロン)が担っていることを述べた。


 次回は個々の神経細胞の構造について述べ、構造についての話をとりあえず完結させたい。


 もしオレの話が難しかったら遠慮なくコメント欄で質問して欲しい。

 なんせ神経解剖というのは看護学校1年生の最初に行う講義なので、学生も全く白紙の状態で臨んでくる。

 逆に言えば、一般人でも理解できるようでなければ講義が成立しない。

 その意味で、読者からの質問はオレにとっても講義改善の貴重な機会となるわけだ。


(次回に続く)


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