第756話 感謝する男
遠い昔のある日の事。
「先生、すぐに手術室に来てください!」
出勤するなりオレは手術室に呼び出された。
手術室に行ってみるとスタッフが2人で開頭手術をしている最中だった。
助手をしているはずのレジデントは器械出しをしている。
通常の緊急手術はスタッフ1人、レジデント1人でやり、器械出しは
誰がどうみても尋常じゃない状況にオレは尋ねた。
「いったいどうなっているわけ?」
「
「愛田先生……って」
そういう名前の先生がいる事は知っているが顔を思い出すことができない。
何しろウチの病院は医師だけで200人以上いる上に、どんどんメンツが入れ替わっていくので全員の顔を憶えるのは不可能だ。
全員どころか半分も憶えているかどうか。
「家で倒れた時点で心肺停止だったらしくて」
「それ、ダメじゃん!」
「来たときには瞳孔が両方とも開いていたんですよ」
心肺停止にも色々ある。
心臓が原因で心肺停止になった場合には回復の余地が残っている。
ワン・チャンス、いわゆる「ワンチャンあり!」って奴だ。
しかし、外傷や脳疾患が原因で心肺停止に至った場合は遥かに厳しい。
回復はほぼノー・チャンスだろう。
頭部CTをみると前頭葉に巨大な血腫がある。
血腫の圧迫によって脳全体が大きく変形していた。
「おおかた血腫は取ったんですけど、どうも
「AVMは取れそうか?」
「ええ、このまま取ってしまう事は可能なんですけど」
術者が
脳内出血の原因は色々あり、実際は開頭しないと分からない。
だから踏み込んだ説明をしなかったのはよく理解できる。
「手術説明ではAVMの話までしていないんですよ」
出血の原因がAVMだから、血腫除去の時にその原因も取り除くというのは誰がどう考えても妥当な判断だ。
しかし、術前に説明していない範囲まで手術をした、という言いがかりみたいな訴えがアメリカで相次いだ。
しかも裁判の結果、医療側が敗訴することも珍しくなかった。
日本の司法がどう判断するかは分からないが、訴えられないよう無難に済ませようとすれば血腫だけとってAVMには手をつけずにおくべきだろう。
それが法律的に正しいというのなら、オレたち医師が抗議したとてどうにもならない。
一方、もしAVMを取らずにおいていた場合、再出血はほぼ必発だ。
まさか同僚の医師に訴えられるような事もなかろうと思うが、思い込みは禁物だ。
(次回に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます